◆第213話:四人の会話◆
神領。
三環大陸トリスクレオンに存在する、魔哭神が治めていた領地。
今も魔の霧が立ちこめ、神兵が闊歩する危険地帯。
その中心に、いまもそびえる魔哭神の居城。
玉座の裏には地下へ続く階段があり、その先――リゼルが生まれ、やがて工房となった場所がある。
工房の主が遺跡都市エル・クラウゼへ発った二日後。
四つの保管術具が一斉に鳴動した。
チュルチュル……ゴゴ――――。
パ、パシュ、パシュ―――。
ほぼ同時に解放された収納槽から、四人が這い出る。
皆、しばらく咳き込んだ。
「……ふう……一命を取り戻していましたか」
金髪の縦ロールの少女――ヴァイエルナがつぶやく。
エクリナの極大魔法をまともに受けながら、なお生き延びていた。
「ひでえ目に逢ったぜ……」
氷結銀の髪を団子に結った少女、セルドリカも体を起こし、すでに冷静さを取り戻している。
「次は負けない……」
淡い緑のサイドポニーテール、煌めく緑眼のレーテシアは、表情を変えぬまま宣言した。
「あ”……リゼルさまぁは……出られぇたぁようぅでぇすねぇ」
淡桃の髪を濡らしたネヴァが周囲を見回す。生成液で真っすぐに貼り付いている。
「この姿では何もできませんわね……皆で浴場に行きましょう」
生成液にまみれてドロドロのヴァイエルナが、三人に声をかけた。
「そりゃいいな!」
「分かった」
「行きまぁしょうぅ」
四人は浴室へ向かう。
◇
工房に隣接する大浴場は、リゼルが人属文化の研究も兼ねて整えた設備だった。
ネヴァの加入以降に改修は一気に進み、いまでは十分な広さを備えている。
四人は生成液で濡れた布を脱ぎ捨てる。魔装はすでに剝がされ、簡易な衣服だけだった。
「脱いだぁ布はぁ、これにぃ入れてぇおいてぇくださぁい。あとでぇ洗いまぁすぅ」
ネヴァが入れ物を掲げて指示する。
大浴場に入ると、洗い場へ歩む四人。
一糸まとわぬ身体を横並びに、黙々と体を洗う。
ゴシゴシと各部を擦り、生成液を落としていく。
会話はない。
沈黙を満たすのは、遠い戦場の残響だけだった。
◇
身支度を終え、四人は湯船に身を沈める。
そして――ようやく口が開いた。
「ようやく、生きた心地を実感できますわ」
「あたいは今でも灼けた感覚があるぜ」
「お腹は元に戻ったのに裂けてる感じ」
「大ダメージを受けぇてかぁらぁ気絶してまぁすかぁらねぇ。仕方なぁいでぇすねぇ」
夜会の感想を、それぞれ一言ずつ。
「みんな負けたのですわね?」
ヴァイエルナが金の瞳で三人を見回す。
「ああ、いいとこまで行ったんだがな……だが次は殴り勝つ!」
セルドリカは逞しい腕をバシャリと湯面から出し、言い放つ。
「あたしも絶対に負けない!」
レーテシアは湯面を拳で叩き、悔しさをにじませた。表情は変わらないが。
「ネヴァもぉもっと狡猾にぃならぁないぃとぉ、あのぅ”封界”にはぁ勝てまぁせんねぇ」
紅の瞳を光らせ、ネヴァはティセラを念頭に置いた評価を口にする。
「んで、ヴァイエルナはどうだったんだ?」
セルドリカが話を振る。
「わらわを愚弄する戦い方、そして圧倒的な力……雪辱を果たさないといけませんわ!」
ヴァイエルナは握り拳を湯面に掲げ、ぷるぷると震わせた。
その後もしばし、四人は夜会の感想戦――そして愚痴を重ねる。
だが、愚痴は長く続かなかった。
誰もが同じことを思っていた――次は、獲る側に回ると。
◇
工房へ戻った四人。
ネヴァは各々の魔装を取り出し、次々と手渡した。
「随分な手際ですわね……」
ヴァイエルナが目を細める。
「自動でぇ修復するぅ術具をぉ準備してぇましたぁ。いちいちぃ手でぇ修繕するのはぁ手間でぇすからぁねぇ」
三人を回収した折に魔装を剝ぎ取り、あらかじめ用意した自動修復術具へ放り込んでいたのだ。
魔装をまとい直した四人は、ようやく机の上の置き手紙に気づく。
「のんびりしすぎましたわね……読みますわよ」
ヴァイエルナは手紙を取り、声に出して読む。
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ようやく目が覚めたようですね。早速ですが次の仕事です。
四人は亜人属領に向かってください。任務は『人造魔核』と『マナ』に関する情報収集です。
セルドリカ、レーテシアは霊機自治区アークの工房に潜入し、『マナ』研究情報を確保。ネヴァとヴァイエルナは、近くのヴァルザ様が手放した研究所で『人造魔核』の資料を回収してください。
我らが大義のためです、抜かりなく行うように。
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「――とのことですわ」
美しい声で読み上げた。
「亜人どもとやれるのか、いいね!」
「楽しみ……」
セルドリカとレーテシアの目に、やる気が灯る。
「ネヴァ、転移できるのですわね?」
「もちろんでぇすぅ。以前行きまぁしたぁからねぇ。座標はぁ登録済でぇす」
ネヴァが即答する。
「それは上々。今度こそリゼル様の期待に応えてみせましょう」
ヴァイエルナは微笑んだ。
魔哭神城の奥底で、次なる野望が動き出す。
四人の”神の子”は、狂信者の思惑どおりに行動を開始した。




