77.乙女ゲームの登場人物たちが思うこと
フィナンは自分の剣を見つめながらため息をつく。
手に持つ剣は、ルシールに光魔法を乗せてもらった剣だった。
もう随分と前の事になるが、ルシールを追いかけてセルフィシュ国に行った時、入国さえ難しい状況に、すでにルシールを追っても手遅れだった事に気づいていた。
ルシールの口利きで何とか面会は叶ったが、護衛を名乗るエルノノーラからのただならぬ殺気に、ルシールがあの国でどれだけ求められているかを思い知らされただけだった。
ルシールを囲む者達との圧倒的な力の差を感じつつも、それでもルシールが帰国を望むならば、最善を尽くしたいと思っていた。
だけどクセのありそうな者達に囲まれるルシールはもう、寂しそうな姿を見せていなかったし、ルシール自身も望んでセルフィシュ国にいる事がうかがえた。
『ルシール嬢が幸せならば、それでいい』
そうは思うが、浄化魔法をかけられた剣を見るたびに、あの討伐合宿後、ルシールに何のアプローチもしなかった自分に後悔をしてしまいそうになる。
「微弱な魔法」とルシールは恥じているが、浄化魔法のかけられた剣は魔獣を簡単に弱らせてくれるし、騎士であれば誰もが手に入れたい剣だろう。
それに自分のために浄化魔法をかけてくれたフィナンの剣は、どれだけ使っても今のところ効力が弱まる様子さえ見せない。
微弱なんてものじゃない。
性格破綻者という噂もある勇者レオでさえ、聖剣を生み出すルシールの前では大人しい者になっている。
こんな剣を作ってくれるルシールに、敬意を払わずにはいられない者などいないのだろう。
護衛のエルノノーラの鉄壁の守りで、ルシールにあまり話しかける事すら出来ないままに、彼女の婚約が決まってしまったようだ。
今日、『実質セルフィシュ国の王』とまで噂されるカルヴィン王子の側近ライナートと婚約が成されたと、エルノノーラから話された。
セルフィシュ国で会った事がある彼もまた、静かな狂気を含んでいるような人物だった。
『友人としてルシール嬢の幸せを祈りたい』
そう思いながらも、剣を見るたびに後悔の思いに囚われてしまう。
『こんな剣を渡されたら、一生忘れる事は出来ないだろう』
剣を見つめながら、フィナンはまた一つため息を落とした。
そんなフィナンをデリクはそっと見守っていた。
以前は「セルフィシュ国でルシール嬢が、聖女としての役目を終えた時に迎えに上がりましょう」と、フィナンに声をかけていた。
しかしフィナンのお迎えと称して、デリクが学園にルシールとフィナンの様子を見に行った時に、ルシールの護衛の女騎士の狂気を感じ取った。
『あの護衛はヤバい』
ルシール嬢から離れまいとする、狂気に近いまでの執着を見せつけられるようだった。
――フィナンが向き合っていい相手ではない。
ルシールの婚約が決まった事をとても残念に思ってしまうが、デリクは遠くからルシールの幸せを祈る事にした。
学園で見かけたルシールが、幸せそうなのが救いだった。
セルフィシュ国の自己中心的な身勝手さは、世界共通の認識される常識なのだ。
楯突いていい相手ではない。
ルシールの婚約をエルノノーラから聞いたネネシーは、ルシールの幸せを喜んだ。
たとえ国が離れてしまっても、ルシールが自分と同じように幸せになれる事はとても嬉しい事だった。
これから恋バナだって盛り上がるに違いない。
「婚約おめでとう、ルルちゃん!ねえ、ルルちゃんの婚約者ってどんな人なの?……もしかして、金髪碧眼の人だったりする?」
ドキドキしながら、ルシールの答えを待つ。
金髪碧眼であれば、それは確かにルシールのヒーローだ。
ピンクの髪のヒロインと金髪碧眼のヒーローは、王道的乙女ゲームの世界なのだ。
きっとそこにはもうルシールの婚約破棄などは存在しない、永遠の幸せが続いていく事が保証されている。
「ネネちゃんすごい!どうして分かったの?確かにライナート様は金髪碧眼なの」
「やっぱり!ルルちゃんの運命の人は、金髪碧眼の人だもの。その方とは永遠の幸せが続くはずよ。ルルちゃんの本当の王子様だもの」
「……そうなのかな?」
「そうだよ!」
「そっか。ありがとう、ネネちゃん。そう言ってくれるとすごく嬉しい」
ルシールが嬉しそうに笑ってくれて、ネネシーも嬉しくなる。
「ねえ、ルルちゃん。二年生になってルルちゃんがセルフィシュ国に転校しても、たくさん手紙を書くからね。遠くにいても、ルルちゃんが幸せでいてくれるなら、私は寂しくても我慢できるもの。ルルちゃんも手紙を書いてね」
「うん。たくさん書くね」
そう話して二人で笑い合った。
「今日は危ないところでしたよ」
夜。エルノノーラがカルヴィンに、今日の学園の様子を報告した。
「何があったんだ?」
「ルル様の婚約を話して、あの爽やか野郎も友人達も婚約はアッサリと信じてくれたんですけど。
その友人が、珍しくなかなか良いことを言いましてね。
『金髪碧眼の人がルル様の運命の人だ』と、『その者とは永遠の幸せが続く』んだと言い当てたんですよ。
危なく、それはまさに私の事だと名乗り出そうになっちゃいましたよ。
せっかく順調に噂を流しているのに……ついうっかり私がルル様の真の相手だと話しそうになってしまいました。
――しかし、あの友人は良い奴だったようですね。これからはあの友人からの手紙は、ルル様に届けてやろうと思います」
喜びを噛み締めるエルノノーラに、ライナートがスッと書類を差し出した。
「エルノノーラ、この書類のここ。間違ってますよ」
早速ルシールと揃えた、左手の婚約指輪がよく見えるように、指輪をはめた指で間違いを指摘する。
「そうですか。ご友人は金髪碧眼の者がルシール嬢の運命だと話していましたか。永遠の幸せが続くと。……なるほど」
――静かな呟きも忘れない。
「……カルヴィン王子。ルル様がメイデン学園に通わなくなるまで待たなくてもいいかもしれません。あの爽やか野郎も諦めた事だし、目的は果たされました。婚約は即解消しましょう」
ワナワナと手を震わせて殺気を込めて訴えてくるエルノノーラにカルヴィンはウンザリした目を向ける。
「婚約の目的は噂を消すためだろう?エルノノーラ、騒ぎを起こすなよ。婚約はよほどルシール嬢が望まない限り、「仮」だ。あの夜話し合ったはずたろう?ライナートもそこを忘れるな」
「「当たり前ではないですか」」
妙なところで気が合ったように言葉を返す側近達に、『自分勝手なお前たちほど信用出来ないものはないな』とため息をつく。
セルフィシュ国の実権を握るカルヴィン王子は、『結婚を見据えた婚約だ』とルシールには説明しながら、裏では勝手に『仮婚約』とする、身勝手な国の代表者として相応しい人物なのだ。




