56.対極する恋人同士
結果はどうあれ試験は終わった。
ふうとルシールが息をはいたところに、フィナンから声をかけられた。
「ルシール嬢、帰って来たんだな。この後時間はあるだろうか?少し話せないか?」
「私もお話できないか聞こうと思ってたんです。学園の貴賓室を自由に使っていいと許可をもらっているので、そこに移動してお話しませんか?
ネネちゃんにも事情を話せてないので、私は魔法科に寄ってから行きますね」
早速魔法科に向かおうとルシールが立ち上がると、フィナンがそれを制した。
「ルシール嬢もそうだが、勇者レオ様やエルノノーラ様も一緒では、どこを歩いても目立つだろう?僕が呼んでくるよ。ルシール嬢たちは先に貴賓室で待っていてくれ」
フィナンは爽やかな笑顔を見せて、すぐに魔法科の教室に向かってくれた。
『フィナン様は本当に親切な方ね』
ルシールはフィナンの優しさを感じながら、颯爽と歩き去る彼の背中を見つめる。
いつでもルシールを熱く見つめるエルノノーラは、そんな二人のやり取りに面白くない思いを抱いていた。
『相変わらず嫌味なくらい爽やかな野郎だ。あんな完璧野郎は絶対に認めないからな』
ルシールを溺愛するエルノノーラは、ルシールに好意を向けられるフィナンに心穏やかでいられない。
「フィナンくん、相変わらず爽やかだよね。俺も真似しようかな。モテるかもしんないし」
勇者レオの言葉に、思わずエルノノーラはレオのみぞおちにドスと鉄拳を喰らわせてやった。
「痛いよ〜」と言いながらも、そうでもなさそうなレオと機嫌の悪そうなエルノノーラを、ルシールは微笑ましい思いで眺める。
『ノノちゃんはツンデレだから』
エルノノーラが可愛くて、思わずふふふと笑ってしまう。
『「可愛い女の子にモテモテな勇者」を主張するレオ様だって、軽口をたたきながらも他の女の子と一緒にいることはないし、結局はノノちゃん一筋なのよね』
最近ルシールは、そう推察している。
――実際は破天荒すぎて女の子に避けられる勇者レオは、エルノノーラにしか相手にされていないだけだが、王城にこもるルシールに、真実を知る機会はない。
『喧嘩に見せかけてじゃれあっているのが可愛いわ。本当は思い合っているのに。二人とも素直じゃないんだから』
二人の仲の良さを確信しているルシールは、お姉さん目線で『困った子ね』というように眉を下げた。
貴賓室に着いてしばらくもしないうちに、ネネシーが駆けつけてくれた。
「ルルちゃん!帰って来れたの?」
息を弾ませて嬉しそうに声をかけてくれたネネシーに、ルシールも嬉しくなる。
「うん!急に話が変わってね。みんな揃ったら説明するね。ネネちゃん、元気そうで良かった。
秋休みは楽しかった?クレイグ様の領地でも大活躍してたみたいだね。魔法科の子かな?歩きながら噂してたよ!」
『ルルちゃんは変わってなかった』
――ネネシーは内心ホッとした。
ニコニコと笑いながらネネシーに言葉をかけるルシールは、今までのルシールと変わりがないように見える。
もしかして今までの自分の言動が、『ルルちゃんを呆れさせていたかもしれない』と心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
「うん。クレイグ様も、領地の方も、みんな優しくてすごく楽しかったわ。
聞いて!ルルちゃん。あのね、クレイグ様のご家族様、みんな良い人達ばかりで、私の事も「ネネシーさんも私達の家族だ」って言ってくれたの。
討伐のお手伝いも慣れてきて、私のおかげで「領地の魔獣も壊滅状態になったから」って、領地の方がお祭りまで開いてくれたの!そこから収穫祭に続いたから、毎日がお祭りだったのよ。すごく楽しかったわ。
素敵なドレスをたくさん用意してくれたから、お祭りでは毎日オシャレしてたのよ。ルルちゃんにも見てほしかったな……
あ!ドレスはみんな、クレイグ様がプレゼントしてくれたの。「僕のお姫様」って呼んでくれて……すごく恥ずかしかったけど、すごく嬉しかったわ。
ドレスはお母様も買ってくれるって話したけど、クレイグ様が「僕だけのドレスを着てほしい」って言ってくれて………ねえ、クレイグ様って本当に素敵な方だよね。王子様みたい。
そうだ!ルルちゃんに紹介したい人がいるの。あのね、クレイグ様の従兄弟でフレッドくんって言ってね、すごくクレイグ様に似てる子なの。
ひとつ年下なんだけど、クレイグ様みたいに大人っぽくて魔法の才能があって、とても優しい子なのよ。格好がよくて―」
「ネネシー、僕の前で他の男のことを褒めないでほしい。妬いてしまうでしょう?」
「クレイグ様……」
ルシールに聞いてほしい事がたくさんあり過ぎて、ネネシーは勢いよく話していたが、いつの間にか部屋に入ってきていたクレイグに、そっと腰を引かれてネネシーは話す言葉を止めた。
ネネシーは、切ない顔で自分を見つめるクレイグを見上げて思う。
『こういうところが、クレイグ様の可愛いところよね』
ふふふと照れたように笑いながらネネシーは否定する。
「違うの。フレッドくんを褒めてるんじゃないの。フレッドくんは、クレイグ様によく似てるでしょう?クレイグ様くらい素敵な子だって、ルルちゃんに知ってほしいだけなの。もちろんクレイグ様が一番素敵だけど……」
そう話すとネネシーは恥ずかしくなって俯く。
クレイグの蕩けるような笑顔は、いつ見ても嬉しいけど照れてしまう。
「うわ、すっげ〜!見た?あれ!この国の恋人って、すっげ〜イチャイチャじゃん!いいな〜。
なぁエル、俺達もあんな風にイチャイチャしようぜ!
「レオ様が一番素敵」って言ってくれよ!」
クレイグ達を羨ましがって騒ぐ勇者レオに、エルノノーラは渾身の一撃をドスドスとみぞおちに食らわせる。
「お前……ライナート様より酷い男に成り下がったもんだな」
エルノノーラの軽蔑の眼差しを受けて、腹を押さえながらレオが切ない顔をしてみせる。
「俺のお姫様……俺の前で他の男のことを褒めないでほしい。妬いてしまうだろう?」
「黙れ!」
ガンガンガンと容赦なく勇者レオに蹴りを入れるエルノノーラを、皆が呆然と見つめる中、ルシールは微笑みを浮かべる。
『本当に仲がいいんだから』
ふふと笑いが出てしまう。
『ネネちゃん達に早く二人を紹介してあげなくちゃ』と口を開いた。
「紹介しますね。勇者レオ様とエルノノーラちゃんです。私は『ノノちゃん』って呼んでます。とても優しい良い子なんですよ。
あ、ノノちゃんは、セルフィシュ国の王立騎士団の騎士様で、私の護衛もしてくれています。こんなに可愛いのに信じられないと思いますが、第一王子様の護衛も任せられる実力者なんですよ」
ふふふと嬉しそうに笑うルシールに説明されるエルノノーラの渾身の蹴りは、とても力強い。
勇者レオだから耐えられているが、『あれが自分だったら骨折などでは済まないだろう』と分かるくらいに、実力者としての十分な蹴りを見せている。
力強い蹴りを見せるエルノノーラと、「痛いって!俺のお姫様!」と言いながらも平気そうな勇者を、そこにいる者達は黙って眺めていた。




