57.理性とは
貴賓室の扉がノックされ、学食から軽食と紅茶のデリバリーが届いた。
『貴賓室にそんなサービスがあるのかしら?』
届いたデリバリーにルシールは驚いたが、それはネネシーに声をかけにいく途中で、フィナンが食堂に立ち寄って注文してくれたものらしい。
軽食はつまみやすいサンドイッチやスイーツメインだが、それでは勇者達には足りないだろうと、ガッツリ系のバーガーも用意されている。
『みんなに気を配るところがフィナン様らしいわ』
ルシールは、たくさんのスイーツについ嬉しくなりながら、ネネシーと一緒にフィナンにお礼を伝えた。
「お昼も近いしね」
とフィナンは爽やかな笑顔を返してくれる。
そんなフィナンとルシール達のやり取りに、勇者レオは鋭い目を向けている。
『お昼ご飯にオヤツも付けるとは……さすがだな。
この国の男は、セルフィシュ国の男に比べて小さいが、モテ要素は確実に上のものを持っている。
さっきからこの国のモテ技を見せつけられてるぜ…… 俺だって女の子達にお礼を言われたいのに』
――モテ設定勇者として学ぶべきところだ。
勇者レオは気を引き締めた。
美味しい軽食をとりながら、ルシールは手紙に書ききれなかったミサンダスタン国での生活を皆に話した。
『食事の間は明るい話にしよう』と、日々の取り留めのない話を話題にする。
ルシールの小さな森カフェには、常連さんと少しのお客様がいて、日替わりのお勧めメニューを出している事や、王城で分けてくれる珍しい食材や、森の中で採れる食材を使っている事などを話した。
こんな風になんでもない話をネネシーにするのは久しぶりのせいか、ネネシーも興味深そうに話を聞いてくれていた。
食事も終わったところで、メイデン学園に戻るのは、一学年の間の限定的な期間になりそうだという事を話した。
通える範囲内での登校になり、寮には戻らないで、学園近くの建物から通う事を説明する。
通学に使う移動ドアは、カルヴィンの執務室に通じている。
その秘密にされるべき場所に通じる移動ドアの話は、極秘レベルだろう。口止めされている訳ではないが、話すべきではないことは容易に判断できた。
移動ドアの事を話せないので、放課後にはセルフィシュ国に魔物討伐のために戻る事も話せない。
だから学園にいる間のルシールの生活については、
「放課後にセルフィシュ国のお手伝いもあるの」と、簡潔な言葉でしか伝えられなかった。
これからまた寮部屋で一緒に過ごせると思っていたネネシーは、ルシールの説明にショックを受けた。
「ルルちゃん、私達の部屋に戻れないの……?騎士科に行っちゃったし、授業も一緒に受けれないのに?放課後もクレイグ様のお屋敷に一緒に遊びに行けないの……?ワルツさんも寂しがるよ」
『ルルちゃんは大切な仕事をしている』
そうは分かっていても、ネネシーは寂しかった。
期間限定とはいえ同じ学園に通えるのは喜ぶべき事だが、近くにいても、ルシールの生活にネネシーの居場所が無いように感じてしまう。
『泣いてはいけない』
そう思うが、涙で目の前が曇って、思わずネネシーは俯いた。
テーブルの下でぎゅっと手を握ると――握った拳の上から、クレイグの大きな手が優しく包んでくれた。
その手の温かさに、ネネシーは救われるような気持ちになる。
『クレイグ様がいてくれて本当に良かった』
そう心から思い、安心する事ができた。
突然。
ガァン!!と勇者レオが後ろに飛ぶ。
「お前……突然何しやがる」
エルノノーラが冷ややかな目を勇者レオに向け、冷たい声を勇者に放つ。
「なんだよ!何すんだよ!手を握っただけだろ?俺だってテーブルの下でイチャイチャしたいんだよ!」
不満を言いながら、一緒に吹き飛ばされた椅子を拾いながらレオが戻ってくる。
「ルル様が話してる時に、よくそんなふざけた真似が出来るものだな。お前、もう少し品格を持てないのか?」
ほぼ初対面の他国の者がいる前で、品格なく勇者を蹴り倒したエルノノーラが冷たく言い放つ。
「品格がない」と、間接的に断罪されたクレイグは何も言えずに黙り込んだ。
蹴り飛ばされた勇者より、大きなダメージを負ったかのようだ。
クレイグの静かに動く気配で、『どうせまた手を繋いでいるのだろう』と気にもしなかったフィナンも、クレイグが気の毒すぎて何も言うことが出来ない。
『もう一つクッキーをつまもうかしら』と、クッキーに気を取られていたルシールは、レオが吹き飛ばされた事ではじめて周りの状況に気づいて――そしてエルノノーラ達を微笑ましく見つめた。
『ノノちゃんは、恥ずかしがり屋だから』
そう思いながら、ふふふと笑ってしまう。
「レオ様、皆さんの前ですよ。この前ライナート様は「セルフィシュ国の者は理性で動き、本能で動く者はいない」と国民性を話されて、それにカルヴィン様も同意されてましたよ。
レオ様はノノちゃんと同じく王子様に近い者なのですから、理性での行動を意識しましょうね」
ルシールはレオを優しく諭す。
『微笑ましい二人だけど、それでも照れ屋のノノちゃんは困っちゃうだろうし』
そんな風にも思ったからだ。
「え〜〜ライナート様こそが本能で動く奴だろう?いっつも感情で冷酷な判断するんだぜ。カルヴィン王子なんてその代表じゃん。
あいつら本当に情け容赦ないんだぜ。理不尽に酷い目に合ってるヤツ、数え切れないくらいいるんだから!」
「まあ」
ふふふとおかしそうに笑うルシールは知らない。
セルフィシュ国は、世界を代表する強大な国だ。
その頂点近くに立つカルヴィンも、その周りにいる者も、理性とは程遠い直感的な判断で周囲を抑えつけてきた。
「力が全て」「結果が全て」の国の王子は、現王の権力さえも牛耳れるくらいに裏で手を回している。
『セルフィシュ国民は、本能で動くから気をつけろ』
――それは世界の共通認識だ。
「セルフィシュ国民は理性的だ」とセルフィシュ国民が主張しても、本能で動く危険な者の前で、それに否を唱えるような愚か者はいない。
当然フィナンもクレイグも、『セルフィシュ国民が理性的』とは思っていないが、『本能で動く者はヤバい』という事は知っている。
異論があっても、口に出すことは出来ない。
『さすが私のルル様は分かっている』とエルノノーラは、微笑むルシールを熱く見つめる。
「確かに我々は理性で動きますからね」
大きく頷いて、ルシールに微笑みを返す。
「え〜〜理性だけじゃイチャイチャ出来ないじゃん。せっかくこの国にいるんだから本能で動こうぜ!」
誰も頷かない勇者レオの主張が、静かな部屋に響く。




