◆幕間:観測者リゼル◆
「精神接続、安定してまぁす、リゼル様ぁ」
紅い瞳を輝かせた少女――ネヴァが、ボサボサ髪を揺らしながら報告する。
白衣の袖には魔法式が浮かび上がり、彼女の背後では歪な魔導術具群が淡く明滅していた。
「ふふ……いいですね。先日の記憶が、実に鮮明に反映されている。再現度、九割を超えてます……上出来です」
紺髪の三つ編みをくるくると指先で弄びながら、リゼルは宙空に映し出された映像を見つめる。
髪は夜空を思わせる深い群青。
腰まで届く長髪を丁寧に編み上げ、薄紫のリボンで結んでいる。
整った面差しはどこか中性的で、瞳は淡い硝子色――光を映すたびに、冷たい銀の煌めきを帯びた。
そこに映っているのは、エクリナが拷問される夢の中の映像――。
ヴァルザの魔法攻撃を全身で受け、悲鳴を上げる姿だった。
「ん~……いい悲鳴です。あの記憶より少し反抗的ですが、それもまた彼女の“らしさ”でしょうか」
まるで葡萄酒の香りでも評価するかのように語る声。
その表情は、嬉々とした好奇心に満ちていた。
リゼルは、“夢”の中に仕込んだ精神干渉を魔導術具を通して、エクリナの記憶・思考・感情の動きを観察していた。
それは過去を追体験させるための技術――そして、心を壊すための実験。
「精神世界とはいぃえ、脳が受ける刺激は現実そのもの……でぇす? 精神波形にもちゃ~んと、揺らぎが出てぇいまぁす」
ネヴァが指先で幻像を操作すると、映像に重なるように脳波と魔力波動の図が浮かぶ。
エクリナの“痛み”が、数値としてそこに記録されていた。
「……そのまま監視を続けてください」
リゼルの声は冷ややかに、けれど熱を孕んでいた。
「“実験”は、まだ始まったばかりですから。
もっと見せてください、エクリナ――」
「あなたの感情の揺らぎを。そしてその“終わり”を」
その狂気は、かつてのヴァルザを彷彿とさせるものだった。
歪んだ工房の奥で、影は微笑む。
冷たい香水と金属の匂いが、空気を支配する。
それは、誰にも知られずに進む、“心の破壊”の実験だった。




