◆第201話:近くなる距離◆
遺跡探索を始めて三日目——恐らく夕方過ぎ。
大扉の横、亀裂を通って中に侵入。
謎を解き明かし、罠を超え、時には迎撃し――ようやく二人は今日の安全地帯に辿り着いた。
これまでの部屋に比べれば狭く、倉庫のようであった。
セディオスがスープを作り、リゼルは干し肉やパンを焚き火であぶり、食事の準備をしている。
最初は食事そのものに無関心だったリゼルも、今や食べるだけでなく調理に参加していた。
期待も込めて、興味深げに鍋を覗き込む。
「今日のスープも良いですね。遺跡は少し寒いから、温まります」
湯気を啜り、リゼルは素直に感想を口にする。
「ああ。今日は少し辛めの香辛料を入れたんだ。しっかり食べておけ」
セディオスは鍋をかき混ぜながら答えた。
いつの間にか、こうしてリゼルと食事をすることにも違和感が薄れていた。
気がつけば、セディオスは目の前の相手をじっと見ていた。
目の前の相手――少女のように整った顔立ちの“少年”。
湯気越しの横顔が、妙に絵になる。
スープを飲む湯気越しの横顔が、妙に絵になる――絵画じみてさえいた。
視線に気づいたリゼルが目を細める。
「ん~~ん? そんなにわたくしに興味がありますか?」
「まあ、この愛らしい姿ですからね。魅了されるのも分かりますが」
嘲るように口角を上げて告げる。
「お前は本当に自分の顔に自信があるんだな?」
セディオスは苦笑混じりに聞いた。
「もちろんです!」
リゼルは胸を張り、器を置いて立ち上がった。
「わたくしは神の子、魔哭神ヴァルザ様の因子を受け継ぐものです。そして、わたくしの神ヴァルザ様は見目麗しいご尊顔を拝見し見とれました!」
「だからこそ、因子を分けて頂いたこの身は間違いなく愛らしい見た目であると確信します!!」
狂信者らしく魔哭神ヴァルザを崇拝する。そして自信に満ちた声が部屋に響き渡った。
セディオスは眉をひそめつつも答える。
「確かに……思い出したくはないが、美しかったな」
「そうでしょう? だからわたくしも美しいのです。現に、あなたの周りの“少女たち”も皆、美しいはずです」
リゼルは小さく嗤った。
思い浮かぶのはエクリナ、ティセラ、ルゼリア、ライナ。
確かに皆、それぞれに麗しい姿だった。
「ああ……確かにな」
家族を話題に出され、そういえばそうであったとセディオスは頷いた。
セディオスの反応に怪訝な顔をするリゼル。
「……その反応。彼女らに“手を出して”いないのですか?」
唐突な踏み込み――冗談めかしているが、目は値踏みだった。
「はあ!? そんなことするわけないだろ!」
セディオスは即座に言い返す。
「大事な家族だ。そういう目的で一緒にいるわけじゃない。ただ、一緒に生きていけるだけでいいんだ」
赤くなりながらも、きっぱりとした口調で否定する。
「ふ~~ん。まあ、神の子を汚していないのなら、わたくし的には問題なしです」
リゼルは楽しげに笑みを深め、囁くように続けた。
「あ、いくらわたくしに魅了されても……手を出したら分かってますよね?」
前かがみになり、覗き込むような妖艶な視線で見つめる。
「そんな日は来ない。安心しろ」
セディオスは呆れ顔で答えた。
(興味がないし、何より“男”だろ……)
「ふふ、賢明ですね♪」
リゼルは軽やかに座り直し、再びスープを啜った。
食事を終え、眠りにつく二人。
いつも通り、リゼルは焚き火前に陣取っていた。
今日の部屋は狭いこともあり、セディオスも焚き火から少し離れる程度であった。
セディオスは剣を抱きしめ、いつ襲われても応じられる体勢で座っていた。
夜が濃くなり、遺跡の冷気はさらに厳しくなる。
寒さで目を覚ましたセディオスは、すぐ隣に気配を感じ取った。
――リゼルが寄り添うようにもたれかかって眠っていた。
眠る前は確かに離れていたリゼル。
「襲ってもいいですが、その時は命はありませんよ?」
と、余裕の笑みを浮かべていたはずなのに。
眠りに落ちる直前から、リゼルの肩は小さく震えていた。
焚き火を見ると、火は思いのほか早く鎮火している。――薪が尽きていた。
苦肉の策でセディオスに寄り添い暖を求めていた。その行為は生物の本能に等しかった。
(……寒さに耐えられなかったか。なるほどな、神の子といえど無敵じゃないらしい)
セディオスはそっと外套を翻し、リゼルを抱き寄せて覆った。
(……俺はお人よしだな。今なら殺せるのに。だが……生きたいんだろうな、俺は。早くエクリナや皆に会いたい。守るものができると、執着も強くなる……)
そう考えながら目を閉じる。
◇
ほどなくして、リゼルも目を覚ました。
――暖かい。
見れば、セディオスに抱かれ、外套で包まれていた。
(……こんなことをするとは。敵に慈悲を掛けるのですか?)
胸の奥に知らない感覚が芽生え、警戒が高まる。
悟られないようにゆっくりと動き、セディオスの顔を見る。
首を垂れ、剣を抱き、柄を握り、静かに目をつぶっていた。
今なら――今ならば――と心の奥底で何かがそそのかしてくる。
その言葉に従い、右手に魔力を収束させる。
空間を圧縮し、やがて掌に小さく透明な刃を生み出す。
(魔核が少し痛む………)
魔力の出力を最小限にし、魔核の痛みを減らす。
ゆっくり、ゆっくりと――
静かに、セディオスの首筋へ透明のナイフを近づけた。
(この犬はわたくしの神を……ヴァルザ様を……殺した……敵)
主の死を想い、刃先が首をかすめるほどの距離で止まる。
言葉を交わしたこともない、ただ見ていただけ、それでもなお、憧れ続けているヴァルザを想う狂信者。
(なら、今……寝首を掻けばいい……)
殺意が過ぎる。
これまで生きてきた目標の一つが、神を討った者への復讐。
エクリナとセディオスを殺すことが、リゼルの”第二”の目標であった。
なのに今は仲良く一緒にいる。
矛盾が頭を駆け巡る。一緒にいることは苦痛ではない、むしろ心地いいとさえ感じてしまっている。
――セディオスの横顔が、壁を這う術式の仄かな灯りに照らされていた。
しばらく見つめたのち、リゼルは刃を下ろし、霧散させる。
(……まだ……そう、脱出のためです。だから……まだ必要なんです)
自身を納得させる結論を無理やり出し、再びセディオスに身を寄せて眠り込んだ。
その寝顔は、不思議とあどけなく、まるで“無垢な子供”そのものだった。
(……やはり油断ならん)
セディオスは起きていた。
リゼルの殺気で目覚め、その一部始終を感じ取っていたのだ。
剣の柄を握り、いつでも振り抜く準備をしていた。
(だが……殺せなかったのは、あいつも同じか。――それが厄介で、救いでもあるが)
遺跡探索三日目がようやく終わる。
剣士と狂信者――互いの想いが錯綜し、ほんのわずかに深まった。
次回は、『3月5日(木)13時ごろ』の投稿となります。
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