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一世一代の告白、こんなはずじゃなかったのに!

青峰(あおみね)高校1年1組、椎葉岳(しいばがく)


本日、一世一代の大勝負に参る…!!



* * *



俺は二度お辞儀をし、二度手を叩き、最後に深々と頭を下げる。


神社の参拝で行う二礼二拍手一礼だ。



しかし、ここは神社などではない。



上履きをはいた状態で簀子(すのこ)の上に立ち、俺が緊張な面持ちで見つめる真正面には【23】と番号の書かれた下駄箱の扉。



そう。


ここは、俺が通う学校――青峰高校の昇降口。



そして、この23番の下駄箱の主は、隣のクラスの1年2組森愛奈(もりあいな)ちゃんだ。



俺はその愛奈ちゃんの下駄箱の中に、今しがた恋文という名のラブレターを入れたところだ。



愛奈ちゃんは、サラサラと風になびく黒髪のストレートのロングヘア。


だれにでも優しく、微笑む顔が可憐で、守ってあげたくなる愛らしさをかもし出している。



そんな愛奈ちゃんを入学式でひと目見た瞬間、すぐに俺は恋に落ちた。


隣のクラスであまり関わりはないが、俺はずっと愛奈ちゃんに想いを寄せていた。



しかし俺は、決してイケていないわけではないが、かといってめちゃくちゃイケているというわけでもないフツーの男子。


目をつけられないくらいにちょっと髪を染めて、毎月ファッション雑誌を読んで一応オシャレには気を遣ってるくらい。



俺みたいな系統のやつは学校中に山ほどいるから、愛奈ちゃんにとってはきっとモブキャラの1人にすぎない。



と思っていたのが、半年前までの俺。


ところが、そこで転機が訪れる。



2学期が始まり、委員会決めでくじ引きで美化委員になった俺。


仕方なく美化委員の集まりに行くと、なんとそこに愛奈ちゃんの姿があったのだ。



どうやら2組の女子の美化委員は愛奈ちゃんのようで、俺はくじ引きに感謝をした。



クラスは違えど、美化委員の活動を通して愛奈ちゃんと関わることが増え、愛奈ちゃんに名前を覚えてもらうという念願まで果たした。



「椎葉くん!」



愛奈ちゃんの心地よい声に名前を呼ばれるだけで、天に召されそうになる。



「岳、聞いたか?森さん、岳のことカッコイイって言ってたらしいぜ」


「…えぇっ、愛奈ちゃんが!?」



クラスの男友達からそんな話を聞かされた夜は、まったく眠ることができなかった。



――もしかして、愛奈ちゃんも俺のこと。



この半年の間に、徐々にそんな妄想が膨らんでいった。


そうしたら、たとえ些細な言動でも愛奈ちゃんが俺に好意を寄せているような気がしてならなかった。



俺は、愛奈ちゃんが好きだ。


できることなら、愛奈ちゃんと付き合いたい。



…でも、告白する勇気はない。



なぜなら俺は、これまでことごとく告白で振られてきたから。


女子とは一度も付き合った経験はないし、振られすぎて告白に対して完全に臆病になっていた。



告白しなくたって、今の関係のままでも悪くない。


そう思いかけていたとき、同じクラスのチャラモテ男子が愛奈ちゃんを狙っているという噂を聞きつけた。



あいつ…「オレが告ったら百発百中だ」と豪語していたし、もしかしたら愛奈ちゃんもあいつに告白されたら――。


嫌な想像をしてしまった。



そこで、俺は決心した。



このまま指をくわえたままでいいのか。


なにビビってんだ、俺。


告白する前から振られたときのことを考えやがって。



やって後悔よりも、やらずに後悔のほうが心残りに決まっている。



だから俺は、愛奈ちゃんに告白する…!!



と、自分の部屋で握り拳をつくって勢いよく立ち上がった。



ところが、ここで1つ問題が――。


というのも、俺は愛奈ちゃんの連絡先を知らなかった。



連絡先もわからず、どうやって愛奈ちゃんを呼び出せというのだろうか。



…学校ですれ違ったときに、その場で?


いやいや、さすがにそれは引かれるよな。



今さら連絡先なんて聞いたら、…逆に警戒されるだろうか。



それじゃあ…。



頭を悩ませ考えた俺は、愛奈ちゃんに手紙を書くことにした。


いわゆる、ラブレターというやつだ。



とはいっても気持ちを綴るのではなく、いつにこの場所にきてほしいという内容のもの。


ああでもないこうでもないと何度も書き直して、気づいたら1週間がたっていた。



いろいろ試して書いてはみたが、最終的にシンプルな内容に収まった。



【突然の手紙で驚かせてしまったらごめんなさい。

1年1組の椎葉岳です。

連絡先を聞いていなかったので、こうして手紙を書きました。


高校1年の最後の今日、あなたに伝えたいことがあります。

修了式後、中庭で待っています】



誤字脱字がないか何度も読み返す。



これを読んで中庭にやってきた愛奈ちゃんに、明日俺が告って――。



「うれしい!私も椎葉くんのことが好きだったの」



なんて言われちゃったりして〜。


手をつないで歩く俺と愛奈ちゃんの姿を思い浮かべると、頬が溶けそうなくらいにやけてしまう。



あと24時間後には、愛奈ちゃんの彼氏に俺がなっているかもしれない…!


そんなことを考えたら、居ても立ってもいられなかった。



『ごめ〜ん。友達としてしか見たことなかった〜』


『ん〜…。椎葉くん、顔はいいんだけどね。彼氏にするにはなんか物足りなくて』


『気持ちはありがとう。椎葉くんはいい人なんだけど…、付き合うっていうのはちょっと』



…これまで、振られ続けてきた16年。



だが、そのぼっち人生も明日で卒業!


愛奈ちゃんと彼氏彼女になって、これからの高校生活を謳歌してやる!



これでようやく、俺にも人並みの青春が訪れるんだっ!




そして、次の日。


いつもより1時間早く起き、いつも以上に丁寧に髪をセットする。



6時半になると、母さんが寝室からリビングへと下りてきた。



「どうしたの、こんなに早く起きて」


「べ、べつに。ちょっと早く目が覚めただけ」



そう言って、なに食わぬ顔で歯を磨く。



「最終日だから、気合でも入ってるの?」


「そんなんじゃないよ」



と言いつつ、本当のところは気合入りまくりだった。


だって、なんてったって愛奈ちゃんに告白するんだから。



「岳、もう行くの?」


「うん。今日、日直なんだ」



玄関でスニーカーの靴紐を結びながら、母さんに適当な嘘をつく。



本当は日直でもなんでもないが、ラブレターを愛奈ちゃんの下駄箱に入れるところはだれにも見られたくない。


だから、みんなが登校する前に行く。



俺は立ち上がり、大きく深呼吸をする。


そして、玄関のドアを力強く開け放った。



さあ、一世一代の大勝負に参る!



* * *



「それじゃあ、短い春休みだがハメ外すなよ〜」


「「はーい!」」



こうして、修了式後のこのクラスで過ごす最後の終礼はあっという間に終わった。



「よう、岳!今からカラオケ行かね?」



さっそく、いつものメンバーからのお誘い。


だが、今はそれどころじゃない。



「わ…わりぃ、今日はこのあと用事があって」


「あ、そうなの?…ってか、なんか顔色悪くね?大丈夫か?」


「…大丈夫、大丈夫っ」



そう言って、俺は無理やり笑顔をつくって笑ってみせる。


本当のところは、告白が間近に迫って緊張でどうにかなりそうだった。



「それよりも…、早くみんなでカラオケ行ってこいよ」


「おうっ、それじゃあ遠慮なく。また連絡するわ!」


「ああ」



仲いいメンバーがいなくなったのを確認して、俺は帰るフリをして中庭へと向かった。



思ったよりも、教室を出るのが遅くなった。


愛奈ちゃん、まだきてないよな…?



はやる気持ちをなんとか抑えて、だれもいない中庭へとやってきた。



レンガが敷き詰められた小道の先に小さな噴水がある。


ここだけ欧風の雰囲気が漂い、青峰高校では定番の告白スポットだ。



「き…、きてくれてありがとう。キミをここに呼び出したのは――」



噴水を愛奈ちゃんに見立て、1人ブツブツと告白の最終練習を繰り返す。



それにしても、…愛奈ちゃん遅いな。



…まさか!


俺がくるのが遅くて、もう帰っちゃったんじゃ…。



ザワザワと胸騒ぎがする。


もしそうだとしたら、これまでの計画がすべて水の泡。



それだけは…、それだけは勘弁して〜…。



噴水に向かって目をつむり両手を組んで祈っていると、後ろから微かな音が聞こえた。


その音は徐々に近づいてきて、振り返らなくてもだれかの足音だとわかる。



――愛奈ちゃんだ!



俺はうれしさで顔がにやけるも、緊張がピークに達し心臓がバクバクと暴れる。



だれかが俺の背後で立ち止まる。


すぐさま振り向きたいところだが、緊張で体がこわばって言うことを聞いてくれない。



…落ち着け、俺。


何度も練習しただろ。



だから、きっと大丈夫。



「き…きてくれて、…あ、あ、あ、あ、ありがとう。えっと…、その…、キミをここに呼び出したのは俺の気持ちを伝えたくて…」



愛奈ちゃんに届くようにと、ひとつひとつの言葉を噛みしめる。



「ずっと前から好きでした!俺と付き合ってください!」



俺は勢いのまま振り返って頭を下げ、愛奈ちゃんのほうに向かって手を差し出した。


その俺が伸ばす手の先には、きっとはにかんだ表情で俺を見つめる愛奈ちゃんが立っていることだろう。



祈るようにギュッと目をつむる俺に、ふわりと春風が運んできてくれたかのような声が届く。



「こんなオレでよければ、喜んで」



…えっ。


マジか、マジか、マジか、マジか…!!



空耳じゃないよな!?


もしかして、告白…成功!?



念願の愛奈ちゃんと付き合え――。



…ん?待て待て。


今、なにかがおかしくなかったか?



『こんなオレでよければ、喜んで』



――“オレ”?



愛奈ちゃんって、自分のこと“オレ”なんて呼んでたっけ。


それに、こんな野太い声もしてたっけ――。



「…って、だれ!?!?」



顔を上げた俺は、顎が外れそうなほどの大口を開け、こぼれ落ちそうなほどに目をひん剥いた。



…だって。



俺の目の前にいるのは、美しい黒髪のロングヘアではなく、マッシュヘアと呼ぶのも怪しいボッサボサの黒髪。


華奢で小柄な愛奈ちゃんとは似ても似つかない、176センチの俺と同じくらいの身長のメガネをかけた地味な男。



…こいつ、知ってる。



愛奈ちゃんと同じ1年2組の矢吹(やぶき)だ。


とにかく地味で目立たなくて、年中長袖を着ているという変なやつ。



その矢吹が…どうしてここへ?



「お、お前、なんでこんなところに…」


「なんでって、こんな手紙もらったらフツーはくるだろ?」



そう言って、右手を上げる矢吹。


その右手の人差し指と中指の間に、身に覚えのあるものが挟まれていた。



そう…!


それは、俺が愛奈ちゃんにあてたラブレター!



「お前…!その手紙、どこで拾ったんだよ…!」


「拾ったもなにも、オレの下駄箱の中に入ってたけど」


「…は?は?はぁ!?そんなわけないだろ!俺は、その手紙を愛奈ちゃんの下駄箱に――」


「愛奈ちゃん…?って、森さん?」



あー…もう!


全部矢吹にバラすことになるが、こうなってしまった以上、今はそんなことはもうどうだっていい。



「そうだよ!愛奈ちゃんの23番の下駄箱に入れたんだよ!」


「オレの下駄箱は28番だけど」


「お前の下駄箱の話はしてねーよ!俺はちゃんと、1年2組の上から3段目の23番の下駄箱に――」


「じゃあ…それ、オレの下駄箱だわ」



…What?



矢吹のその言葉に、俺はキョトンとして目をパチクリさせた。



「森さんの23番の下駄箱なら、一番下の段のはずだったと思うけど」


「…へ?」


「そういえばオレの下駄箱の数字、所々はげかかってるから、たしかに28が23に見えないこともないかもな」


「はい…!?」



俺は矢吹をその場に残し、一目散に昇降口へと向かった。



1年2組の上から3段目の23番の下駄箱――。



…あった!


23番の下駄箱。



やっぱり、矢吹のやつがよくわからないこと言って――。



と、ひと安心する間もなく、俺はなにかに気づいて目を凝らす。


それは、俺が知りたくもなかった事実。



よ〜く見ると、なんと文字が消えかかっていて、実際は“3”ではなく“8”だった…!!


つまり、ここは28番の下駄箱。



じゃあ、…愛奈ちゃんの下駄箱は!?



『森さんの23番の下駄箱なら、一番下の段のはずだったと思うけど』



俺は簀子に這いつくばるようにしてしゃがみ込み、…そして見つけてしまった。


一番下の段に、【23】と書かれた下駄箱を。



…ということは、こっちが正真正銘愛奈ちゃんの下駄箱。



「そん…な…」



魂が抜けたように、俺は下駄箱を背にもたれかかりながらへたり込んだ。



あれだけ決意を固めて、時間をかけてラブレターの内容も考えて今日に挑んだというのに…。


そのすべてが今パァーとなった…。



「言ったとおりだっただろ」



俺たち以外下校した静かな昇降口にそんな声が響いて、俺は力なく顔を向ける。


やってきたのは、もちろん矢吹。



俺には返す言葉もない。



「…悪かったな、矢吹。なんか…勝手に責めたりして」



穴があったら入りたいとは、まさにこのことだ。


矢吹にラブレターを読まれ、愛奈ちゃんとよく確認もせずに告白して、そもそも間違って矢吹の下駄箱にラブレターを入れたのが俺自身だなんて…。



もう消えてなくなりたいくらい。



「…笑いたきゃ笑えよ。かっこ悪すぎだろ、俺」



そう言う俺が、なんだか笑えてきた。



すでに気持ちは失恋モード。


当の本人に告ってもないのに失恋っておかしい話だけど。



すると、力なく下駄箱に寄りかかる俺の前に矢吹がしゃがみ込んだ。


と思ったら、俺の顔のすぐそばに腕を突き、顔を寄せて至近距離から俺を見下ろす。



これはいわゆる、壁ドンならぬ下駄箱ドンだ。



「笑うかよ。つーか、笑えるわけねぇだろ。お前の本気の告白に対して」



矢吹の瓶底メガネの奥にある、前髪のかかった瞳が俺を捉える。


その熱いまなざしから、なぜだか目が離せない。



矢吹って見た目からして、なよなよしたもやしみたいなキャラだと思ってたけど…。


実は、意外と男臭い一面もあるのか?



「オレも悪かったな。宛名が書いてなくておかしいなとは思ったが、オレの下駄箱に入ってたから勝手に読んじまって」



言われてみたら、たしかに愛奈ちゃんの宛名を書いた覚えはない。


痛恨のミスだ。



宛名さえ書いておけば、矢吹も自分あての手紙じゃないと読む前に気づいただろうに。



完全に俺が悪いというのに、テンパって責めてきた俺に文句ひとつ言うことなく、なんだったら俺を気遣ってくれる矢吹。


地味で目立たないこんなやつ、もし同じクラスになっても絶対関わらないだろうと思っていたが、…案外いいやつなんだな。



「矢吹、…サンキュ。ちょっと元気出た」


「そうか?」



そう言って、俺の顔を覗き込む矢吹。


こんな至近距離で顔をまじまじ見られることはあまりなくて、よくよく考えたらなかなか恥ずかしいシチュエーションだということに気づき、俺はぽっと顔が赤くなった。



「…そ、そういうことだから!今日のことは忘れてくれ」



俺は慌てて立ち上がると、パンパンと軽く制服のズボンをはたいた。



「じゃあ、そろそろ俺は行くな」



矢吹の顔を見たら、さっきの間違って告白した恥ずかしさを思い出してしまい、今すぐこの場から去りたくなった。


俺が軽く手を上げると、矢吹も同じようにして手を上げた。



「気をつけて」



後ろから矢吹が声をかけてきたから振り返ると、なぜか矢吹はまるで涙を堪えているような…そんな切なそうな表情をしていた。



そのわけは、たまたまそんなふうに見えただけかと思っているくらいの今の俺にはわかるはずもなかった。



それにしても、マジでビビった。


間違いだったとはいえ、まさか俺が男の矢吹に告白するだなんて。



だけど、そういえばあのとき――。



『ずっと前から好きでした!俺と付き合ってください!』


『こんなオレでよければ、喜んで』



あいつも、なにマジな返事を返してんだよ。



ああいうときは、「キモイこと言ってんじゃねぇよ」とか言って笑い飛ばせよな。


じゃないと、本当に矢吹も俺のことが好きみたいな言い方じゃんか。



俺もなにバカなこと考えてるんだろうな。


そんなこと、あるわけないのに。



* * *



手違い、勘違いで、愛奈ちゃんではなく、男の矢吹に告白してしまうというハプニングで幕を閉じた高校1年目。



春休みは、愛奈ちゃんなにしてるかななんて考えながら、クラスのやつとも遊んで毎日楽しく過ごしていた。


だから、矢吹に告ったという失態もいつの間にか忘れていて――。



高校2年の春を迎えた。



そして、そこで奇跡が起こる。




「マ…、マジか…!!」



春休み開けの登校初日。


掲示板に貼られたクラス替えの表を見て、俺は思わず声が漏れた。



なぜなら、俺の名前が書かれてある2年1組の表に――。


なんと、愛奈ちゃんの名前もあったからだ!



…見間違いじゃないよな!?



目をこすって何度も確認するが、たしかにそこには【森愛奈】という名前が。



神様ありがとう…!!


これはもはや、神様が愛奈ちゃんと結ばせようとしているに違いない。



愛奈ちゃんに告白できなくて俺が待ち望んでいた青春は終わったかと思ったが、まだまだこれからだった!



俺はうれしくて、すぐに2年1組の教室に向かった。



愛奈ちゃんの名前を見つけた瞬間、他のクラスメイトの名前なんて一切視界に入らなくなった。


だから、“あいつ”の名前もあることに俺はまったく気づいていなかった。




教室に着くと、座席は名簿順で決められていた。


俺の席は、教室のちょうど真ん中あたり。



そして、俺の右斜め前あたりには愛奈ちゃんの後ろ姿がある…!



『椎葉』と『森』では、残念ながら名簿順で座ると離れてしまう。


だけど、同じクラスに愛奈ちゃんがいるだけで俺は幸せだった。



始業式後のホームルームでの自己紹介も、愛奈ちゃんはかわいすぎた。



「森愛奈です。趣味はお菓子作りです。よろしくお願いします」



愛奈ちゃんが作るお菓子なんて、絶対おいしいに決まってるじゃん。



愛奈ちゃんの自己紹介のときだけ、無意識に俺は人一倍拍手をしていた。


それに気づいた愛奈ちゃんが俺に笑ってみせる。



もうその笑顔、反則だから…!



そうして、名簿順に残りのクラスメイトたちも自己紹介していく。



「次で最後だな」



そうつぶやく先生の声が聞こえ、頬杖をついた状態で目線だけ教卓に向けると――。


前に立ったのは、見覚えのあるボサボサの黒髪マッシュヘア…。



「…矢吹です。これといって趣味はありません」



面倒くさそうに秒で自己紹介を終わらせたのは、あの矢吹だった…!!



その瞬間、あのときの記憶が一気に蘇る。



『ずっと前から好きでした!俺と付き合ってください!』


『こんなオレでよければ、喜んで』


『お、お前、なんでこんなところに…』


『なんでって、こんな手紙もらったらフツーはくるだろ?』



春休みの間すっかり忘れていたというのに、まるで昨日のことかのように鮮明に思い出された。


と同時に、恥ずかしさで前に立つ矢吹に目を向けられない。



自己紹介の終わった矢吹を手で顔を隠しながら追ってみると、一番端の列の一番後ろの席に座った。



…あんなところにいたのか。



右斜め前の愛奈ちゃんしか見ていなくて、とくに後ろの席は一切気にしていなかった。



矢吹のやつも、あの日のこと…まだ覚えているのだろうか。



とはいえ、俺と矢吹とじゃ雰囲気や系統がまったく違う。


あの日少し話したが、同じクラスになったからといってほとんど関わることはないだろう。



ただのクラスメイトという関係。



――そう思っていたのに。




その日、学校が終わると俺は家に帰宅するのではなく、ある場所へと向かった。


それは、青峰高校の敷地内にある学生寮。



ここが、今日から俺の家だ。



青峰高校は、希望すれば高校2年生から入寮することができる。



今住んでいるマ実家のマンションは狭く、俺には中2と小6の弟がいるが子供部屋は2つしかない。


だから、俺と弟2人で1部屋ずつ使っていたが、さすがに弟たちも自分の部屋がほしいだろう。



そこで、俺が家を出ていけば部屋が1つ空くわけだから、俺はこの春から寮生活をすることに決めた。


そういった理由で寮に入ったわけだが、本当のところは初めてのひとり暮らしが楽しみで仕方がなかった。



といっても、寮は2人部屋。


実際のところ、ルームメイトと2人で部屋を共有することにはなるが。



寮に着き、名前を言って渡されたのは実家から持ってきた荷物と部屋の鍵。


プレートには【108】と書かれてあった。



俺はさっそく108号室へ。



「失礼しま〜す…」



ゆっくりドアを開けて入ると、部屋にはだれもいなかった。


すでにルームメイトがいるかもと思ったが。



部屋は、1階とロフトのような2階に分かれていて、2階のロフト下にトイレや風呂場があるという間取りだ。


ベッドや机は1階と2階にそれぞれある。



こんなの、断然2階がいいに決まってんじゃん。



幸い、もう1人のルームメイトはまだきていない。


だったら、先に2階を取ったっていいよなっ。



俺は荷物を持って、ロフトの階段を上る。



――そのとき。



コンコンッ



部屋のドアがノックされた。


どうやら、もう1人のルームメイトがきたようだ。



「は、はいっ」



なぜか緊張で声が上ずる。



ルームメイトは同じ学年の男子と決まっているから、べつにそれほど身構えることでもないのになに緊張してんだ、俺。


すました表情をつくり、ドアが開くのを待っていた。



知ってるやつだったらいいな。


そんなことを考えていると――。



ボストンバッグを持って入ってきたのは、よく知るボサボサのマッシュヘア。



「「…えっ」」



お互いに目が合い、声が漏れた。



部屋にやってきた、俺のルームメイトとなるやつは――。


…なんと、矢吹だった!



「や…、やややややややや…矢吹――」



と言いかけた俺だったが、驚きと動揺とで階段途中でバランスを崩し足を滑らせてしまった…!



「あ…」



自分でも階段から落ちることがわかって、情けない声がぽつりと漏れた。



「…椎葉!危ない!」



そのとき、下からそんな声が聞こえたかと思ったら――。


俺はそのまま階段から滑り落ちたのだった。



「イテテテテテ…」



痛みに表情を歪めながら状態を起こす。


…だが、不思議と思ったよりも痛くはなかった。



でも、なんで?


俺は、階段から落ちたはずじゃ――。



ゆっくりとまぶたを開けると、俺の顔を捉えるまん丸な瞳が目に入った。



「…ん?」



一瞬状況を理解できなかったが、直後すぐに把握した。



なんと、俺の目の前には矢吹の顔。


しかも、一歩間違えればキスしてしまいそうな至近距離…!



ふとそばにあった姿見に気づいて目をやると、俺が矢吹を押し倒すようにして床にいっしょになって倒れていた。



「なっ…!!」



顔を真っ赤にして、俺は慌てて起き上がる。



「わ…わりぃ!そんなつもりじゃ…!」



慌てふためく俺と違って、矢吹は落ち着いた様子でゆっくりと起き上がる。



「いいよ、べつに。それよりも、ケガしてないか?」


「…へ?」


「椎葉が階段から落ちそうになったのを見て、慌てて受け止めにいったけど…」



…そうだったのか。


変な体勢で落ちたにしてはあまり痛くないと思ったら、矢吹が俺を庇って…。



「矢吹こそ、大丈夫なのかよ…!?」


「…え、オレ?オレはまあ、たいしたことは――」


「そんなわけねーだろ…!背中とかズル剥けなんじゃないか!?見せてみろ!」


「な、なにすんだよ…!」


「いいから!」



なぜか顔を赤くして拒む矢吹のシャツの襟元を思いきりつかんだ。


そして、その下に着ていたタンクトップごと後ろへ大きく引っ張った。



ぱっくりと露わになる矢吹の背中。


てっきり擦り傷だらけかと思ったが、まったくそんなことはなかった。



「あ…れ?」


「だから言っただろ」



矢吹は少しむくれながら、俺に背中を向けてシャツを整える。



それにしても、…知らなかった。


矢吹の体がこんなに引き締まっていただなんて。



もやしだと思っていたから、ペラペラの体を想像していたのに。


…むしろ、俺より十分いい体をしていた。



それを見て、不覚にも俺はドキッとしてしまった。



でも、この“ドキッ”は変な意味なんかじゃない。


矢吹が男の理想的な体をしていたから、その肉体美に思わず目が行っただけで――。




その夜は、なかなか寝付くことができなかった。



愛奈ちゃんといっしょのクラスになれたから舞い上がってて?


それとも、寮暮らしで大はしゃぎしてて?



『わ…わりぃ!そんなつもりじゃ…!』


『いいよ、べつに』



そのとき、日中の矢吹とのやり取りが目をつむった頭の中で再生される。



『矢吹こそ、大丈夫なのかよ…!?』


『…え、オレ?オレはまあ、たいしたことは――』


『そんなわけねーだろ…!背中とかズル剥けなんじゃないか!?見せてみろ!』


『な、なにすんだよ…!』



思い出したら、顔が熱くなった。



俺はそっと2階のロフトの柵の間から、下のベッドで眠る矢吹に目を向ける。



同じ部屋で過ごすことになるルームメイト。


変なやつだったらどうしようかと思っていた。



…いや。


矢吹も十分変なやつではあるが。



ただ、…なんだろう。


同じ空間にいるのに、まったく気にならない。



矢吹と仲がいいわけでも、めちゃくちゃお互いのことを知っているわけでもないのに。



矢吹がルームメイトでよかった。



俺は心の中でそうつぶやきながら、布団の中にくるまるのだった。

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