◆第188話:成長を遂げた《ノクタルシア》◆
技術都市フォルネアの郊外、廃棄された石切り場。
ガンゴの工房から十数キロメートル離れた場所。
メイド服を着た銀髪の少女、金髪をリボンで結んだ少女、髭が生えた逞しい体躯の老人が転移を終える。
だが、到着した高さは大地ではなかった――はるか上空、地面よりも一キロメートルも上であった。
「!!!」
驚くガンゴ、とっさのことで悲鳴すらも出せなかった。
だがそのまま、落ち続けることはなかった。
ドサリ、と“空”に尻もちをついた。
ほぼ同時にタタッと靴を鳴らし、エクリナとティセラが降り立つ。
「エクリナ……事前に言って欲しかったです」
ティセラは到着早々、エクリナをジトッと見ていた。
「すまぬ。いつものことゆえ、忘れておった」
軽く謝るエクリナ。
「……エクリナ……儂は死んだと思ったぞ……で、なんで浮いているんだ?」
ガンゴは震えながら、エクリナを睨んでいた。
「空間を圧縮して床を構築した。地図では移動先の高低までは読み取れんからな、初めての場所は埋まらないように少し上に転移するようにしているのだ」
安全措置で今の現状であると伝えた。
「なるほど、確かに初見の土地ならあり得るな……」
「それで……どうやって降りるんだ?」
遥か下の地面を見下ろして、言うガンゴ。
その姿は立つことはできず、四つん這いであった。
「石切りが進んで、元の地表から大分下がっておるな……想定よりも高くなってしまったな」
「う~む、滑り降りるか」
エクリナはそういうと、透明の床を一度踏み鳴らす。
螺旋状の板が地に向かって幾層にも構築されていく。
陽の光に反射しキラキラと輝く。まるで光の道のようにも見えた。
「出来たな。ティセラ、ガンゴ殿を頼むぞ」
そういうと、自身の足元に空間の板を作り乗る。
エクリナは浮遊する《ヴェヌシエラ》を引き連れ、そのまま滑走を始めた。
立ったままで、転倒しないように重心を動かし、螺旋の坂をクルクルと下っていく。
「師匠、行きましょうか。後ろに乗ってください」
ティセラは結界魔法を三層重ね、小舟よりも小さいソリを作っていた。
自身の後ろに乗るように促す。
「二人とも、いつもこんな感じなのか?」
恐る恐る乗るガンゴ、ティセラの腰に手を回し落とされないことを願っていた。
「ふふ、おかげで結界魔法で構築物を作るのも慣れました」
「行きますよ」
ティセラは言いながら、重心を傾ける。
ズズ、ズ――ッと滑り始めた。
「ゆ、ゆっくりで頼むぞ! 儂も年だから――」
ガンゴがすべてを言う前に結界のソリは加速し、下る勢いを増していく。
エクリナと同じ軌跡を進み、クルクルと下っていく。
ティセラは螺旋の坂から外れないように慎重にソリを操作する。
ガンゴは既に気を失っていた。
「もう少しで……」
ズズ――と進み、ようやく到着する。
「ふう~。師匠起きてください、着きましたよ」
ティセラはガンゴの脇腹を小突く。
「ぐっ……着いたか。愛しの大地だな……」
よろよろとふらつきながら、ソリを降りるガンゴ。
少し酔ったようで、地面に座った。
エクリナは指を鳴らし、用済みとなった螺旋の坂を霧散させる。
「ガンゴ殿はそこで休んでいるがいい。ティセラ、あの崖に結界を張ってくれ」
エクリナはただの岩では手ごたえが無いとばかりに、守護を指示する。
「わかりました」
ティセラの指に嵌められた《瞬装環アペリオ》が煌めく。
異空間より《浮遊式聖印装置ソリッド・エデン》を四基召喚する。
そのまま崖に向かって飛ばし、四方に配置し結界を展開する。
「準備できました。五層張っています」
先を見据え、頑丈に守護を施していた。
「うむ。《ヴェヌシエラ》よ、久々だな。派手に行くぞ!」
「アブソリュート・レンド!」
高位空間魔法の名を詠唱する。
守護された崖に縦横無尽の空間の裂け目が多段に発生する。
バキバキバキと裂け目が出るたびに結界に亀裂が入る。
まるで楔を打たれたかのように、放射状に亀裂が幾つも発生していく。
裂け目は表層だけでなく、座標を無視して二層目から五層目にも走り、同時に亀裂を及ぼしていた。
瓦解していく結界――守護が解かれた崖はそのまま断裂を繰り返し、もぎ取られていった。
あっという間に崖は削り傷だらけとなり破砕に至る。
ドドド――と岩雪崩が起き、瓦礫の山が出来上がった。
「五層だったか? 以前より突破が早くなったな。それに……魔核の締め上げが大分緩和されておる」
「これならば極大魔法の打てる回数も増えていそうだな」
《魔盾盤ヴェヌシエラ》の改良を肌で感じるエクリナだった。
「《ヴェヌシエラ》が高位魔法を制御しているのを初めて見たぜ。恐ろしい威力だな……」
ガンゴはエクリナに近寄り声を掛けた。
《魔盾盤ヴェヌシエラ》、作られても長らく使い手に恵まれなかった、人属最高峰に位置する戦具。
生みの親であるガンゴも浮遊する姿までは見ていたが、魔法を放つ瞬間までは見届けができていなかった。
「もっとうまく造っていれば……」
「いや、これも運命か……いい主人に会ったな《ヴェヌシエラ》」
ガンゴは、エクリナの傍らで浮かぶ魔盾を見つめてつぶやいていた。
かつて封印されていた孤高の戦具は、孤高だった元魔王に懐いているようであった。
「では、本命と行こうか」
エクリナは指の金の輪に魔力を流し、《冥盾翼書ノクタルシア》を呼び出す。
そのまま《ヴェヌシエラ》が呼応し、《ノクタルシア》の裏のくぼみに近づく。
バチバチと小さな稲妻が走り始める。
そして、くぼみに引き寄せられるように肉薄し、ガッシーンッ!と鳴り合体が完了する。
漆黒の円盾の銀装飾が淡く輝き始め、流れるようにすべての装飾に広がっていた。
起動した《冥盾翼書ノクタルシア》はエクリナの周囲を回り、自身も回転していた。
それはまるで、主に対して目覚めたのを主張するようであった。
「うむ、以前は呼び出した時から魔核が少し違和感があったが、無くなっておるな」
「これならば……冥八天翼、展開!」
漆黒の円盾に備わっている装飾が全て射出される。
エクリナの背中に配置すると、魔力で象られた翼を伸ばし始める。
八翼が最大展開した姿は、この世ならざる威光を放つ。
それはまるで――
「神の御使い……もしくは……神か……」
ガンゴは《冥盾翼書ノクタルシア》の真の姿を目のあたりにし驚愕していた。
「?? 同じことをリゼルも言っておったな。どういう意味だ?」
夜会での一幕を思い出し、ガンゴに訊く。
「そうか、知らないのか……それもそうだな、捨てられた歴史だからな」
「神が世界を侵略する前の時代のことだ。古代では神を崇めていたんだよ……姿を壁に描く、石像にする、まあ様式色々だが――時折あったのが翼を持った人型だった」
「真偽はもうわからねえが、学者の中には神の姿だと見る者もいる」
ガンゴは昔学んだことを掻い摘んで話した。
「……そのような姿を……ヴァルザとは違う神かもしれんな」
今はいない神を思い出し言うエクリナ。
「師匠、詳しいですね?」
歴史に詳しいとは知らなかったティセラが聞いてくる。
「若いころに魔法を学びにイグナメルで就学したことがあったんだ。その時に学んだことを覚えている範囲で話しただけだ」
「前も言っただろ? 儂は元々魔術師の家系なんだ。わずかな才能しかなくてな、術具士になる選択をしたんだがな……」
魔術都市イグナメル――魔法研究が盛んで魔術師を目指す者は必ず赴く都市であった。
それは、若き日のガンゴも例外ではなかった。
「イグナメル……いつか皆と行ってみたいですね」
魔法にも興味があるティセラは、想いを馳せていた。
ティセラとガンゴが話す最中、最後の実験に移っていた。
エクリナは《ノクタルシア》へ魔力を注入していた。
応えるように唸り、エクリナが思う通りに円盾を中心に全方位に渡る球型空間壁を展開していた。
「ティセラ、撃ってくるがよい。極大魔法で頼む」
ティセラに指示を出すエクリナ。
「え? あ、はい!」
エクリナの声にようやく目的を思い出した。
「危なかったら転移で逃げてくださいね」
「うむ、来い!」
二つ返事で答えるエクリナであった。
「聖律に従いし古き約定よ……この空に紡がれし十の印、我が結界を貫いて姿を現せ――」
ティセラは《ソリッド・エデン》を背後に配置し、極大魔法の詠唱に入る。
親友たるエクリナを見つめ、《ノクタルシア》の防御能力を図るために魔力を集中する。
「極大魔法……生きてるうちに見えるとはな。すげえ圧力だ……」
ガンゴはティセラの背を見ながらつぶやく。
唾を飲み、膝に手をついた。
極大魔法まで到達した人属は極わずか、歴史に名を残す面々ぐらいであった。
神との戦争ではその者たちは早々と討伐され、扱える者が残っているのかも疑わしい時代。
当然、容易にお目に掛かれるものではなかった。
間もなく詠唱が終わる。エクリナも身構える、いつでも転移できるようにと。
いつもならば極大魔法を阻害するか、撃ち合うかの二択しかない状態。
本来ならば無謀であったが、《冥盾翼書ノクタルシア》の威力を確かめるのはこれしかなかった。
「――セフィロト・ガーディアン、召喚する!」
極大結界魔法の詠唱を完了させるティセラ。
エクリナに差し向けるは、結界魔法で形作られた巨大な光の守護騎士。
手に持った巨剣を振り下ろし超重撃を与える。
ドンッ!ガアァァァ――ンッ!!
巨剣と空間壁がぶつかり合い、衝撃音が石切り場に響き渡る。
風が波打ち、斉射され、砂や石を吹き飛ばす。
「ぐおッ!!」
ガンゴはあらんかぎりの力を込めて大地を踏みしめる。
腕で顔を庇い、襲い来る風と石つぶてを防ぐ。
エクリナが作った空間壁に亀裂が入る。
結界の巨剣はめり込み、裁断を継続していた。
「冥八天翼、我を護れ!」
背後の四翼を正面で重ね、空間壁を支える出力に代替えしていた。
「……セフィロト・ガーディアン。爆散!!」
ティセラは構築した巨大騎士をエクリナに向かって爆破させる。
騎士は砕け散り、無数の結界の破片が第二波となり追撃を行う。
初撃耐えたエクリナに対する信頼でもあった。
「そう来るであろうな!」
ティセラの魔法を理解しているエクリナ、二撃目が来るのは予想の範疇だった。
冥八天翼をすべて前面に出し、空間壁が砕けるのを阻止する。
魔力を供給し、壁の補強を行っていた。
護るエクリナ、攻めるティセラ――
いつもと違う役割で、本気を出し合う二人。
滝のように叩きつける結界の破片、破損と再生を繰り返し、いなし続ける空間の壁。
《冥盾翼書ノクタルシア》は極大魔法と拮抗し続ける。主を護るためにその役割を十全に果たし続ける。
やがて、結界の破片を撃ち尽くし奔流が止む。
その中で――エクリナは無事だった。
球型の空間壁に数多の亀裂を残すも、かろうじて耐え抜いていた。
八翼となっていた装飾は魔力を失い、円盾に戻っていった。
「はあはあはあ……何とか耐え抜いたな。よくやったぞ《ノクタルシア》」
漆黒の円盾を撫で、従順な戦具を褒めた。
「はあ~、疲れましたぁ。魔核はどうですか?」
極大魔法を放ち、疲労に襲われるティセラ。
エクリナの無事を確認し、調子を気遣った。
「うむ。少しは痛むが、以前に比べれば全く問題無いぞ。良い出来ではないか!」
エクリナは前回と比べ物にならない円盾を造り上げたティセラに賛辞を贈った。
ようやく最高の戦具を手に入れ、ご満悦な顔をしていた。
「良かったです!!」
ティセラはその顔を見て、疲労が飛ぶ。
エクリナへ向かって走り、感想会を始めた。
魔力を貪り喰う《冥盾翼書ノクタルシア》は、主の守りたいものを護るべく成長を遂げた。
見届け人となっていたガンゴは、エクリナの無事を確認すると倒れていた。
エクリナとティセラがそれに気づくのは、ひとしきり話した後であった。
次回は、『2月15日(日)13時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いします。
本日もお付き合いいただきありがとうございました!
引き続き、評価・ブックマーク・感想で応援いただけると励みになります!
*キャラクター設定集を作り始めました。
https://ncode.syosetu.com/n0327lj/




