◆第197話:扉の向こうへ◆
カツン、カツン――二人分の靴音が染み入る。
整然とした回廊は、はるか先で闇へと沈んでいた。
セディオスとリゼルは隣合い、歩き続けていた。
野営した廃れた工房から出発して一時間ほど、右へ左へと折れ曲がる入り組んだ道。
方向感覚は既に麻痺しており、北がどっちかもわからない。
「美しい道ですが、少々飽きましたね」
杖を肩に担ぎ、三つ編みを揺らす幼き青少年。
腰を揺らさず、肩で拍を刻むように歩く。
気やすく声を掛けてくるリゼル。
前日よりも言葉数が明らかに増えていた。
何気ないことを言ってくる。
「……」
三十代半ばの男、セディオスは何も返さない――と、ふいに足を止めた。
「?? ああ、扉が出てきましたか………」
察して、三つ編みの端を指で弄ぶ。
暗闇の先で扉が待ち構えていた。
(子供めいた手癖だな……)
なぜかリゼルの所作が気に掛かるセディオスは、一挙手一投足を見てしまう。
扉に近寄るセディオス。
「はあ~、開けてみるしかないな」
扉に手のひらを当て、押し開けようとする――力を込めるがびくともしない。
「硬いな……」
諦めて一旦手を休める。
「仕掛けがありそうですね………」
リゼルは扉脇の九枚の石板(組み絵)を指差し、ジトッと目を細める。
「………そうだな」
研究所に侵入したときにルゼリアが解いた仕掛けと同じものがそこにはあった。
リゼルに気を取られ、一拍遅れて、石板の存在に気づいた。
「ちゃんと見ないと♪」
ニヤニヤと嗤うリゼル。
気まずい沈黙と、愉快そうな笑みが交差した。
「ん~~、セディオス……この魔法陣の記述に見覚えは?」
いつの間にか、はっきりと宿敵の名を口にする。
契約通りに協力するようで、リゼルは聞いてくる。
「……これは知らない式だな……」
研究所入り口の扉が開いた時の紋様を記録していたセディオス。
だが、形状が全く異なる。知らないと言うしかなかった。
未知の石板の羅列を、二人で追う。
「法則を見つけますか……」
周囲を観察し、目だけでなく顔ごと角度を変えるリゼル。
(昨晩は女のようにも見えたが、やはり男か……)
歩き方、観察の所作――総じて“少年”。そう結論づけるセディオスであった。
「何をジロジロと……貴方も手掛かりを探すのですよ?」
視線に気づいたリゼルに促され、セディオスも扉の縁を改めて探る。
◇
リゼルが石板紋様の絵合わせを始めて十分ほど――
間もなく正解にたどり着く。
「ここを……こうすれば……」
ガチャン!!
扉の内側で、噛み合う金属音。
ズッ……ズズズ……と重い板が横へと滑る。
「この扉は横に動くのか……」
セディオスは挙動に驚く。
「ふふん、当たりですね!」
想定が的を射し、リゼルは内心ほくそ笑む。
「慣れているんだな………」
手慣れた様子を素直に評すセディオス。
「……苦労あってこそですよ……」
聞いてほしいわけでもなく、独り言のようにつぶやく。
「??」
セディオスは首を傾げる。
やがて扉が全開になろうとした、その刹那。
待ちきれず、リゼルが一歩前に出る。
ガコンッ!と何かを踏み抜いた。
直後、パシュッ、パシュッ――と乾いた音が鳴る。
「ちっ!」
セディオスが襟首をつかんで後方へ引き戻し、二人は床に伏せた。
頭上を、矢が幾筋も空を裂いていく。
少しでも気づくのが遅ければ頭蓋を射抜かれていた。
安堵する二人。
「気を付けてもらえるかな?”少年”」
「……こほん、いい動きでしたよ?”おじさん”」
憎まれ口を交わす二人。
セディオスが見ると、リゼルの左肩に浅い切り傷が走っていた。
「はあ~……見せてみろ」
ため息を深くつき、リゼルの腕を掴む。
「この程度……」
反射で身を引くが、抵抗しきれず肩を晒すリゼル。
セディオスは垂れる血、傷口の変色反応を観察する。幸い毒性の反応はない。
セディオスは《次元重層収納式ミディア・アーカイヴ》から軟膏を取り出し、丁寧に塗布する。
その手の動きを、リゼルはじっと見つめた。
(手慣れてますね……人間はこうやって治療するんですね)
傷を見てからの処置が鮮やかで、セディオスの所作が気になり見つめるリゼル。
軟膏の冷たさが、妙に生々しい。
リゼルは眉をひそめたまま、その手を追ってしまう。
包帯を重ねて覆うように巻いていく。
「………見られ続けると気まずいのだが……」
リゼルの視線をずっと感じていたセディオスはたまらず言う。
包帯の端を結んで処置を完了させていた。
「わたくしの体は安くないのですよ?」
その問いに、よく分からない返答で応じるリゼル。
初めて他者に肌を触られて違和感を感じ、とっさに言い放っていた。
「はあ? なんだそりゃ。まあいい、”少年”でも血は赤いことがわかったよ」
血が赤い、要は人間のようだと皮肉を告げるセディオス。
冷酷に殺意を向けられ、互いに殺し合った二人。
今でも敵であるリゼルの治療をする自分が、それを奇妙だとも思っていた。
「ふん。わたくしは神の子ですが、身体の造りは人間と変わりませんよ。神の趣味ですから仕方ないですね」
セディオスの皮肉を真顔で答えるリゼル。
人属の身体に近いことを嘆く反面、創造神の意向ではどうしようもないとあきらめる声であった。
『少年』と『おじさん』――奇妙な二人組の探索は、なお続く。
次回は、『2月26日(木)13時ごろ』の投稿となります。
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