45.秋休みの恋人たち
「ネネシー、大丈夫ですか?」
「クレイグ様……」
ネネシーは、知らずまたため息をついてしまっていたようだ。
クレイグが心配そうな顔でネネシーを覗き込んでいた。
「ごめんなさい。ついルルちゃんの事を考えてしまって……」
「大丈夫。ルシール嬢はきっと帰ってくるよ。彼女がネネシーの側を離れる訳がないだろう?」
クレイグは優しい声でそう慰めてくれるが、果たして本当にそうだろうかとネネシーは思ってしまう。
このクレイグの領地に来て二週間が経った頃、ルシールを迎えにマクブライト家の使用人が学園に向かった。
本当はネネシーが迎えに行くと約束していたが、クレイグと二人きりの時間を惜しんでしまったのだ。
領地での討伐は終わっていたが、迎えに行けない理由を、「討伐が長引いているから」と手紙に書いていた。
嘘の理由を書いてしまったが、ルシールが早く領地に来て欲しいと願う思いは嘘ではなかった。
ルシールには、この領地で過ごしたクレイグとの日々や、ネネシーが討伐で活躍した話をたくさん聞いてもらいたかったし、たくさん褒めてほしいと思っていた。
決して領地に来てほしくないと思っていた訳ではない。
だけどネネシーに代わって迎えに行った使用人は、ネネシー宛の手紙とワルツのネックレスを預かってきただけで、彼は一人で帰ってきた。
嫌な予感がして急いでルシールの手紙を読んだが、あまりにも手紙の内容が簡潔すぎて、詳しい事は何も分からなかった。
使用人の話では、ルシールは騎士のような格好をした女性と一緒にいたという。
襟に付いたピンバッジから、その女性は「セルフィシュ国の王立騎士団の騎士」ではないかと、彼は話していた。
セルフィシュ国は、魔物が数多く出没する国らしい。
魔物は魔獣よりはるかに厄介な存在で、日々そんな物の相手をする王立騎士団の者であるならば、相当の腕を持つ者ではないかとも報告された。
「どうしてそんな人と一緒にいたのでしょうか……。
ネネシー、ルシール嬢は秋休み前に何か話していませんでしたか?」
クレイグにそう尋ねられて、ネネシーは最近のルシールを思い返してみた。
『話……。ルルちゃんは最近、何を話してただろう』
そう考えて―――ネネシーはルシールから、もうずっと何も話を聞いていない事に気がついた。
『そうだ。クレイグ様と恋人になってから、私が一方的に話していただけだわ』
ネネシーがルシールに聞いてほしくて話していたこと。
それは、クレイグの愛の言葉や贈られた物、討伐で成果を上げている事、新しく出来た友達に褒められた事、そんな話ばかりだった。
にこにこ笑って話を聞いてくれるルシールの、「素敵ね」「すごいね」と返してくれる言葉が嬉しくて、夢中になって話していたが……
『私は自慢話ばかりしていたの……?』
ネネシーは自分自身の行いに衝撃を受ける。
ネネシーとルシールはとてもよく似ていて、ルシールがネネシーの事をよく分かってくれるように、ネネシーもルシールの事がよく分かっている。
今まで恋に浮かれて気づかなかったが、もし反対の立場だったら――そうだったら、ネネシーはルシールに失望しただろう。
共に婚約破棄を受けて、共に落ちこぼれで、共に貧乏だった。同じ二人だからお互いの気持ちがよく分かったし、だからこそ将来一緒に森でお店を開こうと話していたのだ。
なのに一人恋人を作り、立場を築き、その自慢話ばかりしていた。
討伐合宿中もネネシーは、「一週間なんて短すぎるね。もっと成績上げたかったのに」とボヤいてしまった。
……あの時ルシールは、自分の言葉をどんな気持ちで聞いていただろう。
クレイグからの贈り物に深い愛情を感じて、届けられた高級デリカやスイーツに浮かれて、「手作りよりも美味しいね!」と話してしまった気がする。
そういえばあれだけネネシーのために用意してくれた、癒しの魔法を使った飲み物も料理も、ずいぶん長く口にしていない。
自分は「迎えに行くね」と言いながら、恋人を優先して嘘をついて行かなかった。
ついた嘘がバレる事はないだろうが、罪悪感も何も感じる事なく嘘をつく関係になっていたという事なんだろうか。
もし、ネネシーがルシールの立場だったら。
『私だったら、そんなルルちゃんはもう信頼しないだろう。もし自分の進む道が、ルルちゃんと会えなくなるような道だったとしても……ルルちゃんを振り返る事なく進むだろうな』
そんな風に予想する。
「ルシール嬢はきっと帰ってくるよ。彼女がネネシーの側を離れる訳がないだろう?」
クレイグはそう言ってくれたが――その言葉に頷ける自信が、今のネネシーにはなかった。
クレイグは、落ち込んだ様子を見せるネネシーが心配だった。
なんとかルシールの状況を掴んで、ネネシーの憂いを取り除いてやりたいと思う。
『だけどそのためには』、と少し憂鬱な気分になる。
学園に迎えに行かせた使用人は、その後呼び出して、彼が見聞きした全てを報告させた。
その報告から、セルフィシュ国の女騎士とルシールの関係は、かなり良好なものだと推測された。
ルシールがセルフィシュ国にいるならば、王立騎士団へ手紙を送れば彼女の元に届くだろう。
――その女騎士が妨害しなければ、だが。
手紙を届ける事で懸念されるのは、女騎士の自分達に対する評価の低さだ。
ルシールが自分達を悪く話したとは思えないが、女騎士は自分達を「ルシールの良き友人」とは見ていないようだった。
討伐を理由にしたせいで、この領地を「討伐が終わらないほどの危険な場所」と見なされたようだし、自分の贈り物で埋まる寮部屋にも否定的な言葉を話していたようだ。
セルフィシュ国は力が強い者ほど、自分勝手で自己中心的な考えをする者が多いと聞く。
何とかセルフィシュ国にいるルシールを説得したいが、自分が手紙を出しても、その女騎士によって自分の手紙は阻止されてしまうかもしれない。
『気が重いが、フィナンに相談するしかないか』
たどり着いた結論に、クレイグは深いため息をついた。




