◆第194話:懐かしい焚火、過去と今◆
書庫らしき場所に、なおも留まるルゼリアとライナ。
棚は半分ほど空になり、背表紙の埃が指の腹に薄くついていた。
静けさの中に、紙の擦れる音だけが残る。
「……リア姉……お腹空いたよ~」
長い時を待っていたとばかりに、ライナは腹を押さえて訴えた。
胸の中で我慢を糸のように撚ってきたが、もう限界だ――という顔。
腹の鳴き虫を抑えるのに必死だった。
「え? あ……もうそんな時間ですか……」
ルゼリアの腹もぐうぅぅ~~と答えるように鳴る。
言われて初めて、自分の空腹にも意識が向き、ルゼリアは小さく苦笑した。
「依頼にあった研究資料に関わる本は、だいぶ回収できましたね……」
《次元重層収納式ミディア・アーカイヴ》に最後の本を収める。
収め終えた指先が、ようやく緩む。
「ごはんにしよ!!」
ライナが元気よく宣言した。
声が高く天井に跳ね、二人の肩の力が抜ける。
ライナは落ちていた瓦礫を拾い、時には魔斧で砕き、円形に並べて”かまど”にしていく。
ルゼリアは携行していた鍋に水と野菜、ほぐした干し肉を落とし、塩と香辛料をひとつまみ入れ準備を進めた。
かまどを造り終えたライナは、書庫に合った椅子と机を割って薪にしていた。
火種は落ちていた紙片を丸めて、ルゼリアが火打ちを鳴らし小さな火を灯す。
金網を敷き、鍋を置くと煮込みを開始した。
ライナは串に刺した干魚を鍋の横に並べ、火が強くなりすぎないように適度に回転させ、表面の油を確かめる。
野営での調理はかつての旅で習得してしていた。手つきは手慣れたものであった。
「まだかな~、まだかな……」
地べたに座り、肩を左右に揺らしながら、焼けていく干魚を見守るライナ。
尻尾が少し反ったら返し時――そんな勘が身に染みている。
ルゼリアは味見しながら、さらに塩と胡椒を少し足す。
鍋の中を回すと、次第に香りがふわりと立って鼻先をくすぐった。
「もうすぐですから、辛抱してください」
ルゼリアは薪の山を動かし、火加減を落としながら、微笑んでなだめる。
火のパチパチに混じって、部屋のスキマの風鳴りが低く響いた。
「こうしていると懐かしいね……」
焚火をじっと見つめるライナがぽつりと漏らす。
炎の色は、過去の夜と同じ色だ。
「……そうですね。そういった時期もありましたね」
ルゼリアも視線を落とす。
「あの時は憎悪に押されるがままに旅をしてましたが、今は違いますね」
スープを二つの木器に注ぎ、一つをライナへ渡す。
湯気が頬に当たり、凍えた感覚が解けていく。
「ありがと、リア姉♪」
受け取ると、代わりに串焼きの魚をルゼリアへ手渡した。
「うん、おいしい! 旅してた頃よりずっとおいしいよリア姉!」
スープを啜りながら、ライナの目がとろりとして和む。
舌に落ちた塩気と、肉から出た出汁の甘み。
その素朴さ、暖かな食事、今は何より贅沢だった。
「この串焼きもほどよい焼き具合でおいしいですよ、以前はあんなに焦がしていたのに」
ルゼリアはくすりと笑い、魚の身を口に運ぶ。
一口齧ると、焼けた皮がパリッ!と音を立て、香ばしさが弾ける。
香りが口に広がり、風味が増す。
「これが成長なのかな?」
焚火の向こうで、ライナが首を傾げる。
「かもしれませんね……」
ルゼリアはライナを見て、しみじみと答えた。
二人は同じ炎を見ながら、過去を思い、今を噛みしめた。
あの頃は憎悪、焦燥、懸念が渦巻く、ヴァルザを討伐するという名の旅であった。
旅路の歩み方、食事、手入れ、人との関わり、そのすべてはセディオスが教えてくれた。
その学びが今日の遺跡探索に繋がっている。
炎はパチッと弾け、薄い灰が舞い上がってから、そっと落ちた。
静かに食事を進める二人、焚き火の音だけが神秘的に響く。
腹の鳴りが少し収まり、余裕が出てきたライナ。
ひとつ思い当たることがあった。
「セディオスは……リゼルと一緒なのかな?」
魚をかじりながら、ライナが遠くを気遣う。
「無事であること祈るしかありませんね。幸い魔力封じがあるので、無茶な出力は魔核が先に悲鳴を上げます」
ルゼリアはスープを一口。温度と言葉で自分たちを落ち着かせる。
短い静寂。
焦げ目の香り、石の冷たさ、遠い水音。
「食べ終えたら、今日はここで仮眠をとりましょう」
「うん。そうだね。それにしても今は何時なのかな? お腹的には夜なんだよね……」
「一面壁ですからね……勘に頼るしかないですね」
探索を始めて大分時間が経過している。腹具合から見て、夜であると推測できた。
炎雷姉妹の一日目が、静かに、しかし確かに終わろうとしていた。
焚火が小さく爆ぜ、天井の影がまた揺れた。
次回は、『2月22日(日)13時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いします。
本日もお付き合いいただきありがとうございました!
引き続き、評価・ブックマーク・感想で応援いただけると励みになります!
*キャラクター設定集を作り始めました。
https://ncode.syosetu.com/n0327lj/




