◆第208話:倒れる大樹◆
大樹の猛攻でなだれ込んだ隣室
穴に逃げた獲物を捕らえるべく、ズズズ――と巨体が迫る。
同時に警備術具を招集していた。
「はあ、はあ……ここは……」
「ごほ、ごほ……へ、変な部屋……」
呻きながら周囲を見やる二人。
魔獣の死骸が保管術具に収められ、臓器は液中に浮かぶ。
そこは、以前セディオスとリゼルが通った部屋だった。
「初めての部屋ですね……」
「うえぇ……気持ち悪い……」
不気味な陳列にそれぞれの反応を示す。
二人は奥へ逃げ込む。
進むと部屋の奥に、ひときわ異質な一角が見えた。
そこには巨大な魔晶を収めた保管術具が鎮座していた。
――“魔晶が整列していた区画”であった。
「!! これは……魔獣の魔晶」
「こんなに大きいのがあるんだ……」
感心する二人。
――ズズズ、と振動を伴う引きずり音が近づく。
「リア姉、来るよ……」
警戒するライナ。
ルゼリアの視線が、奥の保管術具——巨大魔晶へ吸い寄せられる。
「ふふふ……どうやら私たちは幸運なようです」
突然、ルゼリアが笑った。
新たな策を思い付いた声であった。
「リア姉?」
不敵な笑みの姉を見上げるライナ。
反撃の時は、近い。
◇
白き魔晶を抱く、保管術具を守護する大樹。
侵入者討伐という使命を果たすため、巨体を引きずって進む。
穴蔵に落ちた獲物を、仕留めるために。
ポオォォォオン――と嘶き、蜘蛛型・蝙蝠型をけしかける。
大樹は後方をゆったりと進み、視認する。
紅と蒼が迎撃の構えを終えたことを――。
ライナは《魔斧グランヴォルテクス》を床に突き立て、《魔刀ライメイ》を腰に据えていた。
右足を踏み出し、腰を低く構える。
「……………」
集中、ひたすらに集中。
右手は柄を軽く握り、目を閉じてその時を待つ。
室内の音が、一段と遠のく。
ルゼリアはライナの背後に陣取り、《焔晶フレア・クリスタリア》を『紅蓮双輪』形態へ可変。
床に魔法陣を描き、足元には保管術具から取り出した特大の魔獣魔晶を置いていた。
そして――詠唱が始まる。
(私が道を作る。走らせる。――あとは、ライナが一太刀で心臓を断つ)
「紅蓮よ、巻け、道となれ――灰に火種を掲げ、虚ろを灼線で縫え」
紅蓮双輪が眩く、二重輪となって回転数を上げる。
ルゼリアは魔晶と自身の魔核を結び、魔力を絞り出す。
「走者の息脈を護れ。外へ牙を剥き、来たる矢術は外周で焼き捨てよ」
大樹は感づく、迎撃を仕掛けてくると。
意思なき防衛装置は、使命のままに全軍をけしかける。
「廻れ焔環、伸べ炎廊。終端に走路を架け、刹那に割目を開き、熱と圧を収束せよ」
熱が高まる、詠唱が満ちる。
眼前の雑兵を灰にするために。
全てはライナの一撃に賭ける姉、その信を背負って時を待つ妹。
妨害すべく、蜘蛛・蝙蝠・大蛇――うねりが二人に襲いかかる。
「プロミネンス・コリドォォーーーーーー!」
ルゼリアは告げた。燃え盛る熱風洞が展開する。
灼熱の螺旋壁が眼前の群れを呑み、中心には澄んだ走路だけが“護られた焔域”のように伸びる。
有象無象の警備術具は灰となって散り、道が出来上がる。
(――今だ!)
ライナは目を見開き、神速で踏み込む。
熱風に背を押され、影が引き伸ばされるほどの加速で走り抜けた。
一息の猶予もなく、死が大樹の眼前に迫る。
白き巨大魔晶を覆っていた巨大根は、すでに燃え尽きていた。
走路の熱が、迎撃の“腕”を先に焼き落とされていた。
抗うことができない。
間が詰まる。必殺の間合い――
紫電がほとばしり、走り抜ける。
保管術具には“横を駆け抜けた”ようにしか見えなかった。
「…………雷葬一閃」
パチン、と納刀の音。
そして――
「ズバン……!」と遅れて空気が裂ける音が響く。
ピシ……ピシ……ピシ……
シュパ――ズズズ……ドオォォォン――!
巨大な魔晶ごと断たれ、大樹は倒壊する。
白い輝きは、放出され消えゆく。
膝をつくライナ。
「はあぁ……つ、疲れた……」
そのまま、ドサリと座る。
「はあ、はあ……やりましたね、ライナ……」
バキィィン――
ルゼリアの足元にあった魔獣の魔晶が役目を終え、ひび割れるように砕け散った。
壁に浮かんでいた仄かな術式が、ふっと沈む。
そして、胸の奥を締めつけていた圧が抜けた。
――研究所全域の魔力供給が途絶え、魔力封印が沈黙した。




