65.学園に行きたくない理由
執務室に戻ったライナートは仕事を始め、ルシールは執務室の片隅に作られた砂場で、攻撃魔法の練習を始める。
外に出た事が良い気分転換になったのか、ルシールの中に新しいアイディアが生まれた。
ピョンと小さく飛ぶ泥兎の耳は、大分短くなってきた。今は猫くらいの耳の長さまで縮める事が出来ている。かなり蛙に近づいたと言えるだろう。
『それなら次は』と、新しい魔法を試してみる。
三羽の兎を、一匹の大きな兎にまとめるのだ。
グッと集中して作る兎は、三羽以上の大きさが出た。
――土と兎の相性が良いのかもしれない。
『もっと。もっと、ずっと大きく!』
ムクムクと少しずつ兎が大きくなっていく。
『猫を越えたわ!完成よ!』
技が決まった達成感で顔を上げると、カルヴィン達は帰ってきていて、エルノノーラが涙ぐんでルシールを褒め讃えてくれた。
「ルル様!なんて……なんて素晴らしい!!」
――どうやらエルノノーラに、カッコいいところを見せられたようだ。
大きい泥兎がブルンブルンと揺れている。
とても重そうで、なかなか迫力がある姿だと言えるだろう。
「お帰りなさい、カルヴィン王子様、ノノちゃん。兎を大きくしてみたの。蛙にするのはこの先の課題ね。
これが飛んできたら、すごくダメージを受けそうじゃない?見ててね」
ビュッ!と泥兎を鋭く飛ばすイメージをして、魔法を込める。
「……うぅ」
重すぎて泥兎が動かない。
水を含んだ土はとても重いのだ。
ううう……と唸りながら、ピクリとも動かない泥兎の後ろに立つルシールを、透明な仕切りを挟んで皆が眺めていた。
大きな攻撃用泥兎を作ったはいいが、全く動かすことが出来ないルシールに、妄想聖女信仰に厚いエルノノーラは、涙を流しながら熱い視線を送っている。
そんなエルノノーラを、カルヴィンは冷静な目で眺めていた。
やりたくもなかったカルヴィンの護衛を言いつけられて、超絶不機嫌だったエルノノーラは、他国の要人達を容赦なくぶちのめしていた。
本当に彼等が後に危険人物となり得る者だったかは、カルヴィンさえも分からない。
カルヴィンさえも手を焼くエルノノーラの機嫌の悪さだったが、どうやらルシールの姿を見て機嫌を治したようだ。
はあはあはあと膝に手を置いて泥兎に降参するルシールは、確かに微笑ましい。
『執務室に土多めの砂場を作ったのは正解だったな』
――出来る王子の判断に間違いという文字は無かった。
「はい。こちらがカルヴィン王子様に。一度に食べると虫歯になるから気をつけてくださいね」
はい、とカルヴィンに飴の入った瓶を手渡す。
「……ありがとう」
お子様扱いされたカルヴィンが飴を受け取って礼を言う。
「はい。これはノノちゃんに。ノノちゃんの目の色みたいな綺麗な青色リボンなの」
はい、とエルノノーラにリボンを手渡す。
「こんな素敵なお土産を……!ありがとうございます!」
エルノノーラが輝く笑顔でお礼を伝える。
「お帰りなさい、レオ様。はい、これはよかったら落書き用に使ってください」
黒地にキラキラ光るラメが散ったペンを、はい、とレオに手渡す。
「ありがとう、ルシールちゃん!エルもルシールちゃんもいないから、つまらなくて帰って来ちゃったんだよ」
攻撃魔法訓練を終えてお土産を配ろうとしていたところに、勇者レオが移動ドアから姿を見せた。
どうやら午後の授業はサボって帰ってきたらしい。
「今日の午後は、剣の実践授業じゃなかったですか?レオ様なら大活躍されると思うのに」
「うーん。でも本当に切っちゃダメなんだろう?なんか難しくない?」
物騒な言葉が帰ってきた。
これは授業に参加してはいけない者の言葉だろう。
「あ、はい。そう……かな?……あ。レオ様の持って行った動くお土産はどうされましたか?」
「お土産?ああ、あれなんかすごくみんな喜んでたよ。なんか腐らない液に漬けて、教室の後ろに飾ってたな」
教室の後ろ。
それはルシール達の席の真後ろだ。
「………」
明日も登校拒否が確定してしまった。
暗い顔で俯くルシールを見て、『やはり言わないと分からないか』とカルヴィンがレオに忠告する。
「勇者レオ。その液漬けの魔物が飾られている限り、ルシール嬢は学園に通えないと思うぞ」
「え?」
「そんな物が飾られた教室なんて怖くて行けるはずがないだろう?」
「はあ?」
『そんな馬鹿な事ないよね?」と笑いながらルシールに声をかけようとしたレオは、暗く俯くルシールを見て顔色を変える。
「そうだよな!本当にミサンダスタン国の奴等は趣味悪いよな!俺だって魔物の死体を液漬けで飾るなんて、どうかしてると思ってたんだぜ?あんなの、新鮮なうちしか価値ないだろう?怖い奴等だな、ちょっと行って片付けてくるよ」
そう話すと、レオ急いで移動ドアを開けて学園に向かって行った。
ふうとルシールは息を吐き出す。
もう二度とメイデン学園に通えないかと思ったが、カルヴィンも一緒に魔物の液漬けを怖がってくれたお陰で助かった。
顔を上げるとカルヴィンと目が合ったので、『安心してください』という思いを込めて、カルヴィンを慰める。
「カルヴィン様、大丈夫ですよ。教室に魔物の液漬けなんて置いてあったら、誰だって怖くて教室に入れなくなっちゃいます。私だって怖かったくらいなんですよ。
普通はそんな危険なものは飾られてないですから、学園に通う時は安心してくださいね」
「………そうか?」
「はい。怖いのは普通ですよ」
「……そうか」
カルヴィンに優しく声をかけるルシールに、『今日のルル様も相変わらず愛おしい』と、エルノノーラは満足そうに頷いた。




