◆第210話:眠りへ還る守護者◆
壁に刻まれた魔封じの文様から光が消え、床の魔法陣も沈黙した獅子の住処。
リゼルの空間封殺を咆哮で砕き、どこか嬉しげに見える獅子――だが、同時に悟っていた。
活力は満ちきらない、再び眠りが訪れる。そう演算した。
だから獅子は、その前に屠る。
住処を荒らす侵入者を、大切な使命を遂げるために。
獅子は解析する――目の前の標的を屠る手段を。
双眸の魔法陣が高速で巡り、結論に至る。
四肢を広げて、ダン、ダダンッ!と床を鳴らし、衝撃に備えて構えた。
ガコンと口を大きく開き、空気を取り込む――シュオオオオオ と耳障りな音が鳴り始まる。
同時に二門の巨砲を伸長。昏い橙を宿し、キュウウゥ――と熱を集める。
聞き慣れない唸りが広間内に満ち、破滅の予鈴のように響いた。
時が進むごとに唸りは強くなり、床が共振して地響きとなる。
最後の一撃を放つために。
「……リゼル。極大魔法を頼む」
獅子が魔力を収束させる姿を前にセディオスは覚悟する。
極大魔法でないと撃ち負けると直感が告げていた。
(こいつは、果たして……)
セディオスは協定を盾に言いつつも、魔封じが無くなった空間で従うのかを疑っていた。
「………」
一瞬だけ沈黙するリゼル。
(転移可能か……逃げますか? それもありですね)
(――なのに、見捨てる気になれませんか……)
(…………)
(ほだされすぎです!)
リゼルは今を見捨てられない自身に嫌気が差した。
獅子の砲撃収束が進む。――リゼルは舌打ちして、答えを選んだ。
「……いいでしょう。これまでの供物の礼です、特別に放ってあげましょう!」
冷徹、打算、理屈を放棄したリゼルは言い訳だけした。
その言い訳は、この身に向けたものであった。
口先はどうあれ、もう呼吸は合っていた。
リゼルは《律創杖剣レギオン・セファル》を横に掲げ、前へ出す。
「時よ、止まれ。空よ、閉じよ、記録なき始まりを終焉へと還せ」
魔力を振り絞る。無理に魔核を動かした影響で軋む。
隣でセディオスは《双詠大剣アルディス》へ魔力を畳み込み、呼吸を合わせる。
「我が命に従い、この時空を支配する。世の理を蹂躙し、ありのままを嗤い壊す――」
獅子の砲撃収束が間もなく頂点に達する。
全てを薙ぎ払う収束砲を見舞うため、そして忌まわしい侵入者を消し去るために。
「汝の存在、輪廻より抹消する――テンペル・ヴァニシア!!」
ついに、双方が臨界へ達する。
獅子は口腔砲と背の二門を同時に解放――純粋魔力の収束砲が白光を曳く。
リゼルの背後に黒曜の時計塔が立ち、秒針が逆行する。
獅子の周囲に時間歪曲が芽吹き、空間そのものを喰らう“無の楕円”が描かれる。
轟衝――ドッゴオオオ。
螺旋――ギュルギュル。
光と虚無が噛み合い、部屋そのものが軋みだす。
地鳴りが強まり、石床にひびが走り出す。
光と虚無は拮抗した。
活力の戻りきらぬ獅子ゆえ、威力は同格だった。
「っ、互角ですか……!」
リゼルの腕が痺れ、足が押し返される。
獅子の双眸が更に光量を上げ――絞り出すように放出を増す。
もはや最後の意地であった。
極大時魔法〈テンペル・ヴァニシア〉が押され始める。
これまでの魔核への痛みの蓄積が、リゼルの全力をわずかに削いでいた。
魔力出力が足りず――撃ち負けようとしていた。
しかし、時間は稼いだ――
「セディオス!!」
呼び声と同時、剣士は獅子の顎下へ滑り込んでいた。
「行くぜ――レクイエム・ブレイド!!」
《アルディス》の刃を結界で覆い、段階的に延伸する。
闇・炎・雷の複合魔法がうねりを上げる。
伸びた大剣を振り上げ、一閃が顎を叩く。
必殺の砲線を逸らすため――
「おおおォォォッ!!」
獅子に負けじと吼えるセディオス、渾身の力で突き上げる。
放たれる〈レクイエム・ブレイド〉、暴風のような魔力の三属性多段斬撃が弾き飛ばす。
巨体がわずかに浮き、砲線の角度が上へ反れた。
収束砲は天井を穿ち――地上へ抜ける。
同時にリゼルの魔力が底を尽く。
「がはッ!……」
息を吐き、膝から崩れ落ちた。
三日間の供物以上に働きすぎたと内心思っていた。
獅子の攻撃を辛くも逸らしたセディオス。
《双詠大剣アルディス》の魔力は枯渇していた。
二刀に分割し、構え直す。
砲撃を終えた獅子は、眼下のセディオスを睨む。
そして――
最後の意地のように「ガオォォ……」と低く吼え――ドシィィィーンと伏した。
研究所の守護者は、ふたたび眠りへつく。
口を閉じた巨体の上に、穿たれた天井から夕陽が差し込む。
探索四日目、ようやく出口が見えた。




