44.森のカフェは有料カフェ
ルシールの森カフェは、今日から有料カフェになる。
カフェの建物も食材も、何もかもを王家が負担してくれているし、今までは無料提供カフェだった。
ルシールも将来の自分のお店のための修行場だと考えていたので、お金を取るつもりなど無かったのだが、カルヴィンから有料とする事を提案されたのだ。
それは、ルシールが「セルフィシュ国のお金の価値感覚を身に付ける事が出来るように」と配慮されての事だった。
勇者レオの魔物討伐が順調なので、ルシールにも当然報奨金が支払われている。
ひとまずの報奨金として、支払われた金額の明細を見たルシールが、
「わあ!こんなにお給料いただけるなんて。ありがとうございます。これだけあったら、高級カフェの特別スイートセットが頼めますね」
そう嬉しそうにカルヴィンにお礼を伝え―――その言葉を聞いたカルヴィンが、ルシールがセルフィシュ国の通貨価値を勘違いしている事に気付いたのだ。
セルフィシュ国の通貨1セルは、ミサンダスタン国の通貨1000ミサと同じ価値を持つ。
同じ数字でも、ミサンダスタン国の1000倍として換算されるのだ。
ルシールの話す『高級カフェの特別スイートセット』がいくらなのかは知らないが、これほどの活躍を見せている聖女ルシールへの報奨金が、カフェのお茶代程度のはずはない。貧しいルシールにとっては、莫大な褒章金となっているはずだ。
この事があって、ルシールにこの国に残ってもらいたいと思っているカルヴィンは、カフェを有料とする事で、セルフィシュ国の価値感覚を身につけてほしいと思い提案をした。
その提案に最初は遠慮を見せたルシールだったが、「お金の感覚を学ぶ事は大切だ」と伝えると、申し訳なさそうにしながらも有料カフェとすることを受け入れた。
森カフェの中。
常連さんの来店を待ちながら、ルシールはエルノノーラから商品の価格設定についての講義を受けていた。
「セルフィシュ国では、相手の足元を見て価格を決めるものです。貧しい者には低めの価格を、豊かそうな者には高めの価格をつける事が多いです。
この店のお客で言うと、たまに来る執務官には低い価格を、カルヴィン王子とライナート様には高め価格を設定する事になりますね。
あ、勇者レオは特に稼ぎまくってますから、超高め設定でいいでしょう」
エルノノーラの講義内容に、ルシールが質問する。
「ノノ先生。カルヴィン王子様は14歳です。幼い子から高額なお金を取るのは良くない気がするのですが」
『ノノ先生!!!』
エルノノーラは喜びに震える。
『なんて……なんて私のヒロインは可愛いのだろう!』
「カルヴィン王子なんて腐るほど金を持っているのだから、搾り取ってやればいい」
そうアドバイスしたいが、きっとエルノノーラの可愛いルシールはそんな言葉を聞くと困ってしまうだろう。
「そうですね。お子様価格の設定もいいかもしれませんね」
緩む口元を隠しながら、そう適当に返事をしておいた。
カルヴィン王子は14歳といっても、幼い子などと言えない人物だ。
エルノノーラの乙女ゲームの世界では、王子がヒロインの結婚相手ではあるものの、今ではカルヴィン王子にさえルシールを渡したくはなくなっていた。
ルシールが王子をお子様扱いするならば、それはそれで恋愛対象外っぽくて良いような気がしている。
『お子様設定はアリだった』と、ホッと安心するルシールを見て、エルノノーラは満足げに頷いた。
有料カフェとなっても常連さんのカルヴィンとライナートが来店してくれた。
「そろそろ執務室に戻らなくては」と二人が立ち上がり、会計のためにルシールが呼ばれた。
「今日のおすすめのレアチーズケーキセットも美味しかったよ。いくらかな?」
「600セルになります」
「……600セル?」
カルヴィンに戸惑ったように聞き返されて、ルシールは14歳には高すぎたかと気づく。まだまだバイトも出来ない年頃なのだ。当たり前の事だった。
「300セルでした」
「………」
「50セル……?」
どんどん価格が落ちていくが、それでもお茶代としてはあり得ない価格だった。
『やはりエルノノーラに通貨説明を任せるべきではなかった』
ルシールを見つめながら、満足そうに頷くエルノノーラを見て、カルヴィンは人選ミスに気づく。
「私はおいくらでしょうか」
「1500セルです」
「……1500セル?」
聞き返すライナートに、ルシールは『設定が低すぎて、かえって失礼だった』と気づく。
「3000セルです」
「………では二人分で、これを。お釣りは結構ですよ」
ライナートがそう言ってパチと机の上に置いてくれた硬貨は、ピカピカに光る金色の貨幣だった。
「わあ!こんなにも!ありがとうございます」
10セル硬貨を見て、初めてのお店の稼ぎに喜ぶルシールに、通貨価値を知るには遠い事をカルヴィンとライナートは知る。
「エル、ルシールちゃん、ただいま〜!!今日のおすすめお願いするよ!今日から有料だよね。いくら?」
「5000セルです」
「分かった!後で必ず払うからね!」
嬉しそうに答える勇者レオは、これまでの魔物討伐でも稼ぎまくっていて、金銭感覚はない。
『これで合ってるかしら?』と、時折り不安になってルシールがエルノノーラに視線を送るたびに、エルノノーラは笑顔で力強く頷いてくれている。
『やっぱりノノちゃんは頼りになるわ。ノノちゃんがいてくれて良かった』
嬉しくてルシールもエルノノーラに笑顔を返す。
安心した様子でエルノノーラに微笑むルシールを見ながら、
「明日、ライナートが直接通貨価値を教えてやってくれないか」
そうカルヴィンはライナートに指示を出した。
「そうですね。あいつにあれ以上ドヤ顔をさせるわけにはいかないですからね」
ライナートもカルヴィンの指令に深く頷いた。




