◆第7話:魔導術具士ティセラの観察◆
朝の光が差し込む食卓。新聞を読み終えたティセラは、そっと椅子を引いた。
「さて……今日も、館の様子を確認しておきましょうか」
館の外周を歩きながら、結界のほころびを点検していく。
「この前、侵入者がいたとエクリナが言っていましたね。……館が大きすぎるので、どうしても隙が生じます」
静かな独り言が、朝の空気に溶けていく。
厨房ではエクリナが朝食を準備中。セディオスの好みに合わせてベーコンを焼き、こっそり自作のハーブを仕込んでいる。
(ふふ、あのエクリナが……ここまで細やかな配慮をするとは)
玄関では、パンをくわえたライナが元気に駆け出していく。
(今日も森へ狩りですね。……いったい何を持ち帰るやら)
館内を巡り、やがて書庫へ。整然と並ぶ背表紙の匂いに安堵を覚える。
「結界を強固にする術具を考案しないと……」
呟きながら魔法書を探すと、整理をしていたルゼリアが勧めてくれた。
(流石ですね。管理が行き届いているので、選出も的確です)
工房で書を開いていると、扉をノックする音。現れたのはセディオスだった。
「こんにちは、セディオス。お茶を用意しますね。今日はアッサムにしましょうか」
「ありがとう、ティセラ。少し時間があったものでな」
二人で紅茶を口にしながら、窓の外へ視線をやる。
「……皆、元気に過ごしています。特にエクリナは、今朝も張り切っていました」
「そうか。皆が平穏に過ごせるのも、君たちのおかげだ」
ティセラはふっと微笑む。
「……こうして、何も起こらぬ日が続くこと。かつては、それだけで“奇跡”でしたね」
「そうだな。そしてその奇跡を守り続けるのが、君たちだ」
「はい。……そして貴方が、我々の中心です」
その声の奥には、淡い影が潜んでいた。
かつて、最も近くにいたのは自分だった。けれど今、エクリナが向ける柔らかな笑みは、セディオスに捧げられている。
(……貴方が導いたのですね。彼女を、変えたのは……私にはできなかったことを)
「……この日常が続くことを願います。そして、それを見守る立場に甘んじるのも、悪くはありませんね」
言葉には、柔らかな口調の中に、どこか遠回しな強さが滲んでいた。
(認めていないわけでは、ありません。ええ……ただ、少しだけ……)
その瞳には、すべてを見通す慈しみと、そして形を変えた愛情の揺らぎが確かに宿っていた。
その声は決して大きくはなかったが、確かな響きがそこにはあった。




