43.勇者レオのどら焼き
移動ドアが開いて、今日もルシールのカフェにカルヴィンとライナートが訪れた。
いつもの常連客達にルシールが笑顔で声をかける。
「いらっしゃいませ」
「何か美味しそうな香りがするな。『今日のおすすめ』を頼むよ」
「私も同じものを」
「『今日のおすすめ』お二つですね。かしこまりました」
そう言ってイソイソとルシールはキッチンに移動する。
ルシールのカフェメニューは日替わりだ。
ほぼ常連客しか訪れないお店なので、お客様の事前リクエストがその日のメニューになる事も多い。
今日は勇者レオのリクエストの、どら焼きだ。
「『どこでも繋がっちゃうドア』と言ったら、どら焼きだろ?どら焼きって、なんかホットケーキみたいなやつに、あんこ挟んだやつ。あ、あんこってなんか甘いやつなんだぜ。明日それ作ってよ」
昨日レオから、そんなリクエストを受けていた。
レオからのリクエストに、ルシールはエルノノーラに相談をする。
「レオ様のリクエスト、そのままどら焼きを作っても大丈夫かな?あんこは豆を甘く煮たら作れると思うんだけど……あの説明で似た物を再現するのは良くない気もするの。どうしたらいいかな?」
「あいつにお互いが転生者とバレたら面倒くさいですからね。ホットケーキに、なんか甘い物を挟んでおけばいいと思いますよ」
「そっか……。そうだよね」
エルノノーラが同じ意見で、ルシールはホッとする。
エルノノーラと勇者レオは恋人同士のはずだけど、エルノノーラはレオに厳しい。
恋人同士と言うには距離感があるような気がする。
だけどルシールも「恋人同士の適切な距離感」というものを知っている訳ではない。
元婚約者のハロルドとは、あまり一緒に過ごす事もなく終わってしまったし、ネネシーとクレイグの距離感は少し引いてしまうほどなので、参考にならない気がしている。
『こんな付き合い方もあるのね』
だから冷めた距離感のエルノノーラにも納得していた。
「ホットケーキに、なんか甘い物を挟んでおけばいい」
――信頼するエルノノーラのアドバイスだ。
『ホットケーキサンドを作ってみよう』
ルシールは、そのアドバイスを参考にしたメニューを作る事にする。
まずはホットケーキ作りだ。
粉と砂糖とベーキングパウダーを混ぜ合わせたボウルに、卵と牛乳を混ぜた液を加えて混ぜる。そこに溶かしたバターを加えて混ぜれば、生地の完成だ。
どら焼きサイズの小ぶりのホットケーキをたくさん焼いていく。これでどら焼きの皮の代わりの用意は出来た。
中にはクリームを挟む事にする。
少し頑張って混ぜないといけないので、クリームはエルノノーラに混ぜてもらう事にする。
クリームチーズをクリーム状に混ぜて、そこに砂糖を加えて混ぜる。
別のボウルで泡立てた生クリームと合わせて混ぜれば、チーズクリームの出来上がりだ。
小ぶりホットケーキにチーズクリームをサンドして、勇者レオの言う「なんかホットケーキみたいなやつに、なんかあまいやつを挟んだどら焼きというもの』が出来上がった。
アクセントにベリーのジャムを添えて、『今日のお勧めメニュー』にする。
「……大丈夫かな?ノノちゃん。どら焼きで通せるかな?」
「大丈夫ですよ。何の問題もありません」
エルノノーラが力強く頷いてくれたので、ルシールはホッと安心する。
いつもルシールの側にいてくれて、いつもルシールの味方をしてくれるエルノノーラに、ルシールは絶大な信頼を置いている。
今世で育った国も環境も違うけれど、王子の護衛という栄誉ある立場に上り詰めた者だけあって、エルノノーラは賢くて強い。
カフェの周りが静かで穏やかなのも、エルノノーラが周りの環境を整えてくれているからだという事をルシールは知っている。
魔物や魔獣の血を怖がるルシールのために、ルシールの目に入らない所で片付けてくれているのだ。
そしてそれをわざわざルシールに話したりしない。
――いつも意気揚々と、ピチピチ動くお土産を持ち帰って主張してくる、勇者レオとは違うのだ。
ネネシーのように、何もかもがピタリと合わさる感覚は無いが、エルノノーラはルシールにとって特別な存在になっていた。
護衛であり、仲のいい親友であり、頼れる姉であり、時には子供っぽい妹のような人。
エルノノーラは、ルシールの弱さも全て打ち明ける事の出来る時別な存在だった。
そんなエルノノーラが「大丈夫」と言ってくれるなら大丈夫だ。
『中のチーズクリームはあんこで、外のホットケーキはどら焼きの皮で通しても大丈夫』
そう自信が持てた。
『今日はレオ様よりカルヴィン王子様達の方が早かったわね』
そんな事を考えながらホットケーキサンドをお皿にセットしていると、お店の扉が勢いよく開いた。
「エル!ルシールちゃん!ただいま!………あ、来てたんですね」
スィーツの準備に気を取られて、ルシールは勇者レオに気づくのが遅れた。
バン!とレオが扉を勢いよく開く音で振り返ったルシールは、レオがライナートを見た瞬間に、サッと胸のポケットに何かを入れる姿を目撃した。
「………」
レオの胸元がなんだか動いている気がする。
不吉な予感で声も出ず、レオの胸ポケットを凝視しながら震えるルシールを見て、ライナートが冷たい声でレオに告げた。
「勇者レオ。その胸ポケットに入っている物を、早く遠くへ捨ててきなさい。それが出来ないなら、始末書を書いてもらいますよ。捨てた後は手を清めてくるように」
「……チッ。なんだよ!まるで俺が悪い事してるみたいじゃんか!」
抗議するレオに、ライナートが忠告する。
「今すぐ行かないと、始末書の上にレポート提出を乗せますよ」
「……クッ」
ライナートの言葉に悔しそうに唇を噛んだ勇者レオは、何も言わずに店を出ていき――しばらくしてまた店に戻ってきた。
「あ!どら焼きだ!ルシールちゃん、ありがとう!」
勇者レオの前にお皿を置くと、レオは嬉しそうに顔を輝かせてお礼を言ってくれる。
お店に戻ってきた時には、ライナートに注意された事など気にしていない様子だった。
細かい事を気にせず、負の感情を引きずらないところが、レオの長所だとルシールは思っている。
裏表がなくサッパリとしている性格なので、討伐のお土産を持って帰りさえしなければ、レオの事は友人として好きだった。
「……あれ?どら焼きってこんな感じだったっけ?」
もぐもぐとホットケーキサンドを食べながらレオが呟く。
レオの言葉に不安になって、ルシールがエルノノーラを見ると、エルノノーラは力強く頷いてくれた。
――『大丈夫』
ルシールはそう思えた。
「それはどら焼きですよ」
「……そうだったっけ?」
「そうです」
「あんこってこんな味だったっけ?」
「そうです。中はあんこです」
「……そうだったかも!」
そう言って勇者レオは笑顔を見せてくれた。
『やっぱりノノちゃんはすごい』
ホッと安堵するルシールを見て、エルノノーラは満足そうに頷いた。
そんなエルノノーラ達の様子を眺めながら、カルヴィンとライナートは、目の前に置かれた『今日のお勧め』が作られた流れを、何となく読める気がしていた。
『勇者レオと聖女ルシールの仲も、なんだかんだ言っても良好そうだな』
そう推測する。
ルシールの森カフェは順調だ。




