08.二人の将来の夢
ルシールとネネシーはとても仲良くなった。
出会った日の放課後、ネネシーの寮の手続きもスムーズに済んだので、その日から二人は相部屋になっている。
二人はたくさんお喋りをして、お互いの境遇がとても似ている事を知り、話すほどに共感しか感じられなかった。
二人は共に貧乏だし、共に乙女ゲーム未経験者だし、共にSクラスの落ちこぼれだし、共に婚約破棄を受けて、共に悪役令嬢だったのだ。
『ネネちゃんが悪役令嬢というのはおかしい』とルシールは思っているが、それは口に出さない事にした。
ネネシーは優しくて可愛い子だ。
幼馴染と浮気するような下衆な野郎に、ネネシーは勿体ない。
きっとネネシーの乙女ゲームはこれから始まり、素敵な出逢いがあるに違いないとルシールは見ている。
それまでは黙って見守ろうと考えていた。
たくさんのお喋りの中で将来の話になった時、「卒業後は二人でカフェを開こう」という話になって盛り上がった。
ルシールは魔力が弱すぎて、将来魔法使いにはなれない。ネネシーは剣の実力が無さすぎて、将来騎士になる事は不可能だ。
共に、今学園で学んでいる事を、将来に活かすことは難しかった。
お互いの乙女ゲームは、一応終わりを遂げている。
だったら卒業までに料理やお菓子の腕を磨いて、カフェを開こうと思いついたのだ。
『節約料理でも美味しいお店』
そんなお店を目指す事にして、これからたくさんの物を作っていこうと計画を立てた。
ルシールは前世でも、貧乏一人暮らしで自炊をしていた。
今世の家でも料理を手伝ってきたし、学園に入学して始めたバイトは飲食店だった。
だからこの世界の節約料理もお菓子も、ひと通りの知識はあるし作る事ができる。
ネネシーは、前世料理をした記憶はなかったし、前世と今世のバイトも力仕事ばかりで、あまり料理に関わることはなかった。
だけどルシールと一緒なら、何でも頑張れるような気がしたし、カフェの開店はとても素敵な思いつきに思われた。
将来カフェを開くなら、スイーツ作りは必須だ。
今のうちから色々なメニューを作ってみようと、早速作ってみることにした。
今日の手作りスイーツは、ノンバタークッキーだ。
この世界のスイーツも前世と同じく、バター使用のものが多い。だけど前世と同じく、バターはルシール達にとっては贅沢品になる。
バターをたっぷり使ったスイーツ作りの練習なんてしていたら、あっという間に破産するしかない。
なのでバターではなく、オイルを使ったスイーツ作りに挑戦する事にした。
この世界のオイルは、オイル独特の香りがない。
無味無臭のオイルなので、「風味のない溶かしバター」と考えちゃってもいい気がする。
それは「同じ油脂分ならいいんじゃない?」と二人が出した結論だった。
ネネシーはルシールが言うならそれが正しいように思えたし、ルシールもネネシーが賛成するなら、それが正しく思えた。
クッキーの材料は、オイルと砂糖と塩と卵、そして粉があれば作れる。
この材料なら、わざわざ買い足す必要もないし、試作始めにはいいだろう。
バターの風味が足りない分、アクセントにナッツを入れる事にする。
森で拾った木の実を香ばしく煎ったものを、ネネシーが指先で軽く潰して粉々にする。前世でいう、アーモンドプードルとかいうものの代わりになるかもしれない。
同じくナッツならきっとそうだと二人で結論を出した。
卵と砂糖と塩とオイルをよく混ぜて、粉と砕いたナッツを加えてサックリと混ぜ合わせたら、もうクッキー生地は完成だ。
バタークッキーよりとても作りやすい。
出来上がった生地を棒状に伸ばして、一時間ほど休ませたらカットする。
いわゆるアイスボックスクッキーだ。
そんな感じで作った適当クッキーを焼いてみると、サクサクしていて香ばしくてとても美味しかった。
「ルルちゃん、これ美味しい!バターよりも軽くて食べやすいよ。こっちのクッキーの方が好きだって言うお客さんも、絶対いるはずだよ」
「本当ね。適当に作ったわりに、なかなかよね」
「絶対に人気メニューになるよ」
キャッキャツと二人は盛り上がる。
二人がクッキーを食べながら飲んでいるのはレモネードで、このレモネードもまた手作りのものだった。
この世界の紅茶はわりと高価で、貧乏な二人には贅沢品すぎる。だから二人の開くカフェでは、紅茶に代わる色々な飲み物メニューを考えようと話し合っていた。
そうして考えたメニューの一つが、レモネードだった。
レモンを砂糖に漬けるだけのものなので、手作りというほどのものではないが、ルシール特製のレモンのシロップ漬けはサッパリした味わいになる蜂蜜入りだ。
これを水で割ればレモネード、炭酸水で割ればレモンスカッシュになる。
レモンのシロップ漬けは、騎士科にいるネネシーのために、以前からルシールが作り置きしているものでもあった。
『ネネちゃんの疲れが取れますように』と微弱な癒しの魔法を込めて作っている、ルシールの光魔法入りレモンシロップなのだ。
「ふう」
レモネードを飲んで、ネネシーは大きく息をはく。
『ルルちゃんは本当にすごい』
ネネシーは、ルシールが自分のために何かを作って入れる度にそう思う。
ルシールは「微弱な癒し魔法」と言うが、ネネシーにとってその効果は絶大だ。
辛いとしか感じられない剣の授業の心の疲れも、瞬時に消してくれる。
それはきっとルシールがネネシーの事を心配しながら作ってくれるからだろうと思っている。
ネネシーは剣が苦手だ。
訓練でも、相手に剣を向けられただけで目を瞑って固まってしまう。
そこで相手の不戦勝になって訓練は終わってしまうのだが、身体の疲れは無くても精神的に疲れ切ってしまう時間なのだ。
その疲れさえ消してくれるルシールに、ネネシーはとても感謝しているし、ますます大好きになっていった。
「レモネードはカフェメニュー決定だよね」
「今度はレモンスカッシュも飲んでみようね」
いつものようにカフェメニューの会話で盛り上がる。
二人は今日もとても仲が良い。
今日のおやつはノンバタークッキーとレモネードで、カフェメニュー有力候補となった。
「そんな簡単なクッキーなんてあるのか」
そう思われる方もいるかもしれません。
普通に作れるヤツです。
「異世界行ったら作らないと」と思うことあれば、エッセイにレシピを載せてみたので、覗いてみてください。
いたって普通のレシピなので、「是非!」という思いは無いのですが……