◆第196話:信用の在りか◆
静寂が支配する研究所。
その一角、魔導術具開発の工房。
セディオスとリゼルは、それぞれの距離で眠りに落ちていた。
仄かな明かりしかない空間では、時の流れは不明だ。
リゼルは焚き火がくすぶる前で、膝を抱えて眠っていた。
セディオスは少し離れた工房の角、外套を巻き付けて暖を取っていた。
眠る少し前にさかのぼる――
セディオスをジッと見つめるリゼル。
「わたくしに興味があるのは分かりますが………」
自分自身が可愛いと理解しているリゼル。
怪しく嗤うと――
「近づきすぎたら……分かりますよね♪」
リゼルは見逃していなかった。セディオスの視線が、刹那――自分の顔に吸い寄せられたことを。
(信用……するわけがない)
今日再会したばかりの敵。
供物は問題なかっただけとも考えられる。まだまだ警戒しているリゼルだった。
笑顔で威嚇する。
眠れば隙が生まれるため、距離を取りたいリゼルは言い放った。
それは――セディオスも同様だった。
(……都合がいいな、俺も同感だ)
当然、奇襲を恐れていた。
実は――先ほどのリゼルの肉薄はかなり驚いていた。
一瞬、目を離した隙を付かれ、首を狙われたのだから。
敵同士の二人、思惑は一致、離れたいのは当然だった。
「当たり前だ」
リゼルの提案に乗るセディオス。
寝首を掻かれたくはない――利害は一致していた。
燃え盛る焚き火の前を陣取るリゼル。
「わたくしの場所ですよ?」
実に図々しく言う。
「……好きにしろ……」
呆れたセディオスは、監視が利き、防御しやすい隅に身を寄せる。
なかなか寝付けない二人。
というより、早く相手が寝てほしいと願っていた。
戦い、走り、警戒し、それなりに疲労している。
早く眠りたいのは一致していた。
それでも、眼前に、同じ空間に――敵がいる。
信用してはならないという考えも一致していた。
(………仕方がありません)
リゼルは膝を抱えたまま、目を落として呼吸だけを整えた。
(面倒だな……)
セディオスは剣を抱き、背を壁に預ける。
まぶたを伏せても、指先は柄から離さない。
牽制し合うこと数刻――。
焚き火がパチ、と小さく爆ぜた。
それを合図にするように、微かな寝息が重なり――意識は遠のいた。
気づかぬうちに一日目が終わる。
◇
――そして今。
目を覚ませば、二日目の始まりだった。
ゆっくりと目を開き、視界の少し先で眠っているリゼルの姿を認めて、セディオスはわずかに安堵する。
「恐らく朝だろう………」
セディオスは、消えそうな焚き火に近づき、薪をくべる。
パチパチと音を出しながら、火力が戻る。
小鍋を出して湯を沸かし始めた。
リゼルの眠りは深かった。
セディオスが焚き火に近づくのも全く気付いていなかった。
湯が沸騰し、茶を入れる頃――リゼルがようやく目を覚ました。
「んあぁ……もう朝ですか………」
目をこすり、状況を把握しようと瞬きを重ねる。
セディオスはその姿を見て、ライナのようだなと内心微笑みながら見ていた。
「体調は……問題なさそうだな」
セディオスは木製のカップをリゼルに差し出した。
(何も……されてないようですね。しかし……わたくし、眠り過ぎです)
寝首を掻かれる恐れがあったのに、何も起きていない。――その“安堵”を、リゼルは内心で叩いた。
喉元と装備の位置を静かに確かめ、平静を装う。
「……こほん、今日もご苦労様です」
謎にねぎらう狂信者、まだ少し寝ぼけているらしい。
渡されたカップの縁には、こげ茶色の焼き菓子が乗っていた。
「いい香りです、これは?」
ようやく完全覚醒したリゼル。
茶と菓子の香りを確かめ、安全を見極めてから言う。
「ハーブティーとブラウンケーキだ、屋台で買っておいたんだ」
ケーキをかじり、茶を啜るセディオス。
それを見たリゼルは、同じ所作をなぞる。
「おいしい!」
芳醇な香りが口に広がり、温かな安らぎが胸を満たす。
初めてのケーキに感嘆の言葉を思わず出してしまう。
「本当においしい、恨めしいと思うほどに………」
リゼルは少しずつ味わい、噛みしめながら、小さく愚痴を零す。
セディオスは聞き逃した言葉もあったが、その笑顔は見て取った。
――少なくとも、安堵は与えられたと。
そのまま静かに朝食を進めた。
セディオスは食器を洗い、必要な物を《次元重層収納》に戻し、火の始末を行った。
準備が整うと朽ちた工房の開けていない方の扉に向かう。
セディオスは把手に手を掛け、リゼルを見る。
リゼルは静かにうなずき、杖剣を構え警戒する。
扉を開けると――ただただ石造りの回廊が続いているだけだった。
広大な研究所、まだまだ先は長いようだった。
回廊を行く二人。セディオスが先行し、その後ろにリゼルがつく。
二刀を携えた剣士と、神の杖剣を持つ狂信者が慎重に歩く。
壁の下部に淡く光る文様に、リゼルが横目を寄越す。
「……昨日は気づきませんでしたが、魔法を封じる術式ですね……」
顎に指を当て、唸る。
「これほど短く、繰り返して刻んでいるとは………全域で起きているかもしれませんね」
見事だと感心するような声だった。
「……守るべき何かがあるということか……」
依頼の核心を察するように言うセディオス。
「最奥に何か大事なものがあるかもですね? 楽しみではないですか♪」
無邪気に言うリゼル。
「ふん、気楽なものだな……」
それを横目に鼻を鳴らすセディオス。
昨日よりも、距離がほんの少しだけ近い。
少しだけ増えた言葉を交わしながら、二日目が始まった。




