◆第209話:無敵の獅子◆
人造生物が住む部屋。
獅子は腹の横から大刃を伸ばし、疾駆していた。
――白衣の人々が消えた日を作り出した、同じ魔力波長を持つ者を裂くために。
リゼルへ迫る刃。
獅子は立ち止まった得物を目掛け進む。
間もなく切り裂こうとして――研究所の最奥で「ドオォォン――!」と何かが倒れる音がした。
次の瞬間、広間は暗転する。闇が訪れ、すべてを呑む。
流石の獅子も対応できず、一瞬だけたじろいだ。
暗転と同時に、空気を縛っていた圧が消えた。
リゼルはその消失だけで悟る。――魔封じが、死んだと。
やがて、壁の魔導ランプが――残光のようにふたたび灯り始める。
視界を確保した獅子は見渡す――敵がいない。
すぐに気づく。頭上だ。
暗転の隙に、リゼルは空間魔法で階段(足場)を組み、頭上へ逃れていた。
「実に運がいい……」
空中のリゼルは嗤った。
ここで果てるはずの身を、動力停止が拾い上げていた。
ルゼリアとライナは知らぬまま、仇敵を助けていた。
獅子が砲塔を頭上へ向ける。
その死角を、セディオスが駆け上がった。
「フレア・サンダリアス!」
斬撃に爆雷を載せ、対象を焼き焦がしつつ感電させる一撃。
大剣に赤熱の焔と紫電が絡み、着弾点から爆ぜる雷鳴が迸る。
炎雷の魔法剣技の衝撃が獅子の背を打つ。
巨体がわずかに撓む。
セディオスは、リゼルを見事に囮にし、獅子に一撃を加えていた。
同時にリゼルは確かめる。
魔法を使っても魔核は痛まない――やはり、魔封じは止まっている。
「セディオス、好機です!」
頭上からリゼルが叫ぶ。
「分かった――ヴァルトクリード!」
その声に応じる。
大剣に雷を帯電させ、そのまま獅子の背へ突き立てる。
刺突と同時に電撃波が内部を駆け巡る。
《アルヴェルク》の魔晶は、魔力消費が“元の感覚”に戻っていた。
獅子は「ギャオォォォ――」と吼え、三又の尾で背後に乗る者を迎撃する。
セディオスは、キン、キン――と火花とともに受け流す。
その隙に改めて頭上のリゼルへ巨砲を向け、砲弾を吐き出す。
ドン、ドドン――
バキンッ!――と、リゼルが立っていた“空間足場”が砕け散る。
一足先に跳んだリゼルは、《レギオン・セファル》を翻す。
「スペイシャル・グラインド! 巻き込まれなさい!」
獅子の周囲に多重螺旋の空間壁が立ち上がる。
圧縮、収束、捻じ曲げ――空間ごと押し潰す必殺の檻。
「なっ! リ――」
セディオスが抗議を発するより早く、リゼルは〈クロノ・シフト〉を唱える。
止まった二秒の世界でセディオスの背後へ転移し、獅子の背から離脱する。
――時間が動き出す。
「——ゼル、お前!」
続きかけた抗議の先に、誰もいない。
当の本人は、横にすまし顔で立っていた。
「巻き込んでも良かったのですがね♪」
涼しい顔で囁く。
本領を取り戻した狂信者は、隣の渋面を横目で見た。
セディオスは睨み返す――とはいえ、共闘はまだ続いている。
獅子の周囲で、空間の螺旋が回転を上げ、周囲そのものを圧砕していく。
轟音の中で、獅子の眼窩の魔法式が目まぐるしく走り――
「ガオオオオォォォォォォォォォン!!!」
と、ひときわ大きな咆哮。
衝撃波が空間壁の位相を乱し、蜘蛛の巣状のヒビが走る。
「ガオッ! ガオォォォォォォォン!!」
さらに吼え、走り回りながら側腹の大刃で螺旋壁を切り刻む。
砕ける、砕けていく――必殺の囲いが粉砕されていく。
「咆哮でわたくしの魔法を破壊ですか……本当に規格外な……」
リゼルは歯ぎしりをし、苦虫を噛んだ顔をしていた。
「はは……こりゃ本格的にまずいな」
セディオスは《双詠大剣アルディス》を握り直す。
人属と亜人属の“集大成”。
その“無敵”を前に、なお二人は立つ。
――獅子の魔法式が、さらに加速していく。




