◆第195話:疑心暗鬼の食事◆
本棚が並ぶ工房。
襲撃もないため、今夜の野営地とした。
セディオスとリゼルは向かい合わせで瓦礫に腰かけ、一息ついていた。
「ほら飲んでおけ」
セディオスが手持ちの水筒を渡す。
いぶかしげに筒口を開き、匂いを嗅ぐリゼル。
「水ですか? 毒は無いようですね」
そう言い、水筒に口を付けた。
んぐ、んぐと、喉が鳴る。
それを見て、セディオスがほほ笑む。
ひと心地ついたリゼルは水筒をセディオスに返した。
「大事な水では?」
リゼルは当然の疑問を投げかけた。
「協力関係だからな」
セディオスはそう言い切った。
水筒を収納していると――
いつの間にかセディオスの顔に、無表情のリゼルの顔が迫る。
疑念を抱いたリゼルは、後ろで手を組み、無言で距離を詰めた。試すために。
呼吸の乱れ、心拍、魔力の揺れ――“嘘”の兆しを嗅ぎ取るための距離。
そして――あと一歩で、口づけができるほどに近い。
目の前には真顔のリゼル。
迫る顔は何度見ても非常に美しい。
セディオスは一瞬だけ目を奪われていた。
「ふ~ん、甘い考えですね。それとも、この愛らしい姿に惑わされましたか?」
「このように、いつか寝首をかかれますよ?」
セディオスの行動が理解できず、質問攻めにする。
「……」
何もせずリゼルをジッと見つめるセディオス。
その姿勢は、魔剣にすら手を掛けていなかった。
「実際に何も出来てないじゃないですか?」
セディオスの首に手を回すリゼル。
右手を手刀に見立て、動脈の位置に的確に添えていた。
見つめ合う二人。
狩るものと狩られるもの、はっきりと立場が分かれている。
リゼルが少し魔力を込め、空間の刃を生み出せば、あっさりとセディオスの首は落ちる。
それでもセディオスは身じろぎもしなかった。
「……」
「お前は利害を優先する、目的のためなら手段を選ばないのだろう? だからまだ俺を利用する、それくらいには信用しているさ」
リゼル同様、冷たい目で言い放つセディオス。
セディオスの瞳を見つめるが、一切の動揺が無い。
まぎれもなく本音を話しているのをリゼルは理解した。
「なるほどねぇ……」
(愚か者ではないということですか)
怪しく微笑むと、リゼルはゆっくりと離れた。
◇
食事の準備を進めるセディオス。
かまどをこしらえ、火を起こし、鍋に水を入れ、根菜を切り、骨付き鶏をぶつ切りにし一緒に煮込む。
てきぱきとした所作を見つめるリゼル。
初めての光景に興味が尽きなかった。
「これが”料理”というものですか?」
「ああ、お前はしないのか?」
鍋をかき混ぜながら言うセディオス。
「そういう非効率なことはしませんよ」
匂いを嗅ぎつつ、きっぱりと言った。
ほどなくして、スープが出来上がる。
木器に注ぎ、パンと一緒にリゼルへ手渡す。
「スープとパンだ、食べてみろ」
というセディオス。
「スープですか……? 暖かい……」
器を持ち、言うリゼル。
遺跡内は少し寒かった。拠点の工房ほどではないが、一日歩けばそれなりに冷える。
正直、暖かいものはありがたかった。
セディオスがスープを飲むのを確認すると、リゼルも啜った。
「悪くないですね」
(毒の類は入ってないようですね)
毒殺は十分にあり得る。警戒しながら口にしていた。
煮込まれたニンジンやダイコンを噛みしめ、味わいながら感想を言った。
「食べるのも初めてか?」
パンを口にして言うセディオス。
「ええ、基本は栄養充填の携行食のみです。味なんてありませんよ」
(……同じく安全、と)
セディオスの咀嚼を見届け、パンをかじって言うリゼル。
「なるほどな、効率的だな」
警戒しながら食べるリゼルを見ながら返した。
(敵の前だからな、毒くらいは警戒するか……)
当然の行為と理解しつつ、信用されてないなと感じるセディオス。
「神の子に心の豊かさは不要です、わたくしたちは神の道具として存在していますから。このようなスープも不要なのです」
スプーンを空中で振り、自身を誇らしいというような所作で告げた。
「……なら、食べるのを止めるか。ずいぶん気に入っているようだが?」
皮肉交じりに微笑みながら言うセディオス。
「折角頂いた供物です。食べてあげましょう」
木器を自分の方へぐいっと引き寄せ、取られまいと口を尖らせた。
その後リゼルは、二回お代わりをした。
鍋は空になり、満足げに腹をさするリゼルが居た。
「これも食べておけ」
セディオスは小袋から黒くも透き通った球を差し出す。
「……黒い球、毒ですか?」
これが本命だったかとばかりに、セディオスを睨みながら言うリゼル。
「違う! 見た目は悪いが飴といわれる砂糖玉だ、滋養が付く」
言いつつ、それを口に放り込むセディオス。
毒ではないという精一杯の証明だった。
セディオスをジッと見つめて、飴を口にするリゼル。
「!?」
「口に、何でしょう……風味が広がる感覚が……脳が癒されるような……」
舌の奥がじん、と痺れ、胸の奥がふっと軽くなる。
眉間のしわがほどけ、可愛らしい顔つきになる。
その仕草は、年若い子供そのものだった。
リゼルにとっては初めての感覚であった。
「それが、甘いという味覚だな」
微笑みながら言うセディオス。
「なるほど、これが”甘い”ですか……本にありましたね……」
リゼルは少し微笑みながらコロコロと口の中で飴を転がす。
見た目は本当に子供だなと思うセディオス。
敵同士の夜は、互いの喉元を測りながら――それでも、こうして更けていった。




