◆第14話:贈り物と模様替えと猫写真◆
厨房での特製シチュー事件から数日後――
ライナの機嫌は直っていた。
ほんの少しのわだかまりが胸には残っていたが、気にしないことにしていた。
館の居間の長椅子でくつろぐルゼリアに背後から声をかけていた。
「リア姉、王さまへの贈り物って決めた? 僕はね、王さまのためにすっごい派手なアクセサリーを見つけたんだ!」
エクリナをねぎらうための記念日に向けて――ライナは目を輝かせていた。
厨房の一件があったため、ルゼリアとちゃんとした会話をしたいというのもあった。
「私は……雅な装飾のティーセットを。エクリナには落ち着きと静寂が似合いますから」
読んでいた本を下げ、ライナを見て返答するルゼリア。
(機嫌は直ったようですね、良かったです)
いつものように声を掛けてくれた妹分をみて安心していた。
ライナは長椅子の背にもたれかかり、顔を膨らませてルゼリアを見る。
「ええっ!? そんなの全然足りないよ! 王さまには、もっとドカーンと派手なのがっ!」
自分との趣向が違うため、反論という形で声を出してしまった。
即座に反論されたルゼリアは苛立ってしまった。
これまでもこういったことは多かったが、先日の一件もあり、ライナは自己主張が強いと感じていた。
「……ライナ。王であるエクリナに必要なのは、“誇り”と“品格”です。あなたの想いは立派ですが……だからこそ、慎重に選ぶべきです」
ルゼリアは、ルゼリアで自身の考えをライナに押し付ける言い方をした。
その瞬間、ルゼリアはわずかに視線を逸らした。
(この子の熱意を……否定してしまったでしょうか。先日のシチューの件もありますし……)
想いを理解しつつも、不器用に言ってしまうルゼリア。
姉分の言い方が引っかかり、強めに言い返してしまった。
「うぅ……っ。うるさいなぁ……。またそれ? いつもいつも、僕のこと子供扱いして……」
ルゼリアは言葉を返さず、ただ静かに紅茶を啜る。
カップの中身を見つめる視線は、ほんのわずかに揺れていた。
「……何を騒いでおる」
いつの間にか現れていたエクリナが、二人の間に割って入る。
(先日もあったな……)
エクリナを見たライナは白黒つけようと意見を求める。
「王さまっ、僕ね、プレゼントは派手なのにした方が絶対――」
と言いかけ、エクリナはすべてを聞く前に被せて返答した。
「両方、受け取るに決まっておろう。”大切な家族”からのプレゼントなのだぞ?」
エクリナは家族のみんなを愛している。それは皆も知っていることであり、ある意味当然のことであった。
「…………」
エクリナからの“公平な言葉”が、なぜかライナの胸にチクリと刺さった。
どちらにも等しく優しい。それでもなぜか、自分をちゃんと見てくれていないような――そんな気がしてしまった。
その夜——
ライナは誰もいない廊下を、ひとり彷徨っていた。
「……僕だって、王さまの役に立ちたいのに……」
何故か必要とされていないような感覚がずっと襲っていた。
その胸の思いが言葉にできず、誰にも相談できなかった。
「何かして、褒められたいなぁ~」
エクリナに褒めてもらいたい、今のライナはそう強く思った。
王さまにいつもみたいに褒められたら、この胸の”何か”は収まると思っていた。
そう考えている内に、視線の先には、書庫の扉が見えた。
ルゼリアが王の命で管理している大事な聖域。
そして、最近ルゼリアがエクリナから褒められていたことを思い出す。
「この前だって、リア姉と王さまで楽しそうに話してたし……」
羨ましかった。過去に命を助けてもらい、側近となったライナはエクリナのことが大好きだった。
だからこそ、姉分が褒められて、自分が褒められていないことにわずかな苛立ちを覚えていた。
「いつもリア姉ばっかり! そういえば……猫の写真集、王様もじ~っと見てたし……」
悔しさと、寂しさが入り混じって、ライナの足が自然と扉に向かって動いた。
そして、良かれと思い込んで行動に移す。
「だったら僕だって……王さまのために、何かしてやるんだから……っ!」
王さまが喜んでいた“あの猫の本”を、もっと見やすい場所に置いておけば――きっと、気づいてくれる。見栄えが良くなったと褒めてくれる。
そう思い込むライナは、こっそり書庫へと忍び込む。
エクリナに褒めてもらうため本の配置変更をするライナ。
ルゼリアが毎日欠かさず整理整頓をしているのだが、今はそんなことは忘れていた。
「うーん……この本棚、もっとスッキリさせた方がいいよね。よ~し、リア姉の猫写真集も目立つとこに移動しとこ♪ あ、このページかわい……あっ」
猫のページを開いた拍子に、隣の本の列がぐらりと傾いた。
そして――本は落下する。
大切そうに挟まれていたしおりが、ひらひらと床を滑った。
「あ~あ……またやっちゃった……っ」
うまくいかないなぁと嘆息し、本を拾い上げる。
「何をしておる?」
またしても、タイミング悪く通りかかったのはエクリナだった。
開きっぱなしの書庫の扉が気になり、中を覗くと珍しくライナが本棚をいじっているため気になって声を掛けていた。
「そ、そのぉ~……模様替えを、ちょっとだけ……」
ライナは本の配置替えを途中で見られ、バツが悪そうに答えた。
すべて完了してから見て欲しかったからであった。
「ふむ。綺麗にしておけよ。部屋が整うのは良きことであるからな。うぬも、よく働いておる」
エクリナは、ライナがルゼリアの代わりに作業している思っていた。
だからこそ、”片付け”という行為に対して褒めた。
――違う。そうじゃない。胸の中で、ライナは小さく叫んだ。
「…………」
一見、ありふれた、そのいつも通りの言葉。
けれど――
(王さまは、僕の気持ちには、”やっぱり”気づいてくれないんだ……)
猫の写真集を目立たせるように本棚の整理をしていたライナは、そこに気づいてくれなかったのが、がっかりだった。
胸の奥に、またひとつ、言いようのない寂しさが積もっていった。
その小さな感情が、やがて館の静寂を打ち破る騒動へと繋がっていくとは、この時のライナはまだ知らない。




