◆第92話:ヴァルザの嗜虐◆
鉄格子が軋む音と共に、ゆっくりと開いた。
浮遊する魔導術具が淡い光を放ち、無機質な声を響かせる。
「実験の時間だ。実験場に移送する」
(……まさか、そんな……ありえぬ……!)
エクリナは鎖に引かれるまま、冷たい通路を歩かされた。
壁に刻まれた術式が赤く脈打ち、空気が生温い。
「今日も実験の時間だ」
その声に、背筋が凍る。
実験場の中央に立っていたのは――漆黒のローブをまとった男、ヴァルザ。
神にして、狂気の化身。
かつてエクリナを《兵器》として造り上げ、弄んできた存在。
「……っ……貴様……!」
絞り出すように睨みつける。
だが衰弱した身体は言うことを聞かず、立ち上がるだけでも精一杯だった。
ヴァルザは返答を待たずに手を伸ばし、エクリナの腕を乱暴に引きずる。
そして、魔法陣が刻まれた床の上へと無造作に投げ捨てた。
「まずは……炎と氷の融合魔法の耐久試験からだ」
何の前触れもなく、魔力の奔流が走る。
灼熱と氷結。
相反する二つの苦痛が同時に押し寄せ、肉体を引き裂く。
「ぐ、あああああっ!!」
絶叫が空間に反響する。
息も、意識も奪われ、ただ“痛み”だけが存在を支配した。
次に襲うのは樹木魔法――
蔦が腕に絡みつき、締めつけ、骨を砕く。
鋭い棘が皮膚を裂き、根が皮下へと入り込んでいく。
「う……あ、くっ……!」
視界が赤に染まり、感覚が遠のく。
それでも、逃げる暇などない。
「やめ……やめろ……ッ!!!」
叫びは、ヴァルザの興をさらに煽るだけだった。
「痛みが強すぎたか? では――“遮断”を解除しよう。
もっと……“感じて”くれ」
その指が動いた瞬間、魔力の針が神経へ突き刺さる。
稲妻のような衝撃が脊髄を貫き、脳を焼いた。
「ぎ、ああああああああっっ!!!」
悲鳴が喉を裂き、声帯が焼ける。
震える四肢、崩れ落ちる意識。
それでも、魔法は止まない。
気絶すれば治癒魔法で無理やり意識を戻され、再び痛みを叩き込まれる。
「ふふ……やはり人型はいい。
感情と痛覚が、こうも綺麗に連動するとは。
……その表情が、実に良い」
吐き捨てるような嗜虐の声。
その響きが、鼓膜ではなく心を削っていく。
血と痛みと絶望の中で――
エクリナの意識は、ゆっくりと沈んでいった。
反応が薄れたのを確認すると、ヴァルザは満足げにうなずき、近くの術具に命じた。
「今日は満足した。住処へ戻しておけ」
浮遊する術具たちは、エクリナを乱雑に担ぎ上げる。
「また明日だ。楽しみにしていろ……エクリナ」
滅びの神の声は、どこまでも穏やかだった。
◆
術具たちは牢へ戻り、鎖を枷に接続する。
扉が閉じ、再び沈黙が訪れる。
「……これは……なんなのだ……」
それは、決して忘れぬ記憶。
二度と戻りたくなかった“最悪の現実”。
だが今――その只中に、自分はいた。
エクリナの目から涙が零れ落ちた。
逃れられない現実を知った少女が、そこにいた。
◆ ◆
終わりなき地獄は続く。
かつて《魔王》と呼ばれた存在――。
だが、戦争のない今、彼女はただの実験体。
“ヴァルザ”という悪意の神の玩具に過ぎなかった。
その日から、幾日も、幾日も……
終わらぬ嬲りが続いていく。
痛みが魂を蝕み、
記憶が溶け、
心が、冷たく軋み……そして――
砕けようとしていた。
次回は、『10月19日(日)13時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いしますm(__)m
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