◆第219話:船旅の始まり◆
賑やかな夜が明け、旅の同行者一同は朝から水都の船着き場にいた。
水都ヴェルミオラは港も大きく、小型から大型まで行き交い、複数の船が停泊する。
出立の最終確認や貨物点検の声が飛び交い、せわしない。
そんな中、手持ち無沙汰の四人は、傍らで作業の完了を見守っていた。
「間もなく出立できるはずですわ。待っていましょう」
休憩所に広がるアールグレイの香り。ヴァレンシアは窓の外を眺めて言う。
「いいのか、儂らはここにいて?」
ガンゴが不安げに問う。
「あたくし達の仕事は向こうに着いてからよ」
ヴァレンシアは紅茶を啜りながら穏やかに返す。
「まあ、こちらは護衛だからな。傍におるしかできんな」
「わたしは停泊中の船を見に行きたいんですけどね……」
エクリナとティセラは、好き勝手に感想を漏らす。
談笑していると、昨日の店主が顔を出した。
ナミスケだ。後ろにはクリシュニアの姿もいる。
「昨日はありがとうございやした! 今後ともご贔屓に!」
昨夜できなかった挨拶に来たらしい。
「クリシュニア! 皆さんに挨拶しないか」
「あのあのあの……昨夜は、あ、ありがとうございました」
「と、と、とても、よ、良い歌が歌えました!」
クリシュニアは深く頭を下げる。
「ああ、素晴らしい夜だったな。今度は家族を連れてくるぞ」
エクリナが笑顔で言う。
「歌があんなに素敵なものとは知りませんでした!」
ティセラも新しい体験に目を輝かせた。
「う、う、嬉しいです!」
クリシュニアは頬を染め、エクリナと目が合うたびに落ち着きなく身じろいだ。
極度の恥ずかしがり屋の行動、ある意味では普通なのだが――ひとり、静かにエクリナを見る者がいた。
もちろん――ティセラだ。
そんな視線に気づかない三人はクリシュニアと数言交わす。
「ふふ、皆さん満足しているようでした。また貸し切りにできるよう頑張りますわ」
ヴァレンシアが微笑む。
「ぜひお願いしやす。――では仕込みがありやすんで、これで失礼しやす。良き旅を!」
ナミスケが頭を下げる。
「こ、こ、こ、こなたも失礼します! よ、良き旅を!」
声を上ずらせながらクリシュニアも続いた。
海の家の店主と歌姫を見送る四人。ちょうどよくヴァレンシアの秘書が駆けてくる。
「準備が完了したようね。行きましょう」
ヴァレンシアの号令に、一同は立ち上がった。
その道中で――エクリナの隣で、ティセラが静かに話しかける。
「エクリナ、歌姫さんに何かしましたか?」
笑顔で語りかける声は、冷ややかさを覚える声色であった。
苦笑いを浮かべるエクリナだったが、その取り繕いなどティセラには通じない。
ずっと傍にいた親友には、簡単なことだった。
「あ~~……二人で外に出て涼んでおった……」
悩んだ挙句に観念して、その夜の出来事を白状した。
「ほ~~う……」
「そ~~なんですか~~?」
ジトッとした目でエクリナを見るティセラは、疑わしいとばかりに声を出していた。
「本当だ! 我が好いている者は知っておるだろう……」
「歌が気に入ってな……誘いに乗ってしまっただけだ……」
エクリナは必死に弁解する。
彼女が愛する者は家族だが、特にセディオスは別格だという声であった。
「誘いですか……さすが王はモテますね♪」
容赦なくイジるティセラは、ずっと笑顔であった。
「……はあ~~。どうしたら、この問答は終わるのだ?」
これ以上は親友の責め苦に耐えられないというエクリナは、解決策を聞いた。
「そ~~ですね~。簡単です♪」
「久々に……一緒に寝てください」
悩むふりをして、既に結論を持っているティセラは要求を告げた。
「……よかろう、たまの二人だからな……」
かつては一緒に寝ていた二人。
館に住んでからは徐々に添い寝の回数が減っていた。
良い機会だと、末妹のおねだりを聞くことにする姉であった。
取引が済んだ二人は、船へと歩みを進めていた。
◇
ヴァレンシア商会が誇る『魔導船フォルネア号』は大きい。
乗り口に立つと、そのまま飲み込まれるようだ。
「貿易船用に造ってはいますが、客船にも使えるくらいの内装にしていますわ」
「船内で交渉もありますからね。配慮しておかないと」
ヴァレンシアが簡潔に説明する。
船内は豪奢。
応接室や酒場に加え、遊技場まで備わり、長期航海にも対応している。
そのまま四人は甲板へ出た。
船はすでに動き出し、水都ヴェルミオラをゆっくりと離れていく。
舵は進行方向へ切られ、眼前には水平線。
「これは……何と美しい」
水平線を初めて見るエクリナは、思わず息を呑む。
「綺麗ですね……」
ティセラも一面の青に見入った。
「この船は動力付きか?」
ガンゴが目を細める。
「ええ、推進機が付いてますわ。無風でも、多少荒れていても影響は最小です」
ヴァレンシアが答える。
「ふん、安定した走りで安心した」
「ふふ。ご機嫌で良かったですわ」
幼馴染の二人は軽快に言い合っていた。
亜人属領・霊機自治区アークへ向けて、船は沖へ。
一路めざすは――海門港ペラギア。
次回は、『3月29日(日)13時ごろ』の投稿となります。
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