76.誰の乙女ゲームの世界なのか
「じゃあルシールちゃんの婚約者には俺がなるよ!」
カルヴィンとルシールのやり取りを眺めていたレオが立候補する。
「え、レオ様はノノちゃんの婚約者でしょう?婚約者様や恋人さんがいる方はお断りします」
「え〜〜。俺、ルシールちゃんとも婚約したいのに」
「ダメです」
「もう、ルシールちゃんの条件、厳しすぎない?」
ルシールのハッキリとした断りに、レオは不満そうな顔になる。
「そうだな。誰も思いつく者がいないなら、いくつか条件を上げたらどうだ?全て当てはまる者はいなくても、一番多く当てはまる者を選べば理想に近い者になるのではないか?」
「条件……そうですね。婚約者さんや恋人さんがいない事と……」
うーーんとルシールは考える。
その問いかけは、もう自分に婚約者など出来ないだろうと思い込んでいたルシールにとって、考えてもみなかった質問だった。
「何かないのか?まあ、周りを黙らせるくらいの社会的地位は必要だろうが。財力も必要だろう?」
社会的地位と財力がトップクラスのカルヴィンが声をかける。
「確かにそうですね。どこかに住む権利を持つ方でないと、私の稼ぎでは住むところを用意する事も難しいかもしれないですし。冬は森の食べ物も少なくなりますから、ある程度の財力は必要ですよね」
――望まれる財力レベルが低かった。
「やはり騎士などがいいのではないですか?ルル様をしっかりお守り出来る強さを持つ事が必要ですし」
ルシールに近づく者全てを排除する自信のあるエルノノーラが自己アピールする。
「騎士様……は確かに良いかも。騎士様だったら、私の浄化魔法もお役に立てるかもしれないし」
「外見とか性格的なところでは何かないのか?」
エルノノーラに、『ややこしくなるからお前は話に入ってくるな』と、カルヴィンはエルノノーラを制しながら声をかける。
「外見……?」
「ルル様より背が高いとか」
「身長は気にしないわ。私はちょっとぼんやりしたところがあるから、しっかりした年上の方がいいかも」
カルヴィンに邪険にされたエルノノーラは、ルシールから引き出したい『年齢』を示す条件を聞けて満足そうに頷いた。
「そうですね。ルル様には年上の方がお似合いです」
――「私のように」と心の中で言葉を付け足しておく。
「まあまずは男性である事は必須条件だろう」
「?……当たり前ですよね?」
「そうだな」
カルヴィンも満足そうに頷く。
「性格は、優しくて穏やかな方が好きです。お互いを尊重出来るような方だったら、それが理想ですね」
恥ずかしそうにルシールが人柄の理想を述べる。
「では、『婚約者や恋人がいなくて』、社会的地位と財力を持っていて、『年上』の『男性』の騎士であり、優しくて穏やかで、お互いを尊重できる者が婚約者としての条件ですね」
ライナートがまとめる言葉に、それぞれが一つだけ越えられない条件を持つ執務室のメンバー達がいた。
「そんな方いないですよね」
ふふふとルシールが恥ずかしそうに笑う。
「そうですね、私くらいの者でしょうか。あ、私は文官ですが、剣も持てますから。前にお話しましたが、騎士でもあるのですよ。
では、私が婚約者になりましょう。婚約指輪は後日用意しますね」
「え、あの。ライナート様?……婚約者ですよ?」
「何か条件が外れていましたか?」
「あ、いえ。条件は………あ。全て当てはまってますね」
「では問題ないですね。よろしくお願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします……?」
あまりに突然の流れに混乱してしまったが、どうやら婚約は成立したようだった。
「婚約者はライナート様です」と混乱するままにカルヴィンに報告すると、「とりあえず今日は解散だ」とルシールは部屋に戻された。
部屋に戻ってからもルシールは、その日は上手く考えられずぼんやりしたまま過ごしてしまったが、一晩経つと落ち着いて昨日の事を考える事が出来た。
『私がライナート様の婚約者になるなんて』
いまだ実感はわかないが、ルシールには勿体無いくらいの素晴らしい人だと思う。
街へのお出かけも楽しかったし、勉強もいつも分かりやすく丁寧に教えてくれる。レオの動くお土産からも、いつも守ってくれていた。
結ばれた婚約が「仮」ではなくて本当のものならば、これからのライナートとの時間を大切にしたいなと思う事が出来た。
そんな風に考えていると、自然と婚約を受け入れている自分に気がついて、少し恥ずかしくなってしまった。
ルシールの乙女ゲームはすでに終わったものだと思っていたが、ネネシーと同じように、以前の婚約破棄は間違いだったのかもしれない。
『ここは乙女ゲームの世界だけど、私の本当の乙女ゲームは、婚約破棄のない世界だといいな』
――そんな風に思えた。
少し緊張しながら執務室に向かうと、すでに皆が揃っていて、レオ以外の皆は少し疲れて見えた。
「おはようございます。あの……みなさん昨夜はあまり眠れなかったのですか?」
朝方までエルノノーラにごねられて、さすがに疲れを見せたカルヴィンが挨拶に応える。
「おはよう。昨日は遅くまで話し合いがあってな。
ルシール嬢。確認をするが、昨日のライナートとの婚約の件に異論はないか?」
カルヴィンからの問いかけに、ルシールは朝早くに確認した自分の気持ちを素直に伝えた。
「はい。一晩経って落ち着いて考えてみましたが、とても良いお話だと思っています。もし、ライナート様のお気持ちが変わらなければ、婚約を受けさせていただこうと思います」
「気持ちは変わりませんよ」
「では……改めまして。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
なごやかに続く会話に、エルノノーラは内心叫び出したいくらいの怒りを抱えていた。
一晩ごねてみたが、状況は変わらなかった。
確かにエルノノーラにとってのライナートは、『自分より人格の劣る者』だが、昔からの天敵でもある。
愛するルシールを渡したくはないが、ルシールがライナートとの婚約を受け入れるならば、表立って敵意を表す訳にはいかない。
――そういう事は、裏でやるものなのだ。
イライライライラしていると、いつの間にかルシールがエルノノーラの目の前に立って、自分を見上げていた。
「ノノちゃん、少し疲れて見えるわ。お仕事大変だったのね。隈があってもノノちゃんは可愛いけど、ちゃんと早く眠ってね」
エルノノーラの目元に手をかざし、微弱な治癒魔法をかけて隈を消してあげる。
「ルル様……!!」
「お疲れさま」
そう言いながら、微弱な魔法で一生懸命に癒しの魔法をかけてくれるこのシチュエーションは、前世からのエルノノーラの夢だ。
『ルル様は何度私の胸を撃ち抜くのだろう……!!』
ルシールが可愛過ぎて苦しいくらいだった。
『やはりこの世界は、私の乙女ゲームの世界だったか』と、何度目になるか分からない再確認をさせられる。
『まあいい』
ライナートとの事は、ひとまず受け入れる事にした。
この世界がエルノノーラの世界ならば、ライナートはしょせん脇役の存在だ。
「運命で結ばれる者を邪魔する者」という悪役は、どんな物語にも出てくるものだ。
自分とルシールの運命を邪魔しようとするライナートは、最後には私に断罪される者だろう。
そう考えて、エルノノーラは憐れみの目をライナートに向けてやった。
散々ルシールとフィナンの邪魔をしてきたエルノノーラは、自分の事は棚にあげることができる、セルフィシュ国らしい人格を持った者だった。




