25.それぞれの時間
今日はネネシーの初魔獣討伐日だ。
魔獣を討伐すると言っても、かなり遠くから魔獣に向かって魔道具を投げつけるだけだし、ネネシーには魔法科イチ優秀なクレイグが付いているので心配はない。
そうは言っても、留守番するだけのルシールもやっぱり緊張してしまっているのか、いつもよりかなり早起きをしてしまった。
もう一度眠れそうにないので、ルシールは起きる事にして身支度を整えた後、キッチンにでも向かおうかと部屋の扉を開けた。
部屋の扉を開けると、ルシールの向かいの部屋の扉が開いた。
「ネネちゃん!――もう起きたの?……もしかして眠れなかった?」
廊下に声が響かないように、扉から顔を出したネネシー小さな声で問いかける。
「ルルちゃん、おはよう。少し緊張してるのか、目が覚めちゃったんだ。――あ。大丈夫。ちゃんと眠れたよ」
ネネシーの言葉に眉を下げたルシールに、慌てて言葉を足した。
「ルルちゃんもう起きたなら、お弁当と朝ごはんを作っちゃう?」
「うん。時間がまだたくさんあるから、お弁当はサンドイッチじゃなくて、ベーグルでもいいかも」
「ベーグル大好き!」
二人で小さな声で盛り上がると、仲良くキッチンに向かっていった。
ベーグルは、食パンよりはるかに短い時間で作る事ができる。
水分少な目の固めの生地を力強くこねる事になるが、ネネシーがいれば全く問題ない。
粉と砂糖と塩とドライイーストと水、というシンプル極まりない材料は、極貧の二人にとっては有り難いものだったし、休みの日にはしょっちゅう作るものだ。
手慣れた様子でぎゅっぎゅっとパン生地をネネシーがこねている間に、ルシールは朝食のスコーンを用意する。
いつもはオイルスコーンだけど、今日は贅沢バターたっぷりスコーンにする。
小さくカットしたバターを、砂糖と塩を入れた粉の中でポロポロに潰して、牛乳を加えてまとめ、何度か生地を折りたたむ。
その生地を丸い型で抜いて、牛乳を表面に塗って、オーブンに入れて15分焼いたら完成だ。
スコーンはこれでよし。
スコーンが焼き終わると、寝かせておいたベーグル生地を輪っか状にして、砂糖を加えたお湯で茹で、オーブンで15分焼けばベーグルも完成だ。
ベーグルが冷めれば後は具材を挟むだけだし、ベーグルサンドお弁当も、これで大丈夫。
あとは朝食に簡単サラダと大きなウインナーを炒めて、スコーンに添える生クリームやジャムやフルーツを用意すれば、朝ごはんは完璧だ。
「ベーグルサンドは、クリームチーズとサーモンとレタスがいいな」
「スパイス効いたお肉のスライスと、チーズと、薄切り玉ねぎの、ボリュームある組み合わせも要るよね」
「トマトもゆで卵も入れちゃおう」
そんな相談をしていると、フィナンとクレイグがダイニングに入ってきた。
「二人ともこんな朝早くから朝食の準備をしてくれたんだな。とても美味しそうだ」
「お弁当の用意ですか?お昼も楽しみですね。ありがとうございます」
「フィナン様、クレイグ様、おはようございます。お二人とも早いですね」
「おはようございます。早速朝食にしましょう。飲み物は、紅茶とココジュースを用意してますよ」
ルシールとネネシーも挨拶をして、四人でワイワイとテーブルを囲んだ。
フィナンとクレイグとは、この討伐合宿のための相談を重なるうちに、以前より気安く話せる仲になっていった。
騎士科イチ、魔法科イチのモテ男達。
ルシールもネネシーも、モテ男の一人とは同じクラスだったが、自分とは関わる事のない遠い人で、気にした事もない人だった。
入学してからすぐに出来た婚約者のためのバイトに明け暮れて、婚約者との仲を深める事さえ気が回らなかったのに、他の者などに視線を向ける余裕が無かったのだ。
こうして話していると、彼等がモテ男である事に納得が出来る。
能力がある上に、顔良し、スタイル良し、性格良しであれば、惹かれない者などいないだろう。
そんな彼等を射止める事が出来るのは、きっとこの世界の選ばれしヒロインくらいだ。
『ヒロインのネネちゃんならともかく』
『ヒロインのルルちゃんならともかく』
とルシールとネネシーは思う。
『今日一日、素敵な彼と過ごす事になっても、玉砕する未来しかない彼の事を、うっかり好きになったりしないように気をつけなくちゃ』
そう自分に言い聞かせた。
ルシールはチラリと隣にいるフィナンを見る。
朝食後の今は、クレイグとネネシーは今日向かう討伐地の打ち合わせ中だ。
真剣な顔をして向かい合う二人に、ルシールが入り込む隙はない。
お似合いの二人を嬉しく思うが、大好きなネネシーが、クレイグにだけ意識を待って行かれる事は少し寂しく思う。
二人の恋を応援するルシールさえそうなのだ。
本当はネネシーのヒーローだった騎士のフィナンの寂しさは計り知れないだろう。
「フィナン様。お昼のお弁当作りを手伝ってもらえませんか?お肉の塊のパストラミをスライスしてもらえると助かります」
「何でも言ってくれ」
フィナンの寂しい気持ちが少しでも紛れるようにと、ルシールが手伝いを頼むと、フィナンが快く応えてくれた。
「わあ!フィナン様、お肉のスライス上手ですね!さすが騎士様です!」
パストラミはスパイスが効いたお肉だ。
討伐前の買い出して買ったパストラミを、フィナンがスライスしてくれているのだが、薄く均一にカットする様子を見て、思わずルシールはパチパチパチとフィナンに拍手を送る。
「包丁を持ったのは初めてだが、なかなか面白いな」
そう笑って楽しそうにルシールの手伝いをしてくれた。
ルシールが、横半分にカットしたベーグルに具材を詰めていくと、隣でフィナンが完成したサンドをワックスペーパーで包んでくれていく。
彼はなかなか手先が器用なようで、危なげなくボリュームベーグルサンドを包んでくれていった。
ワイワイと二人がお弁当を作っていく姿を、ネネシーは複雑な気持ちで眺めていた。
ルシールと一緒に料理をする相手が自分ではない事を、少し寂しく思ってしまう。
チラリとネネシーの横に座るクレイグを見る。
今、今日の打ち合わせをするクレイグも、ネネシーと同じ寂しさを感じでいるようだ。
――いや、ネネシー以上と言えるだろう。
当たり前だ。金髪碧眼の彼こそが、本当のルシールのヒーローだったのだ。銀髪のフィナンと仲良くする様子を見て、何も感じないはずがない。
『少しでもクレイグ様の気が紛れますように』
そうネネシーは思いながら、クレイグに声をかける。
「今日の討伐実験が成功したら、今夜はみんなでお祝いしましょうね!」
そう言ってフィナンに明るく声をかけた。




