◆第211話:探索の終わりには◆
遺跡都市エル・クラウゼに来て四日目。
朽ちた白塗りの研究所の地下――守護者は目覚め、そして再び眠った。
穿たれた天井から夕陽が一筋。
冷えた空気に温度が戻る――ようやく、出口が見えた。
「はあ、はあ……魔力を溜めていたとはいえ、流石に厳しかったな……」
〈レクイエム・ブレイド〉を放った反動で脱力感が身体を襲い、魔核が締め付けられる。
「がは、はあ、はあ……それでも大分マシになったが……」
眠った獅子を一瞥し、セディオスはリゼルのもとへ歩く。
体力は尽き、魔剣は沈黙していた。
まさに満身創痍であった。
「……生きてるか?」
頬を軽く叩くと、リゼルの睫毛が震えた。
「ん?……ああ、落ちてましたか……」
上体を起こしたリゼルは、伏した獅子を見やる。
(人属と亜人属が共に犯した禁忌――人造の生命体……)
「全く……度し難い。――禁忌に手を伸ばした果てが、これですか」
侮蔑するようなリゼルの声に、セディオスは何も言わなかった。
――上から、砂利を蹴る音と、甲高い声。
天井の穴から声が落ちてくる。
「なにこれ!」
聞き慣れた、元気のいい声だった。
その声に駆け寄る足音も耳に届いた。
穴の縁に影が差す。
「「セディオス!」」
覗き込むルゼリアとライナが同時に叫ぶ。
そして、すぐ苦い顔になる。
「あいつもいる……」
「魔力さえ残っていれば……」
二人の視線の先には、リゼルが居た。
「はは……わたくしは随分嫌われていますね」
天を仰いで、リゼルは軽く嗤う。
「……セディオス……」
「……ああ、分かっている」
隣り合った二人は、横目で互いを見た。
セディオスが納刀していた《アルヴェルク》を抜き放ち、リゼルへ振るう。
カキン――
大剣形態《セファル=クレイモア》へと変じた杖剣が、それを受け止めた。
「めでたく、元どおりの敵同士です」
冷たい声音。
短い協力関係という“遊戯”の終わりを告げる響き。
「……リゼル」
セディオスの胸裏に、四日間の記憶が過る。
正直、探索中は悪い関係では無かった。
だからこそ、歩み寄れないのかとも考えてしまった。
「今日は疲れました。また、どこかで――」
リゼルが指を鳴らす。背後に異空間が裂け、黒い口を開ける。
ひらりと手を振り、そのまま踏み込んだ。
消える直前の敵の顔は、穏やかな笑みだった。
地下に一人残されたセディオスのもとへ、ルゼリアとライナが縄を下ろす。
依頼は見事に完了した。
ただ、剣を握った指先に――寂しさだけが残った。
* * *
空間転送移動を終えたリゼルは、遺跡都市エル・クラウゼから少し離れた街道の町に立っていた。
煤けた顔、ボロボロの洋装。
疲労が遅れて襲い、脚が鉛のように重い。
リゼルはゆっくりと足を引きずるように歩いた。
「……流石に長距離転移は無理ですね……」
ぐうぅぅぅ――。
腹が食べ物を要求する。
「はは、流石にお腹も空きますか……食料は……無いですか……」
魔導収納鞄を漁るも、携行食は尽きていた。
(あのスープ……懐かしいですね……)
仇敵と囲んだ焚き火の味。
それが不要だと思っていても記憶に刻まれていた。
「おい、ぼうず。大丈夫かい?」
通りの屋台の店主が声を掛けた。
ボロボロのリゼルの姿に同情したのだろう。
(……面倒な……)
思いながら顔を向けると、色とりどりの玉が受け皿に盛られている。
仄かに甘い香り――名前を思い出す。
「……飴……ですか……」
ふらりと近づく。
「何があったかは知らんが、飴はどうだ。滋養がつくぞ?」
店主は受け皿を軽く掲げた。
「ふ。知っていますよ……」
短く笑ってから、リゼルは指先で色を選ぶ。
「そうですね……この黒いのを一袋……」
店主が袋にからんと転がして渡す。
代わりに四角銀貨を一枚支払う。
「まいど!」といって店主は見送っていた。
リゼルは歩き出し、黒い飴を一つ、口へ放り込んだ。
甘みが舌に広がる――同じ味だ。
研究所でセディオスから貰った、あの黒い飴と同じだった。
たったの四日間。
それだけなのに、長く共に探索をしていた気分であった。
飴の味すら懐かしかった。
何かを噛みしめるように、コロコロと口の中で転がした。
小さな町を一人きりで歩く。
隣に居た逞しい剣士は、もういない。
わたくしには使命がある。神が託したと信じる崇高な使命が、存在の証明であり、それがすべてだ。
――違う道が“見えてしまった”からこそ、選ばない。
でも、それでも、わずかな揺らぎが出来てしまった。
今のリゼルには理解できない、小さな、ほんのわずかな揺らぎ。
数多の本では教えてくれない感情の芽。
リゼルは口で弄んでいた飴玉を――噛み砕く。
ガリンッ!! ボリッ! ボリッ――小気味のいい音を鳴らしながら噛み砕いていく。
欠片になった飴を、ゴクリと飲み下す。
自身の甘さを砕き、飲み干し、腹の底へ押し沈めた。
「甘い……ですね」
「けれど、わたくしの世界には、不要です」
不要なものは切り捨てる。それがリゼルの覚悟だった。
ひたすらに進む――選び取るべき道は最初から決めている。
神のために、己のためにと、そう信じて疑わない狂信者。
足りないものをかき集め、陰謀を胸に、少しずつゆっくりと歩んでいく。
世界は今日も、滅びへと近づいていた。
次回は、『3月19日(木)13時ごろ』の投稿となります。
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