54.新学期はメイデン学園へ
ミサンダスタン国のメイデン学園の長い秋休みは、あと二日で終わる。
明後日には始業式というタイミングの今日、カルヴィンは皆を集めたうえで、ルシールに提案をした。
「メイデン学園に確認をしたのだが、ルシール嬢はすでに一学年の進級基準はクリア出来ているようだ。
一年の2/3以上の出席と、筆記試験成績からの判断みたいだな。
休み明けのタイミングで、この城で教師を付けて『この国に留学する』という形を取るつもりだったが……進級に問題ないなら、このままメイデン学園に籍を置いて、学年の区切りをつけてもいいと思う。
ルシール嬢に付く教師に補佐させるから、『通える時だけでもメイデン学園に通う』という形を取るのはどうだろう。ルシール嬢はどうしたい?」
カルヴィンからの突然の提案に、ルシールはすぐに返事が出来なかった。
「勇者レオの魔物討伐は順調のようだが、まだ魔王の討伐までは長い道のりになるだろう」
今までそのように説明を受けていたので、当然ミサンダスタン国へ帰る事はもちろん、学園に戻る事が出来るとは考えていなかったからだ。
『ミサンダスタン国へ帰る事が出来るの……?お父様とお母様には会ってお話したいと思ってたけど、魔法科の最後の学期の魔法授業はほぼ実践授業になるし、「学びに戻りたいか」と言われたら、そうでもないと言えるかしら……?』
「魔法の学びの面で戻りたいか」と言われると、「一人校庭の片隅で、攻撃魔法の練習をしたいか」と言われる事になり、それは願うほどの事ではない。
勉強は王城で教師が付いてくれるという話になっているし、セルフィシュ国にいても勉強面で困る事はない。
だけどネネシーに手紙は出したが、会ってちゃんと話をしたい気もしたし、フィナンに改めてお礼を伝えたい気もした。
「そうですね……」
ではお願いします、と言いかけてふと気がついた。
「あの、カルヴィン王子様。私がメイデン学園に通う間は、レオ様の討伐はお休みになるのですか?」
『私が国に帰っている間はお休みにするのかも』
ルシールはそう予想しながらも、念のために確認する。
「いや、勇者レオには魔物討伐は続けてもらう。ルシール嬢は、この国から移動ドアで学園に通ってもらおうと思っているんだ。
本来は移動ドアを国外に繋げるような事は、世界的に禁止されている事だが、魔王討伐は世界の問題でもあるからな。聖女ルシールへの特例として、使用を許可された。だからルシール嬢は遠慮なく利用したらいい」
メイデン学園への通学は、世界レベルの特例だったようだ。
『通学のためにそんな特例を利用していいのかしら?』
ルシールは衝撃の事実に戸惑ったが、カルヴィンの自分への配慮の気持ちも感じて、有り難くその提案を受ける事にした。
「ありがとうございます。――はい。メイデン学園に通おうと思います」
「そうか。では明後日の新学期に間に合うように手配しよう。エルノノーラは護衛として、学園でも常に付いていてもらう事になるが、そこは了承してほしい」
カルヴィンの言葉に、ルシールはパッと顔を明るくする。
「ノノちゃん、一緒にいてくれるの?すごく嬉しい!
討伐訓練授業はいつも一人だったの。一緒に練習に付き合ってくれる?」
自分が側につく事を喜んでくれるルシールに、エルノノーラは幸せを噛み締める。
「もちろんです!二人だけで練習しましょう。お昼休憩に一緒に学園でお昼を食べるなんて、ルル様と学生生活を送れるようで嬉しいです」
「ノノちゃんが一緒だなんて、すごく楽しみになってきた!」
キャッキャッとはしゃぎ出したルシールとエルノノーラを見て―――勇者レオがごねた。
「待てよ、俺だけ留守番なんておかしいだろ?討伐で見れるのなんて魔物だけで、女の子一人いないんだぜ?
俺抜きで二人だけで学園に通うなんて、そんなの絶対許さないからな。俺だってエルとルシールちゃんと、一緒に青春したいのに!」
ごねるレオにライナートが非情な言葉を投げつける。
「勇者レオ、あなた21歳ですよ。あなたの青春などすでに終わってます」
「21歳は青春真っ只中なんだよ!ライナート様と一緒にすんなよ。俺はまだ枯れてないんだよ。
俺も絶対学園に入学するぞ。三人で並んで授業を受けんだよ!」
レオは20歳のライナートを否定してやる。
「レオ様。私は魔法科ですから、レオ様は同じ科に入れませんよ。レオ様が入学するなら騎士科になります」
勝手にレオの入学を認め出す言葉で、なだめるようにルシールはレオに言葉をかけた。
「え〜〜嫌だ!同じクラスがいい!俺が魔法科入れないなら、ルシールちゃんが騎士科に入ってよ。聖剣作れるし、いいだろう?エルも騎士だしさ、三人同じクラスで並んで授業を受けて、一緒にお昼休憩にご飯を食べようぜ」
「決まりだね!」「楽しみだ!」「青春だ!」とはしゃぐレオに、カルヴィンはウンザリした目を向ける。
「勇者レオ、いい加減にしろ。お前は魔物討伐の任務を忘れてないか?」
「大丈夫っすよ。魔物討伐は、ちゃんと放課後に行きますから。……あれ?……放課後活動?なんか部活動みたいっすね。青春っすよね。うわ〜〜楽しみになってきた!
任せてください!ザクザク切ってきますよ!」
勇者レオの討伐に向けるテンションが上がったのを見て―――カルヴィンはレオの要求を受け入れる事に決めた。
『ここで反対をして、ヘソを曲げられる方が厄介だ』
――超絶賢い王子は、賢明な判断をくだす。
「ルシール嬢はどうなんだ?勇者レオの話ではないが、ルシール嬢の聖剣を生む力は、確かに騎士科でも通用する。騎士科であれば、エルノノーラも生徒として自然な形で護衛につけるから、悪い話でもないかもな。もちろんルシール嬢の希望を優先するが」
カルヴィンの言葉に、ルシールは魔法科に進む道と、騎士科に進む道を想像してみる。
今まで通り魔法科に通うということ。
それは校庭の片隅で討伐訓練授業を受け、エルノノーラに護衛として付いてもらい、騎士科に通う勇者レオと別に過ごす三人の学園生活だ。
騎士科に転科するということ。
それは剣の訓練授業はやはり校庭の片隅になるが、エルノノーラと勇者レオとは、同じクラスの生徒として過ごす三人の学園生活になる。
騎士科も最後の学期は、訓練が中心となると聞いた事があるから、科が違うだけで学業面ではどちらを選んでも同じに思えた。
それならば選ぶ道は決まっている。
「では騎士科にします。ノノちゃんとレオ様と同じクラスで学びたいです」
ルシールはそう答えた。
勇者レオは困った人だが、仲間の皆が結局は勇者レオに甘いように、ルシールもなんだかんだでレオに甘くなっている。
「カルヴィン王子、ちゃんと俺の制服も用意してくださいね。うわ〜俺、勇者ゲーム人生の学生初めて!
部活動頑張ろうね、ルシールちゃん!
……あれ?部活一緒に頑張ろうなんて、なんかルシールちゃん、マネージャーみたいじゃない?青春じゃん!」
『賑やかな学園生活も悪くないかも』
喜ぶ勇者レオを眺めながら、ルシールも三人の学園生活が楽しみになってきた。




