◆第19話:王の癒しと二人の涙◆
炎雷姉妹の喧嘩が収まった翌早朝。
館には余った部屋が幾つもあり、その一部屋にベッドを並べ、ルゼリアとライナを寝かせていた。
庭や外壁には、昨夜の戦いの痕跡が色濃く残っている。
重傷とはいえ命に別状はなかったが、包帯と湿布、そしてギプスで痛々しく巻かれていた。
やがて、ほとんど同時に目を覚ました。
「……んっ……う、うう……? リア姉……?」
隣のベッドで寝ている赤毛の姉を見るライナ。
「……ライナ……! 生きて……っ!」
反対のベッドで起きた青髪の妹を視認するルゼリア。
「リア姉……っ! よかった……っ、ほんとによかった……!」
互いの無事を確認すると、思わず二人は同時に布団から抜け、床に足を付ける。
動くたびに激痛が走るがそんなことはどうでも良かった。
二人は手を取り合い、瞳を潤ませながら抱きしめ合った。
涙が止まらない。互いの鼓動が伝わるたび、生きている実感が湧く。
それほどまでに――エクリナの“おしおき”は容赦なかった。
互いの胸に顔をうずめ、再会できた喜びを嚙みしめていた。
「リア姉……あのね……そのぉ~——」
「ライナ……あのですね――」
ライナとルゼリアは、ほぼ同時に声を出していた。
それぞれが何か言いかけていると――
部屋の扉が静かに『コンコンコン』と鳴り、ゆっくり開いた。
気配で悟った二人は慌てて離れ、痛む身体を引きずるようにベッドの端へ移動し、膝をついた。
包帯が邪魔でしっかりとした礼の姿勢を取ることができなかったが、それでも出来る限りの誠意を見せようと考えていた。
エクリナが入って来るや否や、揃って頭を垂れる。
姉妹の前には腕を組むエクリナが近くの椅子を引き寄せ、ドカリと座る。
ルゼリアが最初に口を開く。
「王っ……っ、申し訳ありませんでしたっ!!」
「僕たち、反省してますっ……! 本当に、心から……!」
追従するように、ライナも震える声で謝罪の言葉を重ねた。
エクリナは何も言わない、冷たい眼差しでジッと見つめていた。
沈黙が、包帯の擦れる音さえ大きく感じさせた。
しばしの沈黙ののち、ルゼリアが唇を噛みしめながら続ける。
「……ライナに言った言葉、少し……いや、随分きつかったかもしれません。本当は、私もあの子と同じくらい……王の役に立ちたかっただけなのに」
エクリナは、静かにため息をついた。
「……まったく。うぬらも、王の下に仕える身なら、少しは加減を考えよ……」
それでも怒鳴ることなく、彼女は近づいて、二人の頭に手を添えた。
「とはいえ、我にも落ち度はあった……王たる我も、少々、伝え方を誤ったようだな」
「……ライナ、うぬの想いは十分届いておる。あとは、自信を持てばよいのだ」
「う、うん……っ!」とライナは涙を流し頷いた。
エクリナは、そのまま二人を抱きしめた。
姉妹は喧嘩しただけ――王の慈愛が変わるわけがなかった。
ライナはようやく満たされ、堰を斬ったように泣き出す。
「うわぁぁ~~ん! 王さま、庭を壊して本当にごめんなさぁ~~い!!」
「リア姉、あんな態度をとってごめんなさい! いつもありがとう、大好きだよ!」
ライナは泣きじゃくりながらも、謝罪の言葉を口にできていた。
ルゼリアも涙を流し、ようやく素直になったライナへ微笑むと一層強く抱きしめる。
エクリナは黙って二人の頭を撫でていた。
泣き続けるライナは、エクリナとルゼリアに存分に甘えるように抱き付いていた。
ひとしきり泣くと、ようやく場が落ち着く。
「疲れたであろう、休むがよい」
それだけ言って、エクリナは指を鳴らす。
ルゼリアとライナは、転移でベッドの上に戻っていた。
エクリナはスープの乗った盆を異空間より取り出してみせる。
香ばしい香りと、優しく温かな湯気が二人の間に広がる。
「さあ、これを食して休め。栄養は心を癒やす第一歩であるぞ」
二人は感謝の言葉を述べながら、ゆっくりとスプーンを口に運んだ。
温かさが喉を通った瞬間、張りつめていたものがほどけた。
涙が、またこぼれる。
一瞥して部屋を出たエクリナを迎えたのは――壁にもたれていたセディオスだった。
「喧嘩両成敗、振る舞いは流石の『魔王様』だな」
エクリナはその言葉に肩を竦めて答える。
「ふん、当然であろう。我が側近が争えば、調停するは王の務めだ」
「でも、丸くなったよな。昔のエクリナなら、跡形もなく吹き飛ばしてたんじゃないのか?」
真面目に答えるエクリナに、セディオスは軽口を叩く。
「……うぬ……言ってはならぬことを言ったな……」
エクリナは顔を背けるが、その声音はどこか照れていた。
セディオスが、からかうように笑う。
「共通の敵を作って、力づくで落ち着かせる……そんなやり方、“魔王らしい”な」
「うむ。我ながら妙案だったと思っておる。あやつらが思いのほか連携したのは誤算であったが……少し、楽しくなってしまってな」
エクリナは口元をぴくりと動かし、やや苦笑を漏らす。
「つい、弾を多めに撃ってしまったのは……ご愛嬌である」
そこまでは、いつも通りの口ぶりだった。
だが――
「……少し、やりすぎたかもしれぬな」
ぽつりとこぼしたその声は、小さく、わずかに曇っていた。
二人の少女を思い切り叩き伏せた、“王の裁き”。
その余波の重さを、今、静かに噛み締めていた。
セディオスは、それ以上何も言わなかった。
ただ隣に歩み寄り、苦笑まじりに言う。
「でもさ、おまえを本気で叱ってくれる奴が、ちゃんとそばにいるだろ?」
その一言に、エクリナはハッとし――そして、目を細めた。
「……ああ。そうであったな」
微笑みを浮かべながら、エクリナはセディオスの隣に並ぶ。
「さあ、朝食の準備をせねばな。うぬ、味見くらいは手伝えよ?」
「はいはい、我らが魔王様のためにね」
並んで歩き出す二人の背には、夜明けの光が、穏やかに差し込んでいた。




