35.ルシールの分岐点
「あ、ライナート様っすか?すみません、今ちょっと忙しいんですよ。
え?……ああ。分かってますよ。忘れるわけないじゃないっすか。
え?それ聞いちゃいます?……フフ。今から実はパジャマパーティーやっちゃうんっすよ。
あ、そろそろルル様が戻ってくるから切りますね。
もう今日は連絡してこないでくださいよ」
エルノノーラはそう話すと、プッと通信機を切る。
『全く。あの側近は本当に口うるさいわね。「説明したのか」とか「来てもらえるのか」とか、今はそんな事より、パジャマパーティーの方が大事だっつうのよ』
そう腹の中で毒付きながら、通信機をカバンの奥底にしまいこんだ。
部屋の扉がカチャリと開いて、お風呂から上がったルシールが入って来るのを見て、エルノノーラは立ち上がってソファーセットに移動した。
「ルル様、セルフィシュ国に一緒に来ませんか?」
そう話を切り出した時、寮長を名乗る者が部屋を訪れて、来客であるエルノノーラは寮からの退室を促された。
話が途中だった事もあり、エルノノーラは「今度は私の滞在する宿に移動して話をしませんか?」と、ルシールに提案した。
まだ話し足りないと感じていたルシールも、その誘いを受けて、寮には外泊届を出してエルノノーラと共に寮を出ていた。
ルシールとのお出かけに浮かれたエルノノーラは、美味しいと聞いていたお店で夕食をご馳走して、たくさんのお菓子やジュースを買い込んで、宿に戻った。
ルシールの、外泊するには少なすぎる手荷物にも、ご馳走する食事の美味しさに感動する姿にも、いちいち心を撃ち抜かれて、王子からの任務もすっかり忘れて浮かれていた。
エルノノーラ愛するヒロインに会えたのだ。もう他はどうでも良かった。
ふんふんと機嫌良くお菓子を並べていると、ビー!ビー!ビー!と大きな音が鳴る。
「え?何?」
その音に怖がる様子を見せるルシールを『可愛い』と心震えながらも、内心舌打ちをした。
――またあの側近のヤツか!
もう連絡するなと言ったのに、しつこい野郎だ。
『私の愛しいヒロインちゃんを怖がらせやがって』
第一王子の側近ライナートに苛々しながら、ルシールを安心させるように微笑んだ。
「国からの通信機の音ですよ。もう今日は遅いですから、仕事の時間は終わりました。また明日ゆっくり相手をしますから、大丈夫ですよ。気にしないでおきましょう」
「え……大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。さあジュースでも―」
ビ―――――ッ!
ビ――――――ッ!
ビ―――――――ッ!
通信音が鳴り続ける。
「あの……大事な用件かもしれませんし。どうぞお話してください。私は隣の部屋に行ってますね」
そう言ってルシールが立ち上がりかけたのを見て、慌ててエルノノーラが引き止めた。
「通信機の用件は分かっているのです。ルル様にお伝えするつもりの件でしょう。私は元々ルル様にお会いするためにミサンダスタン国へ参ったのです」
「え?私にですか?どのよ―」
ビ―――――――――――――ッ!
「……あの、どうぞ通信機に出てください。お話を聞いても問題ないのでしたら、ここにいさせてもらいますから」
エルノノーラは通信機を投げつけてやりたい衝動に駆られていたが、ルシールの優しさに免じて、カバンから通信機を取り出して冷静なふりをして会話に応じる事にした。
「はい。エルノノーラです。
……ああ、そうですね。……はい。……はあ。
あ、いいえ、ため息なんかついていませんよ。
……え?そんなの無理ですよ。ルル様と代われる訳がないでしょう?……チッ」
通信機を耳に当てながら、舌打ちまでし出したエルノノーラに、ルシールは不安になる。
誰と話しているかは知らないが、何となく不敬を働いていい相手じゃない気がした。
おずおずとルシールが申し出る。
「あの……私はお話大丈夫ですよ。通信代わりましょうか?」
そう言ってエルノノーラから交代した通信だったが、通信に出た相手もまた、最初に出た側近のライナートと名乗る者から、第一王子だというカルヴィン王子に交代された。
カルヴィン王子は、隣国セルフィシュ国の第一王子だ。
ルシールよりも年下の14歳だが、天才とも呼べるような頭脳を持ち、冷静沈着で、すでに大人と渡り合って政治にも関わっているような人物である。
――これは王子との話を終えた後に聞いた、エルノノーラからの説明だ。
そのカルヴィン王子からの話は、物語のような内容だった。
今、セルフィシュ国では魔王の復活に悩まされているという。
長い眠りから目覚めた魔王が多くの魔物を操り、近隣の村を襲っていて、甚大な被害がセルフィシュ国の各地で出ているらしい。
その魔王に匹敵する力を持つ勇者は現れたが、魔物は聖なる力で浄化しない事には、完全に倒すことは出来ないらしい。
勇者が悪き物を倒しても倒しても、またしばらくすれば復活されてしまい、終わりのない戦いになっているという惨状のようだ。
そこにルシールに声がかかったのは、何も討伐の旅に参加してほしいとかいう、危険のあるような内容ではなかった。
勇者の剣に浄化の魔法をかけてほしいとの依頼だったのだ。
ルシールは浄化の魔法を全く使えない訳ではない。
本当に微弱な物になるが、使えることは使える。
だけどあまりにも微弱すぎるので、魔物の浄化に役立つとは思えなかったし、たとえ効果が見られたとしても、すぐに消えてしまう事が予想された。
「私の魔法は本当に弱いものなのです。そのような大切な場でお役に立てるとは思えないのですが……」
困ったようにルシールが通信機に向かって話すと、穏やかな声で言葉を返された。
「今まで様々な方法を試してきて、全てが駄目だったのです。ルシール嬢に国の期待を背負わせるつもりはありません。
もしルシール嬢が浄化魔法の結果を気にされるなら、ルシール嬢がこの件に関わる事は極秘とさせていただきますから。
一度試すつもりの気軽な気持ちで、ご協力を願えないでしょうか。
光魔法を使えるなんて者は今、世界にルシール嬢ただお一人なのです」
そう真剣な声で頼まれて、ルシールは「試すだけなら」と引き受けた。
カルヴィン王子は、必ずルシールに危険な事はないと誓ってもくれし、最弱なルシールの安全も守られているようだった。
もしルシールの魔法に効果が見られれば、魔王の討伐までは隣国のセルフィシュ国に残ることになる。
一ヶ月先の秋休み明けには、学園の授業も始まってしまうので、魔王の討伐が成功するまでは「メイデン学園から隣国の学園への留学」という形を取ることに決まった。
「なるべく早く来てほしい」という話なので、明日伝えるべき人に手紙を書いて、昼前にはミサンダスタン国を発つ事にした。
ルシールは、荷物をまとめるほどの荷物も持っていない。このまま出発しても問題はないくらいだった。
『私の力が役に立つとは思えないし、すぐに帰ることになると思うけど』
そんな風に考えていた。
「大丈夫です。何があっても私がいつでもルル様の側に付いていますから」
そう言ってエルノノーラは笑ってくれたが、確か彼女は第一王子の護衛だと言っていた。
「ノノちゃんはカルヴィン王子様の護衛なんですよね?」
「いえ、もう王子の護衛は辞めました。私はルル様の専属護衛ですよ」
「え……?」
戸惑うルシールの声が、セルフィシュ国のカルヴィン王子が持つ通信機からも聞こえてきた。
「アイツ……また勝手な事を」
カルヴィン王子の額に青筋が立つ。
側に立つ側近のライナートには、会話の内容は聞こえなかったが想像はつく。
どうせ独自の聖女信仰を持つエルノノーラが、聖女ルシールの事を気に入って、取り入ろうとしているのだろう。
「エルノノーラが戻ってきたら、始末書を書かせた上で、書類仕事に回してやりましょうか」
「……そうだな。一番嫌がりそうな部署の手伝いをさせてやれ」
そうカルヴィン王子は、ミサンダスタン国から離れたセルフィシュ国で言い捨てた。




