61. 勇者レオは人気者
「勇者レオ様の魔物討伐記録、とても素晴らしいですね」
「私も拝見させていただきましたが、とても興味深いものでした」
「え?本当?なんかみんな俺の漫画、喜んでるよね」
「他にはどのような魔物と対峙されてきたのですか?」
「そうだな〜」
フィナンとクレイグが勇者レオに声をかけ、お昼休みの貴賓室でも男子達の会話に花が咲く。
そう。昨日ルシールが投げだした、レオのパラパラ漫画付きの教科書は、三人が教室を出た後に拾われて、その討伐の流れを見た者達に絶賛されていた。
ミサンダスタン国では、魔物の出現は滅多にない。
たとえ魔物が出たとしても国の特殊部隊が対応するので、どんなエリートだったとしても魔物を知る機会などはほぼないのだ。
それは民衆を混乱させないように、国が魔物の情報を隠蔽するからだった。
だから勇者の与えたわずかな情報でも、エリートの卵騎士にとっては貴重な情報として歓迎されていた。
今朝教室に入った時からレオは生徒達に囲まれて、魔物討伐の物騒な話で盛り上がっている。
勇者レオの隣の席のルシールは、盛り上がる話がそのまま聞こえてしまうので、怖くてしょうがなかった。
「話さないで」
そう言いたいが、期待でキラキラした目を勇者に向ける生徒達を見ていると、そんな言葉は口に出せなかった。
皆に取り囲まれる勇者も楽しそうにしているし、ルシールはひたすらどこかに意識を飛ばすことしか出来なかったのだ。
『今度の休みは久しぶりにカフェを開いて、何か新しいものを作ってみようかしら』
『もう少し飲み物を充実させた方がいいよね。……そうだわ。フルーツティーをまだ試作してなかったわ』
そう必死で思考を飛ばすのだが――やはり会話は聞こえてきてしまう。
そっと隣の勇者集団の様子を窺うと、勇者を取り囲む生徒達は、男女を問わずほぼ全員だということに気づいて、ルシールは落ち込んだ。
『魔物を怖がるのは女子だから』
その免罪符は、ただの言い訳だという事を突きつけられた。
騎士であるならば――いやきっと魔法使いであっても、魔物の絵などを怖がる者などいないのかもしれない。
レオの動くお土産話も、みんな興味深そうに聞いている。
もしかしたら魔物の体の一部なんかは、怖がる物ではなく楽しむ物なのかもしれない。
『ルシール・オルコットは、魔法科と騎士科の落ちこぼれ』
その事実がルシールにとても刺さっていた。
やっとお昼休憩に入って、クラスの皆の会話から逃れられたと思ったら、また魔物討伐の話題だ。
だけどこの部屋にはネネシーがいる。
ネネシーが怖がる事があれば、クレイグが話題を止めるだろうと、ルシールはなるべく明るい声を出して、男達の話題に口を挟んだ。
「勇者レオ様、ネネちゃんが怖がる話になると思うので、その辺で止めておきませんか?」
ルシールのネネシーへの気遣いを感じて、クレイグがルシールに優しい目を向ける。
「ルシール嬢、ネネシーを気遣ってくれてありがとうございます。だけどネネシーの事は僕がしっかり守るので大丈夫ですよ。……ネネシー、怖いなら手を繋ぎましょう。これで大丈夫でしょう?」
「……はい。クレイグ様……」
顔を赤くしてクレイグを見つめるネネシーは、クレイグがいれば魔物の話は大丈夫のようだった。
――ネネシーもルシールの助けにならなかった。
ビー。ビー。
エルノノーラの通信機が鳴る。
「はい。……わかりました。すぐ戻ります」
簡潔に返事をしたエルノノーラが、ルシールに声をかける。
「すみません。ちょっとカルヴィン王子に呼ばれたので戻ります。ルル様、護衛を離れる訳にはいかないので、一緒に戻ってもらえますか?」
「うん。こんな時間に呼び出しなんて急用かも。急ごう!」
ガタンと急いでルシールは立ち上がる。
『助かった!』
自然な形でこの怖い場所から逃れられる事が出来た。
「レオ、お前はゆっくりしたらいい。すぐ戻るから」
「分かった。俺はここに残るよ」
「では失礼しますね」
レオと皆に挨拶をして、ルシール達は急いで部屋を飛び出した。
学園を出て、周りに誰もいない事を確かめて、ルシールはエルノノーラに話しかけた。
「カルヴィン様の急用、悪いことじゃないといいね」
「通信機の呼び出し音は、私が音を鳴らしただけですよ。話を切りたい時に使える便利な機能でしょう?
……大丈夫ですか?今日はこのままもう帰りましょう」
ルシールを心配そうに見るエルノノーラに、呼び出し音でルシールをあの場から助けてくれた事に気がついた。
「ノノちゃん……ありがとう。……ごめんね」
エルノノーラの気遣いと、自分の不甲斐なさに涙が出る。
「大丈夫ですよ。怖いなら手を繋いで帰りましょう。
……これで大丈夫ですか?」
そっと優しく手を繋いでくれたエルノノーラの手を、ルシールはきゅっと握り返す。
「ノノちゃんがいてくれて良かった。……ごめんね。もっと強くならないとね」
涙で濡れた目でエルノノーラを見上げるルシールに、エルノノーラは心臓を撃ち抜かれる。
『これだけ一緒にいるというのに、いまだこんなにも心を震わされるとは……!』
「弱くて自信がない様子を見せるヒロイン」は、エルノノーラの前世からの理想だ。強くなる必要などない。
「ルル様はそのままでいいのですよ。いつでも、いつまでも私が側に付いていますから」
カルヴィンでさえ恐怖に陥れそうな言葉を、エルノノーラは優しい声でルシールにかける。
ルシールと握った手に、もう少しだけ力をこめて握るエルノノーラは―――クレイグからのモテテクを確実に取り入れていて、カルヴィンの護衛まで上り詰めた優秀さをここでも発揮させていた。
今も貴賓室で討伐話に花を咲かせる勇者レオは、今日は二人が学園に戻ることはないという現実を、まだ知ることは出来ない。




