60.レオの画力
「ルシールちゃん、見てよこれ」
授業中、隣の席のレオがルシールに小さな声で話しかけて、レオの教科書を差し出した。
「教科書がどうかされましたか?」
ルシールも小さな声で返す。
「右側のページの端っこ見て。こうやってパラパラってめくってよ」
レオがパラパラパラと隅の方だけ教科書をめくるゼスチャーをする。
ルシールがレオの教科書に目を落とすと、右端にレオの書いた魔物の絵が描かれていた。
大きな目の、気持ちの悪い魔物の絵だった。無駄に絵が上手い。
パラパラパラパラと教科書をめくっていくと、魔物の絵が動いて見える。触手のようなものが伸びたり、なんか毒のような物を吐き出している。
――無駄にリアルな動きを見せている。
途中で聖剣の絵が加わり、剣が魔物を切る。
ぶしゃあっと血が飛び散ったところに、更に切り付ける。切って切って、最後に目玉を持つ手が描かれて終わっていた。
――お土産ストーリーだった。
「ヒッ………!」
ルシールは思わず教科書を手放して、ガタン!と席を立ち上がってしまった。
ぶるぶる震えるルシールを庇いながら、エルノノーラが勇者レオを殴り飛ばした。
ガシャン!と、教室の後ろのロッカーまで飛ばされたレオと、恐怖に震えるルシールと、怒りに震えるエルノノーラに、教師が静かに告げた。
「そこの三人、今日はもう帰りなさい」
教室を追い出された三人はセルフィシュ国に帰り、事の流れを聞いたカルヴィンに、レオとエルノノーラは騎士団の掃除を罰則として言いつけられた。
レオのパラパラ漫画が怖すぎて一人でいられなかったルシールは、やっぱりカルヴィンの執務室のソファーに座って本を読んでいる。
『怖い』
ルシールは本を読みながらも、レオのパラパラ漫画を思い出してしまっていた。
すごくリアルな絵だった。お土産が出来上がるまでの工程を映像で見たかのようだった。
怖くてドキドキしていると、スッとライナートが立ち上がり、部屋を出て行こうとする様子を見せた。
今はちょうどカルヴィンも席を外していていなかった。
『一人になってしまう!』
思わずルシールも釣られて立ち上がる。
立ち上がったはいいけど、声をかける事は出来なかった。「怖いから一緒にいてください」なんて言って、王子の側近であるライナートの仕事の手を止めるわけにはいかない。でも怖い。
葛藤するルシールを見て、ライナートが声をかけた。
「……書類を財務部に届けに行くだけですが、一緒に来ますか?」
「はい」
付いていく許可をもらえてホッとして、ルシールはライナートの後を歩いた。
「ライナート様。休み明けの試験勉強にお付き合いいただいて、ありがとうございました。
昨日、秋休み明けのテストの結果が返ってきましたが、クラスの中ではそれほど悪い結果じゃなかったみたいです。今回のテストはかなり難しかったようで、みなさんもあまり解けなかったみたいなんですよ」
話しかけたルシールに、ライナートが頷く。
「そうですか。それは良かったです。騎士の試験は、だいたいどこの国も同じようなものでしょうからね。ルシール嬢は剣士を目指しているわけでもないですし、テストの要点だけ絞って学べばいいと思います。また何かあれば声をかけてください」
「ありがとうございます」
「そういえば、勇者レオはどうでしたか?テストは全然だったと話していましたが」
「……レオ様は残念ながら最下位のようでした。だけどレオ様は実績がありますから。テストがダメだったからこそ、生まれ持った才能に皆さん敬服していたようですよ」
「まぁ彼は常人には辿り着けない所にいますからね。型にはまらない剣の才能だけは認められるものだと思っています。
エルノノーラは要領がいいから、それなりの成績を取っていたでしょう?」
「はい!ノノちゃんは、フィナン様と並んでトップでした。可愛くて強くて、更に賢いなんて、本当にノノちゃんは素敵ですよね!」
ルシールは、エルノノーラの話題に元気に返事を返す。
輝く笑顔で「素敵ですよね!」とルシールに言われても、『要領が良いだけの変人』とエルノノーラを評するライナートは、頷けない話題に話をそらした。
「フィナン様とは、この前この国に来られた方ですよね。学園では一緒に過ごされているのですか?」
「そうですね。お昼は一緒に食べていますね」
「……そうなのですか?」
「はい。フィナン様と、ネネちゃんとネネちゃんの恋人さんと、ノノちゃんとレオ様と、6人で食べていて、とても賑やかなんですよ」
「ああ、そうですか。それはうるさ……賑やかで楽しそうですね」
「はい。とっても賑やかですよ」
お昼はいつも騒がしいエルノノーラとレオを思い出して、ふふふとルシールは笑った。
エルノノーラとレオは、ライナートの事を「神経質で陰湿で冷酷だ」と評するが、ルシールが見るライナートは穏やかで優しい人だ。
とても細やかにルシールに配慮してくれるし、落ち着いて話が出来る。更に勇者レオの恐ろしいお土産からも、守ってくれる人だった。
以前ネネシーへのお土産を買いにライナートとお出かけしたルシールは、「ライナートとは意外と過ごしやすい」という事に気づき、あれから何気ない会話も気軽に出来るようになっている。
書類を届けに行った財務部までの往復の距離は、意外と短く感じられた。




