63.絶賛登校拒否中
今日のルシールも絶賛登校拒否中だ。
『ズル休みなんてよくない』
そう思っているし、ルシールは今日こそは学園に向かうつもりだった。
だけど勇者レオが、「今日はみんなのリクエストの魔物を持っていくんだ」と、重そうな何かが入っている袋を嬉しそうに掲げた瞬間―――今日も欠席を決めた。
どの魔物の、どの部分をリクエストされたというのか。
きっとルシールが知ってはいけない世界だ。
何かを言ってほしそうにチラチラとルシールを見るレオだったが、ルシールは頭が真っ白になって、そんな視線には気付けなかった。
「キョウモ、オナカガイタイノ……」
なんだかそんな事を言った気がする。
ルシールが気づいた時には、学園に一人向かったレオを扉の向こうに見送っていた。
扉を見つめ静かに佇んでいるルシールに、カルヴィンが声をかけた。
「今日はエルノノーラに護衛を頼みたいんだ。ちょっとエルノノーラを借りれるかな?」
「無理ですね」
エルノノーラが即答する。
「ルシール嬢、今日は天気も良いし、少し外に出たらどうだ?森カフェでも、街へ森カフェの参考になるものを見に行ってもいいだろう。ライナートを護衛に付けるから、好きに過ごすといい」
「ライナート様に護衛なんて出来ませんよ」
エルノノーラは即答する。
「ライナート、戻るまでルシール嬢の護衛を頼む。なるべく早く帰るつもりだ」
エルノノーラの言葉を無視して話を進めるカルヴィンに、エルノノーラが猛抗議を始めた。
「ちょっと、カルヴィン王子!ライナート様に護衛なんて出来るわけがないでしょう?こんな他人に無関心野郎に、私の大事なルル様は託せませんよ!
私なんて夜寝る時まで、手を繋いでお守りしているのですからね!」
荒ぶるエルノノーラに、カルヴィンはウンザリした目を向ける。
『そんなお前に取り憑かれているルシール嬢が気の毒だからだろう……』
――そう話すとうるさく騒ぐのが目に見えているので、決して口に出す事は出来ない言葉だった。
今回の指令は、ここぞとばかりにルシールにベッタリまとわりつくエルノノーラから、束の間でもルシールを解放してやりたいとの配慮からのものだった。
「とにかく今日の護衛はエルノノーラに頼みたい。なるべく早く戻れるようにするから大人しくしておけよ」
カルヴィンがエルノノーラを宥める言葉をかけると、ライナートも言葉を重ねてきた。
「カルヴィン王子の護衛はお任せしましたよ、エルノノーラ。ルシール嬢は私がお守りしますから安心してください」
エルノノーラを煽るための言葉をわざわざかけてくるライナートにも、『この男も面倒な奴だ……』とカルヴィンは厄介な側近達に囲まれる自分を憂いた。
荒ぶるエルノノーラのお守りをするのは、自分なのだ。
カルヴィンと、怒りに燃えるエルノノーラが出ていき、静かになった部屋でルシールがライナートに声をかけた。
「あの……なんだかすみません。私はここで本を読ませてもらうので、護衛は大丈夫ですよ」
「ああ、私の仕事への気遣いは不要ですよ。今日の仕事の目処は付いていますし、大丈夫です。
こうして指令でもない限り、なかなか落ち着いて休めないですからね。ちょうど良かったです。
どうしましょうか?森カフェに向かってもいいですが、今日は客が私だけになりますし、どこかへ出かけてみませんか?」
毎日忙しそうなライナートが、仕事の手を止める事は多分「大丈夫」ではないだろう。
だけど確かに指令でもない限り、ライナートは休む事が出来ないようにも思われた。
なのでその申し出をルシールは素直に受ける事にする。
少しでもライナートの気分転換になればいいなと思いながら尋ねる。
「お城の外はよく知らないので、場所はお任せしてもいいですか?」
「そうですね……」
ふむ、とライナートは考える様子を見せる。
「いつも向かうのは静かな森ですし、少し街を歩きますか?以前のカフェ辺りは貴族街になりますが、もう少し進むと庶民街のほうに繋がります。色々な屋台などもありますし、セルフィシュ国の暮らしぶりが見える場所ですよ」
庶民街。
それはルシールにとって馴染み深い街だ。
ギリギリ貴族のルシールは、高級なお店は気後れしてしまう。
ネネシーはクレイグと買い物に行くようになって、そんなお店にも慣れてきたようだが、ルシールにとっては今も遠い世界だし、行ってもきっと何も買えないし落ち着かないだろう。
それを分かっての提案だと思うと、その気遣いにも嬉しくなる。
「はい。すごく行ってみたいです。セルフィシュ国の屋台、とても楽しみです」
そう言ってライノートに笑顔を向けた。
ルシールの想像していた庶民街の屋台。
勇者レオが街を通った時のお土産として、串刺しのよくわからない肉や、炙った干物みたいなものを持って帰ってくるので、そこは活気ある市場のような街だと思っていた。
だけど案内してくれた街は、そういった生きる賑わいに溢れた街ではなく、綺麗な石畳が続く可愛い街並みだった。
石畳沿いに並ぶ屋台は、屋台というより可愛い雑貨店のような雰囲気のお店たちだ。
「意外です。こんな可愛いお店で、レオ様は街のお土産を買ってきてくれていたのですね。もっと市場みたいなお店かと思ってました」
ルシールが街並みを見て驚いた声を出す。
「勇者レオのよく行く店は、違う通りのものですよ。そちらはルシール嬢が苦手な物がたくさん吊るしてあったりするので、行かない方がいいでしょう」
「あ。そうでしたか……」
吊るしてある苦手な物は、きっと想像しない方がいい姿をしている物だろう。動物なのか魔獣なのか魔物なのか。
『見ただけで泣いてしまう物かも』と、情けなく思いながらもそれ以上話を追求しない事にする。
沈む様子を見せたルシールを見て、ライナートが口を開く。
「怖いと思う事を気にしなくてもいいですよ。魔王討伐に挑める勇者レオは、常人とは違うところにいる者ですから。怖がる者も多いですしね」
「怖がる人も多いのですか?」
『レオ様が手に持つ物を、自分だけが怖がってるんじゃないんだ』と安堵するルシールに、『笑顔で魔物を切り刻む勇者の狂人ぶりに怖がる者は多いだろう』とライナートは頷く。
「結局は一番怖いものは『人』ですから」
言葉を付け足しながら、妄想聖女狂いが恐ろしいくらいの護衛を思い浮かべる。
「ですから怖い時は、怖いと伝えても大丈夫ですよ。慣れたつもりの私でも恐怖を感じる時はありますから」
「……ありがとうございます」
レオの動くお土産に怖がる様子を見せた事などないライナートが、『恐怖を感じる』とまで言ってくれる気遣いに、ルシールはお礼を伝えた。
エルノノーラやレオはライナートを「冷酷な人」と評しているが、ルシールにとってのライナートはやっぱり優しい人だった。
『ライナート様は知るほどに優しい方だわ』と、ルシールは少しの勘違いを持ちながら、意外にも話しやすいライナートとの街歩きを楽しむ事にした。




