78.レオの勇者ゲームの世界
「これ良いじゃん!今回は特に当たりだな!」
川できれいに洗った鱗を光にかざして、勇者レオは嬉しそうに目を細めた。
日の光を受けてピカピカに光る鱗は、可愛い桜色だ。
これをウサギの形に彫ったら、どれだけ彼女は喜んでくれるだろうかと、想像しただけで胸が弾んだ。
レオは勇者としての命を受け、魔王討伐に挑む者だ。
魔王が生み出す魔物は、レオにとって大した相手ではないが、それでもどれだけ切り刻んでも、再び蘇ってしまう魔物の討伐は、全く進まないゲームのようで退屈な日々だった。
討伐の日々は同じ毎日の繰り返しだったが、ミサンダスタン国から来た聖女ルシールが、その日々を変えてくれた。
ルシールが浄化魔法をかけてくれた剣は、聖剣となって切った魔物が蘇らなくなったのだ。
嬉しくなって夢中でサクサク切っていくうちに、実は早い段階でレオは魔王に辿り着いていた。
なんだか弱そうなところをサクッと聖剣で刺してみると、あっという間に弱っていってしまい、魔王討伐もその瞬間に果たしてしまいそうになった。
しかしそこでレオはハッと気がつく。
――もし。
もしここで魔王討伐を果たしてしまえば、世界は平和になり、魔物はあまり生まれなくなってしまう。それは魔物殺戮の機会を失うという事だ。
それにルシールが、レオのために聖剣を作ってくれる夢のような日々も、終わりを告げてしまう。
せっかく開いてくれた、討伐休憩時の癒しの森カフェも、お店を閉めてしまうかもしれない。
『それは嫌だ!』
レオはずっと魔物殺戮をしていたいし、ルシールには毎日自分の聖剣を作ってほしかった。
出来ればエルノノーラとルシールと三人で結婚したいとも思っている。
『今は魔王討伐を終える時ではない』
――そう強く感じた。
急いで弱った魔王に向き合い、聖剣で切りつけた事で浄化されていく傷口部分を、懐に持っていたナイフで切り取って応急処置をする。
「お前、絶対死ぬなよ」
強くそう言い聞かせて、勇者レオはその場を立ち去った。
――魔王の切り取った身体の一部を手に持って。
魔王と出会って、討伐を終えそうになった事は誰にも話せない。途中で助けた事がバレたら、怒られるのが目に見えているし、カルヴィンにも知られる訳にはいかなかった。
『だけど可愛いルシールちゃんには褒めてもらいたい。「一緒に頑張ったからだね」って、エルと三人でパーティが開けたら最高なのに』
そう思うと、魔王の身体をルシールに見せてあげたくてたまらなくなった。
魔王だけあって、身体のほんの一部でも元気にまだ手の中で動き続けている。
そうして切り取った部分を、ルシールが怖がらないように毎回綺麗に洗って持って帰るのだが、エルノノーラをはじめ皆に贈り物を妨害され続けてきた。
「ルシール嬢が怖がるから、魔物の身体を持って帰るな」とカルヴィンに注意されても、どうしても褒められる事を諦め切れなかった。
そんな中でやっと喜んでくれたのが、この魔王の鱗の部分だった。
鱗に付いた皮膚や毛を綺麗に取ってあげ、さらに花や動物の形に彫ってあげると、毎回嬉しそうに受け取ってくれるのだ。
贈った鱗は本当に部屋に飾ってくれているようだし、そんな事を聞いてしまったら張り切らずにはいられない。
魔王だけあって生命力も再生力もとても強く、鱗も皮膚も日々生え変わる。更に毎回色が変わるので、そこには楽しいしかない。
今回は可愛い桜色をしていたので、レオは魔王に良い笑顔で声をかけてやった。
「でかしたぞ。魔王、次はもう少し色の薄いのを頼む。しっかり生きろよ」
『オノレ……コノ悪魔メ………』
レオがかけた言葉に、魔王にそう返されたので、キッチリ訂正しておいた。
「俺は勇者レオだ。ボケてないでしっかりしろよ。魔王だろ?」
そう声をかけ、今日も魔王の元を立ち去った。
「はい。これはエルへのプレゼント」
エルノノーラに袋入りの魔王の鱗を手渡す。
エルノノーラはどんな状態でも気にしないので皮膚つきだ。
「ああ、悪いな」
エルノノーラもいつも通りに受け取ってくれた。
きっとこの後すぐ、いつものように換金所に向かうだろう。
『そんな冷たいエルが好きだ』
今日もレオはエルノノーラを見て思う。
「はい、これはルシールちゃんに」
ルシールにはピカピカに光る綺麗に洗った鱗と、うさぎの形に削った鱗を手渡す。
「わあ!今日はウサギですね!とても可愛いですね!レオ様は本当に器用ですね。ありがとうございます。大事にしますね」
ルシールが、今日は特別嬉しそうに笑ってくれた。
『優しくて可愛いルシールちゃんが好きだ』
今日もレオはルシールを見ながら思う。
ルシールはライナートと仮の婚約をしているが、間違って二人の仲が深まることがあったとしても、魔王討伐を果たすまでは結婚まで進めないだろう。
ならばルシールがレオの婚約者になってくれるまでは、魔王討伐を完了させなければ何も問題はない。
魔王が生み出す魔物は、未知の物だ。
討伐の報告書は、得意な落書きで適当な絵を描いておけば、魔王を半討伐している事もカルヴィンにさえバレる事はない。
『本当にこの世界は勇者ゲームの世界だよな』
レオはしみじみと自分のための世界に思いを馳せる。
美人でスタイルが良くて、強くて要領がよくて、自分勝手で冷たい騎士のエルノノーラは、レオの婚約者だ。
それから、可愛くて優しくて、怖がりで庇護欲そそる、自分のために聖剣を作ってくれる聖女のルシールは、レオの心の婚約者だ。
『ルシールちゃんも俺と婚約してくれたら、魔王討伐を終えて、三人でカフェを開いて暮らしていこう』
世界の平和は、レオの手の中にある。
この世界は乙女ゲームよりクセの強い、勇者レオの世界でもあった。
ここで完結です。
この世界は、魔王が討伐されることのない終わりなき世界となっているので、このお話も「完結済み」と表さないでおこうかなと思います。
最後まで読んでいただいてありがとうございます!