55.実力者の語る剣術
今日から新学期が始まる。
メイデン学園の制服を着たエルノノーラは、少し大人びた先輩といった感じでとても可愛い。
「ノノちゃん、制服すごく似合ってるね。一緒に学園に通う実感が湧いてきて、すごく嬉しい!」
ルシールは嬉しくて、エルノノーラの手を思わずきゅっと握る。
「私もルル様と学園に通えて幸せです」
ルシールに手を握ってもらえた事が嬉しくて、エルノノーラはぎゅうううっと熱く手を握り返す。
「俺は?俺も似合ってる?」
声をかけられて制服姿のレオを見ると、21歳のレオは全く違和感なく制服を着こなしていた。
普段の討伐衣装より幼く見えて、彼の性格も知っているからか、同じ歳くらいにしか見えない。
「はい。レオ様もとても似合ってますね。学園生として通っても、全然違和感ないですよ」
「本当?エルもルシールちゃんも可愛いね」
そう言ってレオが笑顔でサッと手を差し出した。
『レオ様も手を繋ぎ合いたいんだ……』
差し出された手の意味にルシールは気づいたが、そっと視線を外してスルーする。
「もう本当、ルシールちゃんってエルに似て冷たいよね」
「……勇者レオ。学園で問題を起こすなよ。ルシール嬢に迷惑をかけないようにしろよ」
ブツブツ不満を言うレオにカルヴィンが釘をさす。
「俺が迷惑なんてかけるはずがないでしょう?」
「かけてるだろう?ルル様の手を握るな」
鋭くレオに言葉を放つエルノノーラに、『お前もだろう』とカルヴィンが冷めた目を向ける。
そんないつもと変わらない賑やかな雰囲気の中、三人は執務室に置かれた移動ドアに向かった。
「行ってきます」と扉を開けると、そこはもうメイデン学園近くの建物の中だ。
扉の向こうには、セルフィシュ国の王立騎士団の騎士達が立っていた。
扉の先の移動ドアが置かれた建物は、カルヴィンが急遽買い取った物で、騎士達の厳重な警備をつけられている。
自分の登校のために多くの騎士が動いている事を申し訳なく思いながら、ルシールは立ち並ぶ警備の騎士達に挨拶をして、三人で学園に向かって歩いた。
「うわ〜恋人と登校するなんて、俺マジで勇者ゲームのヒーローじゃん」
浮き浮きと弾むレオの言葉に反応を見せないようにしながらも、ルシールはレオの言葉を考える。
『勇者ゲームって、乙女ゲームの男子版なのかな?』
ルシールは勇者ゲームの世界を知らない。
勇者ゲームの設定は謎だけど、それをレオに聞くと面倒な事になりそうなので、疑問に思いつつも聞いた事はない。
だけど普段のレオの発言から、だいたいの世界は想像出来るようになっていた。
勇者レオの言葉から推察される、レオの勇者ゲームの世界。――それは。
世界一強い勇者が、魔王を倒す旅の中で女の子にモテモテになる世界だ。
勇者は魔法を使えないが、勇者を助ける魔法使いはいる。魔法使いは、『四次元なポケット』で困っている勇者を助けて、勇者を成長させてゆくのだ。
さらに恋人と一緒に学園に登校し、部活動ではマネージャーに「お疲れさま」と言われながらタオルを渡される世界。
――よく分からない世界だった。
前世の国民的アニメ要素が含まれているし、きっと正確な勇者ゲームではないだろうとルシールは思っている。
だけどルシールだって、乙女ゲームをした事がない者だ。
ルシールは、世界設定の多少のブレには理解があるつもりだし、レオを否定するつもりはない。
――ルシールになんとなく認められている勇者の世界は、レオにとって優しい世界だった。
「魔法科Sクラスから転科する事になりました、ルシール・オルコットです。騎士科Sクラスの皆さま、よろしくお願いします」
「セルフィシュ国、王立騎士団所属のエルノノーラです。ルシール様の護衛を兼ねています」
「勇者レオだ。よろしく」
短い挨拶だったが、教室がどよめく。
世界的に有名な勇者レオと、世界的に有名なセルフィシュ国の王立騎士団の騎士。
他の生徒達から見ると、二人は制服を着ていても圧倒的な存在感を放つようだった。
皆の目が二人に向いている中、ルシールはフィナンと目が合った。
驚いた顔でルシールを見つめるフィナンに、『あとで』と声に出さないメッセージを口パクで送る。
新学期にメイデン学園に戻る事は、あまりに急に決まった事なので、フィナンにもネネシーにも事情を話せていない。
幸い今日は学期はじめなので、休み明け試験だけで学園が終わる。午後に説明する時間を作ってもらえたらと思っていた。
休み明けの試験は、騎士としての学力試験内容だったので、ルシールの一夜漬けの勉強ではさっぱり理解ができなかった。
どうやら騎士科では、学力面でも落ちこぼれ確定らしい。
回収されていく、ほぼ空欄のテスト用紙を見ながらルシールは悲しくなる。
『いくつか埋められただけ良かったかもしれない』とルシールは自分を慰めるしかなかった。
「昨日ライナート様に出そうな所を教えてもらって無かったら、白紙で提出するところだったわ……」
ポツリと呟く。
「え?ルシールちゃん、答えを書けたとこあるの?すごいじゃん!俺全然だったわ!」
ハハハとおかしそうに勇者レオが笑い――ルシールは戸惑った。
「え……?レオ様、勇者なのに……」
「え〜〜勇者だってテストなんて分かんないよ。剣なんて頭で考えるもんじゃないだろう?考える前に切ればいいんだよ」
「え……?剣術ってそうなのですか?」
「そうだよ」
「まあ、レオの言うことも一理ありますね。相手の弱そうなとこ、刺しとけばいいだけですから。
テストでは正解になりそうな模範解答ってやつを書いときましたけど、実戦では何の役にも立ちませんよ。だからルル様が白紙で提出しても、それは間違いではないのですよ」
エルノノーラはルシールを包み込むような笑顔で話してくれ、『ノノちゃんがそう言うなら、きっと実戦ではそうなのだろう』とルシールは納得する。
「そうなんだ。ライナート様に、昨日試験勉強に付き合っていただいたけれど、ライナート様は模範解答派なのかしら?」
「あいつはしょせん文官野郎ですからね。模範的な答えしか出せない、テストの点数稼ぎしか出来ないつまらない奴なんですよ。
多少剣の腕が立つと言っても、頭で考えてるようじゃダメですね。『刺される前に刺す』が全ての答えですよ」
「ノノちゃん………」
どうやらエルノノーラは、なかなか過酷な世界で生きてきたようだ。
いつものようにライナートの悪口を言いながら、物騒なコメントを口にした。
勇者達の会話に、興味深そうに聞き耳を立てていた周りの生徒達は会話の内容に衝撃を受けていた。
世界的に有名な勇者レオはもちろん、セルフィシュ国の王立騎士団の騎士なんて、エリート中のエリートだと誰もが知っている。
『ぜひ剣術授業の時は、お相手願いたい』
腕に自信のある、騎士科Sクラスという学園でのエリート生徒達は、二人の入学生を見た瞬間からそう願っていた。
しかし下手に手合わせなど願ったら、「本能でヤラレるかもしれない」という危険にも気づく。
騎士の卵といえどSクラスだけあって、彼等の危険察知能力は優れている。




