◆第193話:協力と言う名の契約◆
ザシュ、ドゴッ! ――回廊に戦闘音が反響する。
回廊を進むと天井が開き、襲撃が起きる。
襲い来るものは察せる。壁の紋様が脈打つたび、天井の継ぎ目がわずかに鳴った。
リゼルは杖剣を振るい、セディオスは魔剣を抜く。蜘蛛型術具が切り裂かれ、殴打され、十数体がぴたりと動きを止めた。
魔法を使わずとも手練れの二人、接近戦でも十分だった。
術具の裂けた殻の内部を覗き込むリゼル。
「へえ~、こうなっているんですね……決められた命令に従っているだけですか……」
外殻の裂け目に手を入れ、バキッと割り、構成をじっくり見ていた。
「お前は魔導術具にも詳しいのか?」
セディオスが目を細める。
まるで子供のようだと思っていた。
ただ、目配せや思案する時の手の動きは大人びいており、男性の所作のようにも感じていた。
「わたくしが“黒騎士”を作ったのを、お忘れですか?」
嘲る口調で答える。
「……そうだったな。あれも似たようなものだったな」
セディオスは睨みを返す。
霊泉郷セイリョウの温泉宿の襲撃をありありと思い出す。
エクリナと黒騎士の戦い、皆と協力した迫りくる神の兵たちとの攻防。
その日から、リゼルとの因縁が始まったのだから、忘れるわけがなかった。
「良い出来でしたよ! 素体の神兵があったとはいえ、あそこまで強化できたのですから」
玩具を自慢するようにリゼルは語る。
「だが“生きて”いたんだろう? そういうのを弄るのは、気に入らんな!」
セディオスは言葉を強め、はっきりと反論する。
「ただの人形、造りものです。本当の命ではありません」
セディオスが少し怒りを出したのは分かったが、何故怒っているかは理解できなかった。
(意味が分かりませんね、たかが雑兵。しかも神の兵ですよ? 人間とはそんなことまで気にするのですかね?)
頬に指をトントンと当て、脳内で考察するリゼル。
二人の価値観は、全く触れ合わない。
(こいつは根本が違う……エクリナたちはわかっていたことなのに)
セディオスは、エクリナらと出会ったころの旅を思い出す。
皆、人属への関心は薄かったが、それでも生物としての考えは持っていた。
リゼルにはそれすら無いと気づかされた。
倫理観の話題は諦めるセディオス。
「もういい。――進むぞ」
踵を切るセディオスをみて――
「ふ~~ん、そうですか」
リゼルは肩をすくめ、後に続いた。
考え方についてもう少し話したかったが、諦めた。
無言のまま、新たな扉に行き当たる。
「……入るしかないな」
セディオスが扉を押し開ける。
「ごほ、ごほ……埃っぽいですね」
咳き込むリゼル。
「何も知らんのだな。これを口に当てろ」
セディオスは予備のスカーフを差し出す。
自分は外套を口元まで引き上げていた。
「なるほど……ごほっ」
素直に受け取り、スカーフを手早く結び口にあてる。
「工房の跡、か」
セディオスは壁に整備用の工具が立ち並ぶ姿を見て判断する。
ティセラやガンゴの工房でよく見た光景であった。
「魔導術具の製作台――部品も残っています」
リゼルは台の方を見やっていた。
造りかけの術具、見慣れない型だった。
「少し探索しましょう」
リゼルは壁の本棚へ向かう。背表紙を指先でなぞり、引き抜く。
「……まあ、いいだろう」
セディオスも依頼を思い出し、室内の探索に加わる。
やがて、リゼルは目ぼしい資料を見つけて読みふけった。
椅子に腰掛け、片膝を立て、頬杖をついてページをめくる。
幼さの残る顔立ちに似合わぬ、落ち着いた所作。
時折低く落ちる声が、喉の奥で少年じみて響いた。
ヴァルザを真似て身に付けた所作は――年齢不相応な“完成度”を帯びていた。
(……少年か)
横目で観察しながら別冊を繰るセディオス。
中性的な顔立ちに性別を迷っていたが、所作が決め手になった。
「……面白い。いただきましょう」
リゼルは低く呟き、持っていた本を魔導収納鞄へ滑り込ませた。
隣へ歩み寄るセディオス。
「お前は何が目的でここにいる」
いぶかしむ視線を向けるセディオス。
リゼルは顔を向けると金の瞳が、セディオスの茶色い瞳と合う。
「さぁぁて。言うと思いますかぁ?」
リゼルは一段と怪しい笑みを浮かべ、嘲るように答える。
その目つきは、かつてのヴァルザを思わせた。
感情が見えない眼に、セディオスはわずかな寒気を覚えていた。
「そうですね……ならば、互いに見つけたものは、不干渉でどうですか?」
リゼルが提案をしてきた。
今は慣れ合う必要も、助け合う必要もない協定。
条件追加とばかりに、見つけた者に拾得の権利があると告げていた。
リゼルを見つめ、思案するセディオス。
依頼は”研究資料の回収”。
もし――リゼルが同じ目的であったならば、厄介になると算段する。
微動だにせず、こちらを見つめてくる剣士を見つめ返すリゼル。
「ふふ~ん♪ ど~しますか?」
ニタニタしながら、弄ぶように選択を迫っていた。
ここで断れば確実に協定は破綻する。
戦闘で手を抜き、いずれは敵対するのが見えている。
今は脱出が最優先、ルゼリアとライナに合流できれば形勢は変わる。
それに賭けるしかないとセディオスは結論を出す。
「……分かった。互いの戦利品には不干渉。だが脱出までは背中を預ける――それが条件だ」
提案を飲み、代価として明確な協力をセディオスは求めた。
「ええ、もちろんです。“協力”しましょうね♪」
リゼルは口角を上げ、ニタリと嗤う。
(玩具から、犬に認識を変えてあげましょう)
都合のいい要求に素直に従うセディオスを見て、内心喜んでいた。
(犬には、”まだ”利用価値がありますからね。尻尾を振ってもらいましょうかね)
怪しげな美貌で微笑むリゼル。
子供らしく可愛らしいが、心の内が全く読めなかった。
セディオスは、悪魔の契約書に名を刻む心持ちで――
「ああ……頼むぞ」
と短く頷いた。
その後、二手に分かれて朽ちた工房内を探索する。
棚の本だけではなく、隠し扉、地下通路なども見落としなく捜索する。
扉は変わらず、二つしかなかった。
元の道へは戻れない。今日は野営することにし、明日、次なる場所を目指すこととした。
懐疑と打算で繋がれた二人——探索はまだまだ続く。




