53.デートの定義
今日ルシールが気が付いたことは。
意外にもライナートは、落ち着いて一緒にいられる人だという事だった。
エルノノーラはいつも、常連客のいない森カフェで
「あの側近野郎は、口うるさくて神経質で陰湿で、本当に嫌な男だ」
そう憎々しげに話しているので、『勇者レオからの避難地ではあるが、気をつけなければいけない人』として、ライナートには失礼のないように慎重に接してきていた。
だけど今日、ネネシーに贈るお土産を買うために、近くのお店に向かう時の馬車の中も、お店の中にあるカフェの中でも、二人きりでも気まずい空気が流れる事なく過ごせていた。
エルノノーラと一緒にいる時の、弾むような楽しい時間でも、勇者レオがいる時の賑やかな時間でも無かったが、ライナートと過ごす時間は、なんというか穏やかな落ち着いた時間だった。
紹介してくれたお店には、とても見栄えのする可愛いお菓子がたくさん並んでいて、香りのいい様々なフルーツティーも置いていた。
案内してくれたお店のフルーツティーは、紅茶の茶葉ではなく、ハーブとドライフルーツを合わせたものだった。茶葉の見た目から可愛い。
フルーツハーブティーは美容や健康にも良いが、その香りが安らぎの時間を与えてくれそうで、ルシールの癒しの魔法よりも効果がありそうなものばかりだ。
クレイグから贈られるたくさんのお菓子の中でも特に、ネネシーは見た目が可愛いものを喜んでいたので、ネネシーが喜んでくれそうな可愛いものを選ぶことにした。
こうした可愛いカラーのお菓子は、ルシールが作る茶色い焼き菓子とは違う。
ルシールはシンプルなものが好きだけど、ネネシーとは仲が良くても「何もかもが同じ好みの訳ではなかったんだ」とは、贈られた綺麗なお菓子を喜ぶネネシーを見て気づいた事だった。
紅茶は本当にたくさんの種類があって迷うほどだったので、香りを確かめながらライナートと一緒にいくつかを選んだ。
ルシールの慎重な買い物ペースにも、嫌な顔をする事なく付き合ってくれたライナートの姿もまた、意外な発見でもあった。彼は無駄な時間を厭いそうなイメージがあったからだ。
「ドライフルーツじゃなくて、フレッシュなフルーツを使ったフルーツティーを作ってみようかしら」
カフェでお茶を飲みながら、新しいメニューを思いついて思わず呟くと、
「それは美味しそうですね。ハーブティーでも紅茶でも合いそうです」
そんな返事を返してくれた。
頼んだミルクレープが目の前に置かれると、
「こちらも味を見てみますか?」
そう言ってライナートの頼んだミルフィーユを、スッと綺麗に切って取り分けてくれた。
お返しにルシールもミルクレープをフォークで取り分けたが、かなり形が潰れたものを渡す事になってしまって恥ずかしかった。
「ミルクレープを作ったら、ライナート様にカットしてもらわないとダメですね」
「その時は引き受けましょう」
ライナートと、そんな流れるような会話で何気ない事を話しながら、初めての王城以外の時間を穏やかに過ごせていた。
ルシール達が執務室に戻ってしばらくしてから、カルヴィンとエルノノーラ、続いてレオが帰ってきたので、今日は執務室カフェを開くことにする。
「みなさん、お疲れさまです。先ほどライナート様に案内してもらったお店で飲んでみて、とても美味しかったので」
そう言いながらお茶を振る舞うと、勇者レオが羨ましがった。
「え〜〜ライナート様だけずるい!俺だってルシールちゃんとデートしたいのに」
「デートじゃないです。友達に送るお土産を買いに行っただけです」
すかさずルシールが訂正する。
「え〜〜お茶もしてるじゃん。そんなのデート以外にないだろう?
俺なんてエルと、王城の食堂デートしかした事がないのに〜〜。しかもご飯だけ食べて解散なんて、そんなデートってルシールちゃんはどう思う?」
「普通だと思いますけど?」
ルシールは首をかしげながら答える。
『何かおかしな事があるかしら?』というような様子を見せるルシールに、思わずカルヴィンが尋ねた。
「ルシール嬢は、以前婚約者がいたのだろう?どんなデートをしてたんだ?」
「デートですか?学園の学食デートでしたね。友達だった女の子と三人で食べてました」
「……それはデートなのか?他にはどこへ出掛けたんだ?」
「他ですか……?あ。学食で食べてた三人で、夏祭りに行きました。すぐに二人とはぐれちゃって、結局その二人がその日から付き合う事になっちゃったから……あれはデートじゃ無かったかも……?」
なんだかすごいオチが付いてきた。
『家同士の繋がりのない、元々は恋愛での婚約だったようだと報告を受けていたが、どこにも恋愛要素が見つからないではないか』
カルヴィンは、もう少し質問をしてみることにする。
「婚約指輪などの贈り物はあったのか?」
「指輪?……はないですね。……あ、でもネックレスなら」
『装飾品の一つは贈り物があったようだな』
カルヴィンは、ルシールの言葉に少しホッとした。
なんだかルシールが不憫に思えてきていたのだ。
「ネックレスを贈ったことはあります」
「……贈る?………ルシール嬢が?」
「はい。ノノちゃんに」
「………そうか。エルノノーラに」
「はい」
―――不憫だ。
カルヴィンはそこで会話を止めた。
ライナートがルシールと二人で出かけた話も、元婚約者のろくでもない話も不機嫌な顔で聞いていたエルノノーラだったが、ルシールの言葉に顔を輝かせる。
「ルル様……!もしかしてこのネックレスは、ルル様初めての宝飾品の贈り物なんですか?」
「あ、うん。三ヶ月ほどバイトを頑張ってたって話してたでしょう?それで買ったネックレスなの。ノノちゃんが大事にしてくれているから本当に嬉しいの。あの時バイトを頑張って良かったわ」
「………っ」
感動に大きく震えるエルノノーラを、カルヴィンは静かに眺めた。
これでますますエルノノーラのルシールへの狂愛が深まるのが目に見えて、ルシールが更に不憫だった。
このままではルシールに近づける男は誰もいないだろう。
『ルシール嬢にもチャンスを与えなくては』
ルシールを憐れむ目で眺めながら、カルヴィンはそう考えた。
聖女ルシールは、セルフィシュ国を大きく救ってくれている。
ルシールが望むならばこのままここで囲っていたいところだが、それはあくまでも「本人が望むならば」の話だ。国として恩があるルシールには、彼女の思いをなるべく尊重したいとカルヴィンは思っていた。
ルシールの通うメイデン学園の秋休みは、もうすぐ終わり、新学期が始まる。
『せめて一学年の間は、最後までメイデン学園に通ってもらってもいいかもしれない』
そんな風にも思う。
この前ルシールを尋ねてきた男は、ルシール嬢にとって悪くない相手に見えた。
メイデン学園に戻ったところで、エルノノーラを護衛から外すつもりはないし、ルシールとの関係を詰めれる可能性はほぼ無いだろう。
だけどエルノノーラに邪魔されて駄目になる関係なら、元々未来は無いという事だ。
カルヴィンがそんな事を考えていると、勇者レオが嬉しそうにルシールに話しかける声が聞こえた。
「食堂デートが婚約者デートなら、俺エルとも、ルシールちゃんとも婚約してたんだ!
ルシールちゃんともこの前一緒に食堂行ったじゃん。
ほら、食材受け取りに行ったとき、ジュースをサービスしてくれたから、一緒に飲んだだろう?」
「え……?でも食堂のおじさんも一緒だったし…」
「ルシールちゃんだって、三人でご飯食べてたんだろう?一緒じゃん」
「え………?」
カルヴィンは戸惑うルシールを再び眺め、ややこしい者に囲まれているルシールを益々不憫に感じていた。




