◆第206話:獅子と神の子◆
火炎が撒かれ、室内は赤熱を帯びていた。
獅子は首を巡らせ、侵入者を捜す。
眼前に立つのは剣士のみ――もう一人の姿がない。
腹面の副眼が開き、奥の影を捉える。
(ミツケタ……)
濃紺の短衣、杖剣を握る小柄な影。胸を押さえ、息が浅い。
(ゲキタイ)
腹部装甲が、ガシャリと割れ、四門の多列魔導銃がせり出す。
キュイィィィィ――――ン。ダッダッダッダッダッダッダッ!!
多列の砲身が回転し唸りを上げる。
「本当に多彩ですね!」
リゼルは異音に振り向くや蛇行して逃げる。
加速した弾雨が床を縫い、壁を叩く。
「クレセント・フォールド!」
背後に湾曲した透明刃を展開。
金属音が連打で弾け、弾丸はそらされて床に散った。
リゼルの魔核は、じわじわと痛みを蓄積していく。
仕方なく前足を抜け、セディオスの元へリゼルは駆ける。
連射に追い込まれ、獅子の頭を通りすぎる。
弾幕を張るも命中しない魔導の射撃。
短い苛立ちが、獅子の機構をさらに開く。
セディオスは正面に残り、リゼルは獅子の腹下から壁際へ抜ける。
背部の二連巨砲がシャキン、と伸長、照準が収束――。
「まずい!」
セディオスが濃紺の影へ寄るのと同時、砲尾が閃光を吐く。
ドン、ダアァン――!
頭部ほどの砲弾が二条。セディオスは《アルヴェルク》と《ディスフィルス》を背合わせに組み、大剣へ合体させる。
「戦技――ブルート・カウンター!」
一発目は刃で“噛ませ”、角度を奪って——砲弾は床へ叩き落ちた。
「はあはあ……ディメンション・レイズ!」
リゼルは胸を押さえる。断絶線が二発目を貫き、炸裂点をずらす。
重い衝撃が遅れて胸郭を揺らし、白煙が滞る。
グルウゥゥ……。
獅子はリゼルへ視線を固定した。
思い出す、あの大揺れの刻――住処に伝わった異様な魔力の波長。
目の前の杖剣のそれは、ひどく“似ている”。
「……侵入者から、“敵”に格上げ、ですか」
リゼルが息を整える。
「どうやら、気に入らんことがあるらしいな……」
セディオスは汗を落とし、二刀へ分けると握り直す。
獅子が床を裂いて突進。
側腹から大刃が飛び出し、火花を散らす。
「囮を再開します。――クロノ・アシュータ」
リゼルが視界の縁を引き延ばす。
身体動作と反応を押し上げ、低い姿勢で走る。
獅子は壁際を駆けるリゼルを追いかける。
白い研究所を襲った者と同じ魔力波長をもつ者を討つために。
終わりの刻にできなかった、使命を果たすために。
ガション、ガションと走る獅子の背後をセディオスが追う。
「あの巨体で……よく走れるな!」
悪態を付き、比較的無防備な後ろから攻撃を仕掛ける。
それに気づいた獅子は、側腹・大刃の少し上を開口し、二本の杭が収められた箱を両脇から出す。
カチ、カチ、カチ、カチと鳴り、ダダダダッと射出した。
上に放たれた巨大な杭が放物線を描き、セディオスに向かう。
「ちぃっ、まだ武装があるのかよ!」
《アルヴェルク》を盾に魔力を奪い、《ディスフィルス》で受け流す。
火花が線となり、硫黄の匂いが鼻腔を刺す。
衝撃で膝が抜けかけても、踏みとどまる。
前方――獅子の右前足が跳ね上がる。
チョロチョロと這いまわる小粒の敵を全力で潰すために。
攻撃の予備動作を見極め、中級時魔法を唱える。
「クロノ・シフト」
リゼルは必殺の瞬間に二秒間、世界が沈黙する。
ただ一人、前へ走る。
……二、いち、――零。
時間が返り、振り下ろされた前足は空を切る。
だが獅子は先を見据えていた。
振り抜き際、鎌鼬が収束し、鋭い風刃が地を這う。
「はあ!?」
リゼルは先回りの攻撃に声を出す。
咄嗟に空間壁を立ち上げ、直撃を避ける。
だが魔封じの効力で維持が利かない。
空間壁は脆く砕け、軽い身体が床を滑った。
リゼルは肩から叩きつけられ、肺がきしむ。致命傷ではない——だが、視界が白む。
「ぐうぅ……っ」
背を丸めて摩擦で減速。膝で止まり、顔を上げる。
「……意思があるようですね……思考している……」
骨は無事だ——だが肺が潰れ、息が詰まる。
追いかける獅子は間を与えない。
大刃の角度を下げ、床に擦らせ、火花の尾を引いて迫る。
「ごは、がは……厳しいですね……」
幾度の魔法発動で魔核が軋む。
(低級を、あと何度――)
それでも、逃げない。深く息を吸い、吐く。
地鳴りが肩口までせり上がる。巨大な金属刃が視界を満たす。
神の子、リゼルの前に死が迫っていた。
リゼルは、覚悟を決めた。
次回は、『3月12日(木)13時ごろ』の投稿となります。
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