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第五章 札幌編

高速バスが札幌のターミナルに滑り込む。

外は薄曇り。夕方の街には、大通公園やすすきのを行き交う人々の姿があった。

映司は車窓越しに眺めながら、小さく息を吐く。

「……ただいま、札幌」

久しぶりの都会の風景。

だが、以前と同じようには感じられなかった。

ポリュペーモスとの戦い、カイロスの仕掛けた罠、釧路での出来事。

あの旅の前の自分とは、もう違う。

「札幌……」

ガラティアが隣でつぶやく。

「やっぱり、大きな街ね。人がたくさん……」

人混みを見て、少し戸惑っているようだ。

「まあ、北海道じゃいちばんの都会だからな。慣れれば便利なところだよ」

映司が苦笑する。

以前は何の変哲もない日常に思えたこの光景が、今は少し遠いものに感じられた。

自分は、ここに戻ってきたのか? それとも――

スマホを取り出し、久々に電源を入れる。

大学サークルの仲間たちから、何件ものメッセージが届いていた。

「映司、無事か?」

「最近まったく見かけないけど、家のトラブルって本当か?」

何か返事をしなければならない。

映司はガラティアをちらりと見てから、ゆっくりとスマホを操作した。

「とりあえず、大学に顔を出そう。ガラティアも、一緒に行っていいかな?」

「うん、映司の友達に会ってみたい」

数時間後、夜の大学キャンパス。

映司とガラティアは、サークル棟へと向かった。

扉を開けると、中には先輩の野口、友人のタカシ、数名のサークル仲間が集まっていた。

「おお、映司、久しぶりじゃん!」

「大丈夫だったのか? 家のドアぶっ壊れたとか、ヤバい噂聞いてたけど……」

映司は苦笑しながら肩をすくめる。

「まあ、色々あって修理中。実家の方に一時的に戻ってたんだよ」

適当にごまかす。

サークル仲間たちは納得したように頷いた。

「それより、そっちの子は?」

タカシがガラティアに目を向ける。

「ああ、えっと……」

少し言い淀んでから、映司は紹介する。

「こっちはガラティア。俺の……友人っていうか、まあ色々助け合っててさ……」

ガラティアがぎこちなく会釈する。

「おお、美人さんじゃん」

「彼女?」

からかうような声が飛んでくる。

映司が「ち、違うよ」と赤面すると、仲間たちが笑い声を上げた。

だが、そんな賑やかな空気の中で、映司はどこか落ち着かない感覚を覚えていた。

(この時間が、ずっと続けばいいのに)

そんなことを思う自分が、あまりに無防備すぎると気づいてしまった。

ポリュペーモスの脅威、カイロスの介入、そして「水の力」。

自分の身に起きたことを、本当に説明できるのか?

この「日常」と「非日常」の狭間で、映司は再び戸惑いを感じていた。

仲間たちと談笑しながらも、映司の胸には漠然とした違和感があった。

久しぶりに戻ってきた札幌。

だが、もうここが「安全な場所」だとは言えない。

「とりあえず、今夜は俺の部屋に泊まる?」

タカシが提案する。

「え?」

「家、修理中なんだろ? しばらく戻ってなかったんだから、誰かの部屋に泊まった方がいいだろ」

映司は一瞬迷った。

しかし、頭の隅では「何かが起こるかもしれない」という警戒心が消えない。

このまま、日常に戻れるとは思えなかった。

「いや、大丈夫。ホテルを取るよ」

「そっか……まあ、困ったら連絡しろよ」

タカシが軽く手を振る。

仲間たちの温かさに、ほんの少しだけ心が和らいだ。

映司はガラティアとともに大学を後にする。

冬の冷たい風が、二人の頬をかすめた。

その時、どこかで視線を感じた。

「……映司?」

ガラティアが不安そうに彼を見つめる。

映司は軽く首を振る。

「……いや、なんでもない」

翌日、大学で情報収集を始めた矢先、札幌市内で大規模な騒ぎが起こった。

「ビルが崩れた」「地震か爆発か」

ニュースサイトやSNSには、異変を知らせる投稿が次々と流れる。

映司の指先が震えた。

「まさか……あいつ……!」

画面に映るのは、崩壊した建物、逃げ惑う人々、そして――

「巨大な影の目撃情報」

隣でスマホを覗き込んだガラティアが、息を呑む。

「ポリュペーモス……来たのね……」

札幌の街に、あの巨人が現れた。

ニュースでは「局地的な地震」や「爆発」と報じられているが、映司は確信していた。

これは、ただの災害ではない。ポリュペーモスの仕業だ。

「……俺たちを、追ってきたんだ」

「映司、どうする!? まさかお前、あのデカブツと関係あんのか?」

友人のタカシが、困惑した表情で問い詰める。

部室に集まっていた仲間たちも、混乱していた。

映司は一瞬、真実を話すか迷う。

ポリュペーモスとの因縁、神話の戦い 。到底信じられない話だ。

だが、ガラティアが真剣な眼差しで告げる。

「逃げ回るだけでは、街の人々が危ないわ」

その言葉に、映司は意を決した。

「悪い……本当は詳しいこと言えない。でも、あの怪力の男は俺を……俺たちを狙ってる。放っておくと街がさらに破壊されるかもしれない。だから、俺が行くしかない……!」

仲間たちは目を丸くするが、先輩の野口が腕を組みながら静かにうなずいた。

「映司、お前が何に巻き込まれてるか知らないけど……困ってるなら手を貸すぞ。オレたちは友達だろ?」

タカシも拳を握りしめ、力強く言う。

「お前を放り出すわけねえだろ! あいつが街を壊そうとしてるなら、こっちも団結して守ってやる……!」

映司は目頭が熱くなるのを感じた。

自分は、ひとりではない。

仲間たちが、この異常な戦いに巻き込まれる可能性がある。

それでも、彼らは手を貸してくれると言うのだ。

札幌市の中心部、オフィス街の外れ。

強烈な地響きが伝わる。

ポリュペーモスが近づいている。

建物のガラスが震え、人々の悲鳴が響く。

映司とガラティアが急行しようとすると、タカシや仲間たちが同行を申し出る。

「映司、あいつをおびき寄せるなら、俺たちが誘導する。お前は先に安全な場所へ回れ!」

「建物の屋上とか使えないか? 人がいないところへおびき出そう!」

映司は、脈打つ心臓を抑えながら、仲間たちの熱い思いを感じる。

「わかった……ありがとう。でも危険だぞ。命がけになるかもしれない」

野口は笑い飛ばすように言った。

「今さら怖いなんて言えねえよ。お前らが鍵を握ってるんだろ? だったら、俺たちも力になりたい」

こうして、ポリュペーモスを市街地から離れた廃工場跡地へ誘導する作戦が決まった。

仲間たちがSNSや連絡網を駆使し、人の少ない廃工場跡地を誘導ルートに設定。

ポリュペーモスは映司の気配を感じたのか、荒々しく咆哮を上げながら向かってくる。

ビルの壁を壊し、瓦礫を投げつける。

その衝撃で地面がひび割れ、街は騒然となった。

しかし、仲間たちが警察や消防の動きを誘導し、一般市民の避難は成功しつつあった。

やがて、廃工場周辺。

朽ち果てた建物が並び、遠くに雑居ビル群が見える。

ここで、映司とガラティアはポリュペーモスと対峙した。

野口が叫ぶ。

「ここはオレたちが何とか踏ん張るから、早く行け!」

タカシも瓦礫の陰から叫ぶ。

「映司、ガラティアを守れよ!」

映司は仲間の声を背に、ポリュペーモスへと歩み出した。

「俺はもう、ただ逃げるだけじゃない……お前を止める!」

水の渦が、映司の周囲に集まる。

神話の戦いが、札幌で幕を開ける――。

水と風の力により、ポリュペーモスは足を取られ、満足に動けない状態が続いていた。

地面がぬかるみ、足を踏み込むたびに沈み込む。

ガラティアの風が砂塵を巻き上げ、視界を奪う。

「くそっ……お前ら、ここで仕留めてくれるわ!!」

それでも、暴れようとするが――

仲間たちが仕掛けたロープや重石が絡みつき、巨体は思うように前へ進めない。

遠くからサイレンの音が聞こえ始める。

消防や警察の車両が近づいてくる気配。

ポリュペーモスは苛立ちをあらわにする。

「畜生が……仕方ない、今日は退いてやる……」

鋭い視線を映司とガラティアに向けると、猛スピードでその場を離れた。

コンクリートを蹴散らし、車並みの速さで跳躍する背中は、相変わらず脅威そのものだった。

「また、来る……」

映司は、拳を握りしめる。

「映司、ガラティア、大丈夫か!?」

タカシが擦り傷だらけの顔で駆け寄ってくる。

先輩の野口も額に汗を滲ませながら、「生きてるか?」と息を切らしていた。

「おかげで、市街地の被害を最小限に抑えられた……ありがとう、みんな……」

映司は、泣きそうな顔で礼を述べる。

ガラティアも、深く頭を下げた。

仲間たちは戸惑いつつも、

「無事ならいいさ」

「何かあったら絶対呼べよ」

と、気取らずに笑ってくれた。

映司は改めて思う。

自分は、一人じゃない。

後日、メディアではこう報じられた。

「札幌市郊外で局所的な地震が発生。複数のビルが倒壊するも、避難が早く死者ゼロの奇跡」

超常現象の事実は伏せられ、

「突発的な異常気象」や「爆発的低気圧」によるものとされた。

映司は、ほっとする反面――

胸の奥に、罪悪感が残るのを感じていた。

(また、被害を出してしまった……)

自分が狙われることで、多くの人が危険にさらされる。

次にポリュペーモスが現れたとき、もっと確実に止められる力が必要だ――。

映司は、静かに決意を固めた。

「やっぱり、神話の手がかりは簡単には見つからなかった……」

大学の資料室で文献を調べ、教授たちに話を聞いてみたものの、大きな収穫はなかった。

ガラティアも落胆気味にため息をつく。

「こうなったら、もう少し北海道内を回るしかないわね」

映司は、少し迷った末に提案する。

「そうだ……小樽に行ってみないか?」

「小樽?」

「札幌から近いし、歴史的な建物や図書館もある。もしかしたら古い文献が残ってるかもしれない……」

ガラティアは興味を示す。

「小樽……どんな街かしら。港町なのよね?」

映司は、ふと胸が痛むのを感じた。

小樽は、かつての恋人・泉との思い出の地だった。

あの夜、運河沿いで別れを告げられた苦い記憶。

だが――

(ガラティアと一緒に小樽を歩いたら……何かが変わるかもしれない)

彼はそう思った。

札幌での数日間、仲間たちの温かさに支えられた。

しかし、ポリュペーモスが再び暴れれば、また多くの人が巻き込まれる。

「また何かあったら頼む」

映司がそう言うと、タカシは拳を軽くぶつけてきた。

「おう、いつでもな」

野口も、静かに笑う。

「ま、くれぐれも死ぬなよ。お前が無事なら、それでいい」

その言葉が、胸に染みた。

「今度は、俺の過去とも向き合う旅になりそうだ……」

映司は、バスに揺られながら思う。

窓の外には、札幌の街並みが流れていく。

まだ残る破壊の痕跡。

しかし、仲間たちの助けによって、最悪の事態だけは免れた。


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