23.この世界の乙女ゲーム
「この魔道具には、強い防衛魔法を込めています。クレイグ様とフィナン様が付いていらっしゃいますから、大丈夫だとは思いますが念のために。
討伐合宿でお怪我の無いように気をつけてくださいね」
そう話すとワルツは自分が魔法を込めた魔道具を、ネネシーとルシールに一つずつ手渡した。
ずっと身に付けていられるようにと、魔道具に紐を通してくれて、ネックレスにしてくれている。
「とても素敵なネックレスですね!ありがとうございます」
「ありがとうございます。ずっと身につけておきますね!」
マクブライト家の執事のワルツは、実は腕のいい魔女としても有名な人だ。
そんなワルツが作ってくれたお守りは、とても貴重な物だし、きっと効果は絶大な物だろう。
早速二人はネックレスを首にかけてみる。
「ネネちゃんカラーの紫色の石、すごくネネちゃんに似合っていて可愛いよ!」
「ルルちゃんカラーのピンクの石も、ルルちゃんにすごく似合ってる。すごく素敵!」
キャッキャッとはしゃぐ二人に、
「ごめんなさいね。合宿のうちの一日、私の魔法の研究のために、お二人でいる時間を使ってもらうことになってしまって」
ワルツはそう言って謝った。
今度の討伐合宿で、ネネシーはワルツに頼まれた事がある。
それはワルツの攻撃魔法が込められた魔道具を、遠くから魔獣に向けて投げつけてほしいという事だった。
それで威力が確認出来れば、魔法を遠くに飛ばす事が苦手な魔法使いでも、騎士に頼らずとも討伐に向かう事ができるため、是非とも実験を頼みたいようだった。
「共に討伐地に向かう騎士に頼めばいいのでは?」
とネネシーは不思議に思ったが、
「討伐の地で魔法使いの実験に関わりたいと思うような騎士などいない」
そうワルツは説明する。
勿論騎士でも魔法使いでもない一般人を、実験のためというだけで討伐地に連れて行く訳にもいかない。
倫理観という観点から問題になる事が目に見えているからだ。
騎士に頼めれば話は早いのだが、たとえ実験だとしても、「剣は魔法に勝る」と考える騎士が、討伐という大事な場所で協力してくれるはずがないとも話していた。
ワルツのその言葉に、マクブライト家に一緒に集まっているフィナンが何も言わないところを見ると、それは真実だと思われた。
それは友人関係にあるクレイグとフィナンにも当てはまるのかもしれない。
「討伐実験は協力したいけど、ルルちゃんが一人で留守番してるのが心配だよ……」
ネネシーの顔に陰がさす。
合宿での討伐地とキャンプ地はかなり離れている。
魔獣に慣れない学生達が、「夜は安全な地で休めるように」と、学園が安全な場所にキャンプの地を指定しているためだ。
指定された場所の中でも、「特に安全な場所を」と気遣ってくれたクレイグとフィナンは、かなり討伐地から離れた場所にキャンプの地を決めていた。
討伐地への移動だけでも時間がかかる。
クレイグとフィナンの討伐に、ネネシーまで付いて行ったら、その間ルシールは一人だ。
もしかしたら一日中留守番になってしまうかもしれない。
それがネネシーにとって気がかりだった。
不安な様子を見せるネネシーに、ルシールが微笑む。
「大丈夫だよ、ネネちゃん。このお守りがあれば、もし魔獣がやってきても守ってくれるよ!」
『ルルちゃんが一人の時に、魔獣がきたら……!』
ルシールの言葉に、ネネシーがサッと青ざめる。
その様子を眺めていたフィナンが、二人に言葉をかけた。
「魔法実験の日は、僕がキャンプ地に残ろう。ルシール嬢はちゃんと守るから、安心するといい。何かに気を取られていると危険だから、ネネシー嬢は討伐の方に集中するべきだよ」
そう言って、ネネシーを安心させるように微笑んだ。
『フィナン様は、さすがネネちゃんの真のヒーローだわ。ネネちゃんの不安を瞬時に消し去る事が出来るのね。
でもネネちゃんはクレイグ様を想ってるから、フィナン様のいない二人きりの討伐実験は悪くないかも』
ルシールはそう思ってしまう。
『フィナン様の恋を邪魔してごめんなさい』
フィナンだって優しい親切な人なのだ。
その善意を踏みにじるようで、ルシールはフィナンに申し訳ない思いも抱えていた。
あまりにも申し訳なさそう顔をするルシールを見て、フィナンが明るく声をかける。
「その日はよろしくお願いするよ。手伝えることは何でも言ってくれ」
フィナンの言葉にルシールは、『あ』と思いつく。
だけど彼の恋を邪魔する上に、図々しくお願いなどしていいものか、言葉にするのはためらわれた。
何か言いたげにしながらも、悩む様子を見せるルシールに気づき、フィナンが申し出た。
「何でも言ってくれ。それは僕には難しい事なのかな?」
「あ。いえ。……あの。フィナン様に、少し危険があるかと思いまして」
「無理はしないから大丈夫だよ。何だろう?」
明るいフィナンの声に、ルシールは好意に甘える事にした。
「実は私も攻撃魔法を訓練していまして。授業の中では、攻撃魔法訓練でペアになる方がいないので、少しお相手をお願いしようかと思いましたが……私は魔力がコントロール出来ないので、フィナン様に危険があるかと」
騎士に魔法の訓練相手を頼むのはおかしい事だとは分かっている。
だけど魔法科の授業で、落ちこぼれのルシールとペアを組んでくれる者などいない。いつも誰もいない校庭の片隅で、一人で練習を重ねていた。
ルシールの今の実力がどこまで通用するのか確かめてみたいが、ネネシーを相手にそんな事は出来ない。
フィナンだったら、何かあっても上手く対応してくれそうな気はするが、騎士である彼を魔法の訓練相手に付き合わせるなんてどうかしてる。
『言わなきゃよかったかも』
恥ずかしくてルシールの顔が熱くなる。
恥ずかしそうに俯いてしまったルシールに、フィナンは快く答えてくれた。
「もちろん大丈夫だ。いくらでも付き合うよ。全力でかかってきてくれ」
明るくかけられた声にホッとして、
「では、その日はよろしくお願いしますね」
そう言ってフィナンに笑顔を見せた。
ルシールとフィナンのやり取りを眺めながら、ワルツは内心ほくそ笑む。
ネネシーの魔法実験を、わざわざ討伐合宿中に頼んだのは、この流れを期待したからだ。
クレイグには、ネネシーと二人だけの時間を持ってもらって、ネネシーの素晴らしさに気づいてほしいとワルツは思っている。
『おそらく魔法実験はとても良い成果を出す』
そう確信しているワルツは、魔法実験を成功させるネネシーを間近で見守る事で、クレイグの気持ちに変化が生まれることを期待していた。
そこにフィナンがいては邪魔になる。
ルシールを一人残しての実験となれば、ネネシーはルシールの留守を心配するだろうし、騎士道精神高いフィナンなら、ルシールの側に残る事を名乗り出ると読んでいた。
ルシールの魔法訓練の相手が、自分ではない事をクレイグは残念そうにしているが、ぜひクレイグにはネネシーにも意識を向けてほしいとワルツは思っている。
もしこれだけお膳立てしても、ネネシーにクレイグの気が向かないから、それはそれでいいとも思う。
ルシールも素敵なお嬢様だから。
ワルツは典型的な魔女だ。
自分勝手で、目的のためなら手段を選ばない。
そんなワルツは、紫色の髪のおばあちゃんである。
ネネシーの考える乙女ゲームの世界。
――それは。
「ピンク色の髪」のヒロインと「金髪碧眼」のヒーローが運命の恋人なのに、それを邪魔する「紫の髪」の悪役令嬢がいる乙女ゲームの世界だ。




