58.転生者同士
「ルルちゃん、放課後のお手伝いは毎日じゃないんでしょう?魔物討伐はお休み中だから―」
「え?休みじゃないよ。毎日学園終わった後に討伐してくるよ」
ネネシーがルシールに話しかける言葉を聞いて、勇者レオが口を挟む。
「毎日……?」
「『どこでも繋がっちゃうドア』があるから、放課後はいったんカルヴィン王子の執務室に戻って、そのまま俺だけ森へ行くんだよ。学園の日はルシールちゃんのお店は休みだしね」
「どこでも繋がっちゃうドア……」
ネネシーはそのドアの意味するものに気づく。
勇者レオの話す『どこでも繋がっちゃうドア』とは、きっと『移動ドア』の事だろう。
移動ドアという魔道具の存在は、クレイグに聞いたことがある。世界に数台しかないというその貴重なドアは、どうやらセルフィシュ国も所有しているようだ。
だけど肝心な事は、そんな事ではない。
『移動ドア』と同じ用途を持つ、前世のあの国民的アニメの『どこでも繋がっちゃうドア』。
あのドアの事を知っているという事は、勇者レオはネネシーと同じく『転生者』だ。
ここで大きなリアクションを取ってしまえば、勇者レオに自分も転生者と気づかれてしまう。
――それはなんだか、とても面倒くさい事になるように感じられた。
だからネネシーは、サラリと勇者の言葉を流してみる。
「そうですか。移動ドアは王子様の執務室経由で森へ続くのですね」
――なんてことないように答えてみせる。
二人のやり取りを見ていたルシールが、おずおずとレオに話しかける。
「あの……レオ様。移動ドアは機密事項ではないのですか?」
「え、なんで?」
レオが不思議そうに尋ねる。
「移動ドアがカルヴィン様の執務室に続いているなんて、そんな話が知られては大変です。もちろんこの部屋にいる方は信用できる方ですが、どこでも話していいお話ではないかと……。
もし悪い人に知られてしまったら、カルヴィン王子様が危険です」
「危険?」
「危険はないですよ、ルル様」
何が?と言いたげなレオと、エルノノーラの言葉が重なる。
「知らない者が扉から入ってきたら、片付ければいいだけです。急所を狙えば、ペンひとつあれば十分かと」
「……ペン?剣じゃなくて?」
「ペンです」
意味が分からないという顔を見せるルシールに、『私のヒロインは何て超絶清らかなんだ!』とエルノノーラが感動で震える。
『ちゃんと説明をしなくては』と、ルシールに微笑みながら丁寧に説明をした。
「執務中なら、剣を抜くよりペンが手っ取り早いですからね。眉間などの急所を狙えば、ペンひとつで十分でしょう。
しょせん文官野郎のライナート様でも、そのくらいは出来ますよ。あの神経質な野郎は、「ペンが歪んだ」とかすぐ文句を言うような、小さい男なんですけどね」
優しい声で説明してくれるエルノノーラの言葉が物騒だった。
『あまり深く考えないでおこう』と、ルシールは聞いた話を追求しないようにする。
「そう……。それならカルヴィン様も安心ね。ライナート様、そんなに強い方だったのね。知らなかったわ」
「ライナート様は性格の悪さが最強なだけの男ですよ。魔物が出ても、自分は動こうともしないで「行け」と顎で指令を出すような、ものぐさ野郎です。
服が汚れるのを厭んで、カルヴィン王子が剣を抜くのさえ待ってるんですから。腕が多少あっても、剣を使い渋るケチ野郎なんですよ」
エルノノーラは必死にライナートを陥していく。
「ネネシー、僕の前で他の男のことを褒めないでほしい。妬いてしまうでしょう?」
「クレイグ様……」
先ほど見せつけれくれた溺愛カップルのやり取りを、『鬱陶しい』と冷めた目で見ていたエルノノーラだった。
だけど溺愛するルシールが、他の男を褒めることは耐えられなかった。
ルシールがカルヴィンを心配する事が嫌で、彼の安全を主張して、ライナートを褒めさせる結果に繋がってしまった。
エルノノーラは自分の失態に内心舌打ちしながら、鬱陶しいほどにライナートを貶める。
「そう。ライナート様、いつも落ち着いているものね」
ふふふとルシールは、微笑ましそうにエルノノーラに微笑む。
好き勝手に言える仲は、とても仲が良いからだとルシールは信じていた。
『これだけ結束が強いと、カルヴィン王子様も安心ね』
仲がいい討伐仲間達を嬉しく思う。
「ルシールちゃん、カルヴィン王子はわざと『どこでも繋がっちゃうドア』の情報流してるんだぜ。ちょっと悪いこと考えちゃった奴を罠にかけて、賠償金稼ぎまくってるんだから。
カルヴィン王子に目を付けられた奴等は、関係ない奴等も嫌疑をかけられて、まとめて理不尽に片付けられちゃうんだぜ。情け容赦ないんだから」
「まあ。ふふふ」
「ルシールちゃん、そこ笑うところじゃないよ〜」
フィナンとクレイグは、一見穏やかそうなやり取りの中に、不穏なものを感じていた。
『出来ることならば、移動ドアの存在など知りたくはなかった』
――心からそう思っていた。
ネネシーは三人のやり取りを寂しい気持ちで眺めている。
『あんなに好き勝手言えるなんて、きっとルルちゃんの周りにいる子達はとても仲が良いんだわ』
ルシールと同じ感覚を持ったネネシーは、ルシールが遠くに行ってしまったように感じてしまい、とても悲しくなる。
ネネシーにも、たくさんの優しい貴族の友達が出来ている。自分を慕ってくれる人はたくさんできたけれど、それでも同じ転生者という繋がりを持つルシールは、特別な存在だ。
『同じ転生者でも、レオ様はちょっと違うかも』
そう感じるネネシーは、「転生者同士だからといって、必ずしも特別に思い合う訳ではない」という事実に、知らず気がついている。




