◆第11話:夜の語らい◆
夜も更け、館は静寂に包まれていた。月の光が差し込むテラスには、一人の影――エクリナが静かに腰掛けていた。 膝にはブランケット、手には温かな紅茶。
そこに、静かに現れたのはセディオス。手にはバーボンの瓶とグラスが二つ。
「……夜風が少し肌寒いな。こんな夜には、少し温まるのも悪くないだろう」
「う、うぬ……ま、まあ、少しだけなら付き合ってやろう。我も大人であるからな」
軽口を交わしながら、セディオスは隣に腰掛け、グラスに琥珀色の液体を注ぐ。カランと氷が揺れ、静かに満たされるグラスを見つめながら、エクリナが口を開いた。
「……この時間、嫌いではないのだ」
ぽつりと呟いた。
「喧騒も、任務も、全てが遠くに感じられて……ただ、うぬと居られる。それだけで、満たされる気がする」
セディオスは微笑みながら、グラスを傾けた。
「……変わったな、君も」
「ば、馬鹿を言うな……我は、変わらぬぞ。我は王、誇り高き存在……」
言いかけて、ふとエクリナは黙る。
「……いや、変わったのかもしれぬな。うぬのおかげで」
照れ隠しのように視線を逸らしながらも、その声はどこか柔らかい。
「……この時間が、ずっと続けば良いと思う。うぬとの、この平穏な時が……って、な、何を言わせるのだ我に……っ」
セディオスが何かを返そうとしたその時、エクリナの顔がほんのりと赤く染まり、グラスを両手で抱えるように持ち直した。目がどこかトロンとしており、酔いが回り始めたのか、普段の鋭さは少しだけ霞んで見える。
「ふふ……聞け、うぬ。我はな、日々、……その、うぬが気に入りそうな菓子や、夕餉や、小物など……そ、そっと用意しておるのだ」
「理由? そ、それは……うぬが笑ってくれると、我も……嬉しいからでな……っ! な、なんだ、その顔はっ! 忘れよ、今のはっ!」
そして唐突に話題を変えながら、どこか饒舌に、少しずつ感情を零し始める。
「そ、その……おやすみのキス、しても良いか?」
エクリナの声がかすかに震えた。
「なっ、何でもないっ! 忘れよ、今のはっ!」
慌てて立ち上がり、テラスから逃げるように去っていく。
セディオスは小さく笑って、その背を見送った。
――月明かりの下、少女の心は、今日もまた少しだけ素直になったようだった。




