◆第17話:空を裂く誓いと咆哮の雷炎◆
轟音が炸裂し、館の壁が内側から弾け飛んだ。
石片と土煙が夜気に散り、夕暮れの残光を乱暴にかき消していく。
庭へ転がり出るように飛び出したライナとルゼリアは、その場で地を蹴り、互いを睨み据えた。
焦げた石畳。ひび割れた外壁。
もはや「じゃれ合い」では済まされない、真剣勝負の空気が満ちていた。
「行くよ、グランヴォルテクスッ!」
「吼えろ、フレア・クリスタリアッ!」
ライナの《魔斧グランヴォルテクス》が眩い稲妻を噛み、瞬時に『雷大両刃斧』形態へと変形する。
両の斧刃に雷の魔力が収束し、弧状の大型魔刃がうなりをあげて迸った。
対するルゼリアの《焔晶フレア・クリスタリア》は、周囲に散っていた飛晶を一転、渦を巻くように集め――
『双晶』へと再結合。二つの赤晶が、照準を定めた砲口のように輝度を増していく。
「ボルト・ラッシュ!」
「フレア・レイヴン!」
ライナの雷撃突進が地を抉り、雷の残滓が蛇のように走る。
それを貫くように、ルゼリアの炎鳥が咆哮しながら襲いかかる。
雷と炎が正面から噛み合い、庭一面を覆う爆風が吹き荒れた。
「ちッ! なら、サンダー・レインフォールだ!」
「こちらも行きます! インフェルノ・チャージ!」
ライナが斧を振り上げた瞬間、頭上の空に雷雲が膨れ上がる。
無数の雷槍が雨のように降り注ぎ、地面に白い閃光の痕を刻んでいく。
ルゼリアは地を蹴り、炎をまとった足取りで雷の合間を縫う。
《フレア・クリスタリア》から放たれる高圧の炎弾が、落ちてくる雷をねじ曲げながら相殺し、紅蓮の余波を撒き散らした。
中級魔法同士の応酬だけで、庭は瞬く間に焦土と化す。
二人の少女の身体は、砂塵を巻き上げながら、縦横無尽に駆け回った。
やがて――
空中に次々と展開される魔法陣の紋様が、その戦いの段階が“次”へ移ったことを告げる。
「じゃあ……これならどうさ! クロス・ライトニング・カットッ!!」
ライナが跳躍し、斧を十字に振り下ろす。
空間そのものを切り裂くように、雷光の十字斬撃波が四方へ奔った。
ルゼリアは足を止め、《フレア・クリスタリア》を『紅蓮双輪』へ可変させる。
《焔晶》が二つとも花弁状に展開し、二重に重ねた超高出力砲撃形態である。
「バーニング・デクリエイト――!」
全魔力を叩き込む。
一点集中の高圧炎が、巨大な溶断レーザーのごとく放たれ、雷の十字を真正面から呑み込もうとする。
雷の十字と炎の奔流が空中でぶつかり合い、眩さに目を開けていられないほどの閃光が弾けた。
炸裂と同時に、夜を震わせる轟音が館全体を揺らす。
「ルゼリアっ、もっと動いてよっ!!」
「……ライナこそ、速度が落ちてますよ!!」
魔力弾が連射され、お互いの射線が幾重にも交差した。
着弾のたびに爆炎の花が咲き、夜空を紅と紫の火花が彩る。
その一瞬――
二人の軌道が交錯した。
「とおぉぉりゃぁあっ!!」
「はあああああああっ!!」
雷をまとった斧と、炎を纏った拳がすれ違いざまに衝突する。
爆風が弾け、近くの木々が根こそぎ吹き飛ばされた。
木片と葉が雨のように降り注ぐ中、二人は地を滑りながら踏みとどまる。
肩で息をしながらも、二人とも一歩も引かない。
外套も衣もところどころ焦げ、肌には細かな傷が走っていた。
ライナは『雷大両刃斧』を振りかざし、正面から突っ込む。
「スパーク・ダンス!」
雷を纏ったステップで地を刻み、回転する斧撃で全てを薙ぎ払うかのように斬りつける。
迎撃するように、ルゼリアが魔法名を叩きつける。
「クリムゾン・ハウリング!」
《フレア・クリスタリア》から放たれた複数の炎刃が、咆哮のような軌跡を描いてライナへ殺到する。
迫る炎刃を、ライナは斧で弾き、雷で焼き切りながらさらに踏み込んだ。
攻防の合間、一本の炎刃が回避しきれず、ライナの腕をかすめる。
肌が焼け、焦げた匂いがする。だが、ライナは止まらなかった。
「どぉらああああっ!!」
その勢いのまま、ルゼリアの懐へ飛び込み、斧の一撃を叩き込む。
直撃を避けたルゼリアだったが、衝撃は殺しきれず、外壁へと叩きつけられた。
「くうぅっ! まだまだ……カルミナ・スピラ!」
ルゼリアが詠唱と共に炎を解き放つ。
ライナの足元から炎の渦が立ち上がり、彼女の身体を包み込むように巻きついていく。
拘束と焼却を兼ねた、螺旋炎の牢獄。
「こんなものでぇぇ! 止まるかぁっ!!」
ガシャンッ! と、《グランヴォルテクス》の機構が鳴る。
雷が弾けると同時に、形状が『雷殛槍刃』形態へと可変した。
「うおおおおおっ!! サンダー・スパイラル・ブレイクッ!!」
槍と化した雷大斧を回転させ、螺旋状の雷撃をまとわせたまま前方へ投擲。
雷の大槍は、自らを中心とした渦を作り出しながら炎の竜巻へ突入した。
バチバチ、バキバキと耳をつんざく音が響き、炎と雷の渦が拮抗する。
ただの光と熱ではない。
二人の感情そのものが、ぶつかり合っているかのようだった。
そして――
「……っ!!」
バァンッ!! と、爆ぜるような音と共に炎の渦が破られた。
《グランヴォルテクス》はなおも勢いを失わず、炎を引き裂きながら一直線に突き進む。
その先にいたはずのルゼリアの姿は、しかし既にそこにはなかった。
雷槍は空を貫き、そのまま外壁に突き刺さる。
石壁を深々と抉り割り、ひびが周囲に広がった。
「どこだぁ!」
ライナはきょろきょろと周囲を見回し、荒い息を吐く。
額には汗。肩で息をしながらも、瞳の炎は消えない。
「技が雑すぎです!」
背後から、静かな叱責と共に熱気が迫る。
ライナが振り向くより早く、ルゼリアの声が重なった。
「ブレイジング・スラスト!」
炎の槍が、一直線にライナの防御を貫かんと迫る。
ライナは反射的に腕を交差させ、《迅雷外套アーク・レゾナンス》の結界を最大展開する。
「くっ……!!」
ビキビキと、外套の結界が悲鳴のような音を上げる。
そして、甲高い破砕音と共に、結界が砕け散った。
衝撃がライナの身体を後ろへ吹き飛ばし、外壁に叩きつける。
それでも、ライナは足を踏ん張り、滑るようにして勢いを殺した。
「ちぃッ……!」
舌打ちしながら、壁に突き刺さっていた《グランヴォルテクス》を乱暴に引き抜く。
息は上がっている。腕も足も傷だらけだ。
それでも、瞳だけは折れていない。
その頃、館の中では――
「……あぁ……庭が……! 外壁が……っ!」
廊下の窓から戦場を見下ろしたティセラが、目を見開いて叫んでいた。
だが、その声は雷鳴と爆音にかき消される。
今の二人には、届かない。
「ひとまず、館だけでも守らないと……!」
(あの魔力……どちらも、もう限界が近いのに……それでも止まろうとしないのですね)
ティセラは庭を諦める決断をし、館全体を包み込む防御結界を展開する。
砕け散る石片と炎の余波が結界に弾かれ、淡い光の膜に波紋を広げた。
ライナが、雷をまとった斧を握りしめて叫ぶ。
(ずっと我慢してたのに……誰も、気づいてくれないから……!)
「僕は……王さまに認めてもらいたいだけなんだよっ!!」
涙とも汗ともつかない雫が、ぽつりと頬を伝う。
「……それは、私も同じですっ!!」
ルゼリアの声にも、これまで押し殺してきた感情が混ざっていた。
炎の揺らめきが、彼女の緋色の瞳に反射する。
二人の思いは、根っこでは同じ。
だからこそ、譲れない。
「僕こそが――!」
「私こそが――!」
「「王にとって一番だってことを……っ!!」」
雷光と獄炎が、夜空に向かって吠え立てた。
その咆哮は、館の静寂を完全に引き裂き、
互いの「一番」でありたいという主張を、夜空に刻みつけていった。




