21.さりげに皆の思いを総まとめ
その夜。
ベッドに横になりながら、ルシールはネネシーの事を考えていた。
騎士のフィナンと魔法使いのクレイグ。
ネネシーは二人のどちらと幸せになるべきなのだろう。
乙女ゲームの法則的には、ヒロインのネネシーは、騎士のフィナンを選ぶべきだ。
だけどネネシーは、魔法使いのクレイグの事を「フィナンより素敵」と言っていた。
たかり野郎の元婚約者に怖い思いをさせられている時に助けてくれたクレイグは、ネネシーにはヒーローに見えたのだろう。
『確かにあの時のクレイグ様は素敵だったもの』
ルシールもそこには納得する。
今度の討伐合宿で、ネネシーとフィナンとの距離を詰められるよう応援するつもりでいたが、少し浅はかな考えだったかもしれない。
『可愛くて優しいネネちゃんなら、誰とハッピーエンドになっても幸せになれるはずだわ。……あんなたかり野郎の元婚約者は別として。
私はネネちゃんの気持ちを尊重して、クレイグ様との恋を応援しよう』
そう結論が出て、やっと考えが落ち着いたルシールは眠りについた。
同じ部屋の、ルシールの隣のベッドでは。
ネネシーは横になりながら、ルシールの恋について考えていた。
ルシールは、素敵な乙女ゲームのヒロインだ。
可愛いルシールの、乙女ゲーム的運命の相手は、金髪碧眼の魔法使いのクレイグだ。
だけどルシールは、銀の騎士の銀髪碧眼のフィナンを「素敵なヒーロー」と言っていた。
あの森でフィナンのピンチを救ったのは、ルシールの治癒魔法の効いた塗り薬だ。
あれはルシールが切り開いた新しい運命なのかもしれない。
『本当は王道乙女ゲームのように、金髪碧眼ヒーローのクレイグ様と結ばれてほしいけど……
あれだけ素敵なルルちゃんなら、誰を選んでもハッピーエンドが待っているだろうな。あの浮気たかり野郎は別にして。
私はルルちゃんの気持ちを尊重して、やっぱりフィナン様との恋を応援しよう』
そんな風にネネシーは考えた。
討伐合宿ではフィナンも同じチームになった。
きっとネネシーも応援できる機会があるだろう。
『ルルちゃんの恋が成就しますように』
そんな事を考えながらネネシーは眠りについた。
その頃。
寝支度を整えながら、ロングスタン家の執事のデリクは考える。
『今日は良い感じの流れだった。フィナン様自ら、討伐合宿で、お嬢様達との距離を詰めようと頑張っておられた。
今まで浮いた話ひとつないフィナン様を案じてきたが、やっとフィナン様が心惹かれるお嬢様が現れてくれたようだ』
デリクはほぅと安堵の息をつく。
フィナンの危機を助けてくれた少女達。
尊い光の魔法を使用して毒を浄化してくれたルシール。
細身とはいえ体格のよいフィナンを、軽々と背負って屋敷まで運んでくれたネネシー。
どちらも素晴らしいお嬢様だ。
どちらのお嬢様を選ばれるとしても、フィナンは幸せになれるだろう。
だけどもし――もし出来れば、フィナンにはルシールを選んでほしいとデリクは思う。
どれだけフィナンが実力ある騎士だったとしても、フィナンは魔法は使えない。強いフィナンに攻撃魔法の補助は必要ないが、聖なる光の魔法はフィナンを大きく助ける事もあるだろう。
幼い頃から仕えてきたフィナンには幸せになってほしいと心から願っている。
『討伐合宿で、ルシールお嬢様の心をしっかり掴んでくださいよ』
フィナンにエールを送りながら、デリクは寝室の明かりを消した。
更にその頃。
マクブライト家の執事のワルツは、自室のソファーに座りながら自分が仕えるクレイグの事を考えていた。
今日、あの素敵なお嬢様達は、ロングスタン家の執事のデリクをまた訪問していたようだ。
ワルツの使い魔がそう報告してきた。
どうやらロングスタン家のフィナンは、今度開催される合同討伐合宿で、ネネシー達と同じチームを組む事にしたようだ。
『このままではロングスタン家に遅れをとってしまう』
そうワルツは危惧する。
いくらクレイグの友人であっても、クレイグの恋路を邪魔させる訳にはいかない。
フィナンがどちらのお嬢様を狙っているかは知らないが、ワルツはネネシー推しなのだ。
もちろん微弱といえど光魔法を使えるルシールは、大変貴重な存在だし、彼女はとても優しくて良いお嬢様だ。
ルシールを選んだとしても、それはそれで喜ばしい事だ。
だけどネネシーは特別だ。
ワルツが長らく憎んできた、頑強な借金督促の契約魔道具を容易に粉砕する事が出来る、ワルツの心の救いの主なのだ。
クレイグには、素敵な伴侶と出会い、素晴らしい人生を歩んでほしいと願っている。
そのお相手が、ネネシーであればとワルツは思う。
『明日の朝食時クレイグ様に、今度の討伐合宿でお嬢様達とチームを組んでもらうために、さりげなく話を持って行かなくては』
そう思いながら、クレイグに自然な形で伝えられる言葉をワルツは考え始めた。
そんな風に各地で様々な思い渦巻く中、ロングスタン家のフィナンは、今日のルシール達の訪問を思い返していた。
今日は思わず、討伐合宿でのルシール達のチームに入る事を申し出てしまった。
討伐合宿では、魔法使いの誰かは自分に申し込むだろうし、適当に気が合いそうな者と組めばいいと考えていた。
『友人とはいえ、魔法科イチの実力を持つクレイグと、騎士科イチの実力を持つ僕とがチームを組めば、同学年の皆にとって、あまりにも不公平すぎるだろう』
そう考えていたためだ。
だけどあまりに自分に無関心な二人を見て、何だか焦れてしまった。
申し込んだ事自体に後悔はないが、こうなったらクレイグも誘わないとフェアではないだろう。
『そうなれば僕達のチームが優勝だな』
すでに見える結果に、フィナンは苦笑する。
フィナンは以前、危ないところを光魔法で助けてくれたルシールの事を考える。
助けられたあの時の記憶は無いが、彼女の光魔法がとても温かく身体中を巡った感覚は今でも覚えている。
彼女の事は気になってしまうが、あれだけの危機に助けられたとなれば、それはしょうがない事だろう。
だけど自分を救ってくれたずっと前から、クレイグはルシールを気にかける様子を見せている。
そんな彼を差し置いて、抜け駆けする事は出来ない。
『少し気になっているだけで、別に気持ちがあるわけではない』
そんな事を考えながら、静かな夜更けを過ごしていた。




