◆第19話:王の癒しと二人の涙◆
重傷とはいえ命に別状はなく、朝日が差し込む頃――
静かな寝室に、二つのベッドが並んでいた。 そのどちらにも、包帯と湿布、そしてギプスで痛々しく巻かれた少女たち。
――ライナとルゼリア。
彼女たちは、同時に目を覚ました。
「……んっ……」「う、うう……? ルゼリア……?」
「……ライナ……! 生きて……っ!」
「ルゼリア……っ! よかった……っ、ほんとによかった……!」
二人は思わず手を取り合い、瞳を潤ませながら抱きしめ合った。涙が止まらない、互いの鼓動が伝わるたび、生きている実感が湧く。
それほどまでに――エクリナの“おしおき”は容赦なかった。
その直後、部屋の扉が静かに開かれた。
気配で悟った二人は、慌てて土下座の体勢を取る。
「王っ……っ、申し訳ありませんでしたっ!!」「僕たち、反省してますっ……! 本当に、心から……!」
「……ライナに言った言葉、少し……いや、随分きつかったかもしれません」
「でも……私も、王の力になりたかった。ただ、それだけだったのです」
エクリナは、静かにため息をついた。
「……まったく。うぬらも、王の下に仕える身なら、少しは加減を考えよ……」
それでも怒鳴ることなく、彼女は近づいて、二人の頭に手を添えた。
「とはいえ、我にも落ち度はあった……少々、伝え方が足りなかったようだな」
「……ライナ、そなたの思いは十分届いておる。あとは、自信を持てばよいのだ」
「う、うん……っ!」と泣きじゃくりながらライナは頷いた。
それだけ言って、彼女はスープの盆を取り出した。
香ばしい香りと、優しく温かな湯気がふたりの間に広がる。
「さあ、これを食して休め。栄養は心を癒やす第一歩であるぞ」
二人は感謝の言葉を述べながら、ゆっくりとスプーンを口に運んだ。涙が、またこぼれる。
一瞥し部屋を出たエクリナを迎えたのは――壁にもたれていた、セディオスだった。
「喧嘩両成敗、振る舞いは流石の“魔王様”だな」
エクリナは肩を竦めて答える。
「ふん、当然であろう。我が臣下が争えば、調停するは王の務め」
「でも、丸くなったよな。昔のエクリナなら、跡形もなく吹き飛ばしてたんじゃないのか?」
「……うぬ……言ってはならぬことを言ったな……」
エクリナは顔を背けるが、その声音はどこか照れていた。
セディオスが、からかうように笑う。
「共通の敵を作って、力づくで落ち着かせる……そんなやり方、らしいな」
「うむ。我ながら妙案だったと思っておる。あやつらが思いのほか連携したのは誤算であったが……少し、楽しくなってしまってな」
エクリナは口元をぴくりと動かし、やや苦笑を漏らす。
「つい、弾を多めに撃ってしまったのは……ご愛嬌である」
そこまでは、いつも通りの口ぶりだった。だが――
「……少し、やりすぎたかもしれぬな」
ぽつりとこぼしたその声は、小さく、わずかに曇っていた。
ふたりの少女を思い切り叩き伏せた“王の裁き”――その余波の重さを、今、静かに噛み締めていた。
セディオスは、それ以上何も言わなかった。ただ隣に歩み寄り、苦笑まじりに言う。
「でもさ、ちゃんと叱ってくれる人が、そばにいるだろ?」
その一言に、エクリナはハッとし――そして、目を細めた。
「……ああ。そうであったな」
微笑を浮かべながら、エクリナはセディオスの隣に並ぶ。
「さあ、朝食の準備をせねばな。うぬ、味見くらいは手伝えよ?」
「はいはい、我らが魔王様のためにね」
並んで歩き出す二人の背には、夜明けの光が、穏やかに差し込んでいた。




