16.久しぶりの元婚約者
「ネネシー、やっと見つけた。こんな所で食べていたのか」
庭園でルシールとネネシーがお弁当を食べていると、二人の目の前に一人の男子が立った。
――騎士科の制服の、胸元に光るバッジは二年生を示すものだ。
ルシールは目の前の男子が、ネネシーの元婚約者のヴェイルだと気づく。
ヴェイルはルシールなどまるで目に入らないかのように、ネネシーにまくし立てた。
「ネネシーが勝手に買った魔剣なんだから、支払いをちゃんとしてくれよ。こんな高価な物、僕に支払えるはずがないだろう?
僕は真剣に騎士を目指しているんだ。バイトなんてする時間は無いんだよ。……頼むよネネシー。
僕達は婚約者だっただろう?これはその時のネネシーの気持ちとして受け取りたいんだ」
「え!?」
思わずルシールは声を上げた。
聞こえた言葉が信じられなかった。
『こんな非常識な男がいるなんて!』
思わずネネシーの耳元に小声で話しかける。
「ネ、ネネちゃん……!この子大丈夫?ちょっと言ってることおかしいよ」
――ヒソヒソとヴェイルに聞こえないように。
ネネシーもヴェイルを刺激しないようにささやき返す。
「う、うん。なんかおかしくなってる。どうしよう。魔剣の呪いかな?」
「どうしよう、呪いなら魔法科の先生に相談した方がいいかしら」
ヒソヒソとルシールとネネシーが話す声は、ヴェイルに届いていた。
――内緒話は意外と声が響くものだ。
「……ちょっと、君だれ?僕はネネシーに用があるんだ。悪いけど席を外してくれないか?」
ルシールに向けられた言葉に、ルシールはぐっと奥歯を噛み締める。
『席なんて外せる訳ないじゃない!』
大事なネネシーを一人置いていく事なんて出来ない。
「聞こえないのか?君は―」
「止めろ、ヴェイル。彼女は僕の大切な人だ」
その言葉と共に、ルシールを庇うように一人の男子がルシールの目の前に立つ。
「……ハロルド様」
ルシールが名前を呟くと、目の前に立つ男子が振り向き、優しく話しかけた。
「ルシール、久しぶり。なかなか顔を見れなくて心配してたんだよ。
……ねえ、ルシール。僕の誕生日のカフェ代なんだけどさ、あれはやっぱり僕には高すぎるよ。あのカフェ代で、二年の後期分のお小遣い全てが飛んだんだ。
せめてルシールのお茶代くらいは、自分で払ってほしい。ねえ、三人分のお茶代は半分こしようよ」
「えっ!?」
ネネシーは思わず声をあげた。
信じられない言葉を聞いたからだ。
『ルルちゃんのお茶代と言いながら、勝手に連れてきたという浮気相手のお茶代も半分乗せてきてる……』
ネネシーはルシールの事情を全て聞いていた。
ルシールが元婚約者の誕生日のために、高級カフェを予約した事も。その席に元婚約者は、浮気相手を連れてきて、婚約破棄を突きつけたことも。
ネネシーは驚いた顔のまま、ルシールに小声で話しかけた。
「ル、ルルちゃん、この人ヤバいよ。おかしな事言い出したよ。ルルちゃんにたかろうとする、とんだチンピラ野郎だよ」
ルシールもヒソヒソと言葉を返す。
「う、うん。こんなおかしい人じゃなかった思うのに……。浮気野郎にまともなヤツなんていないんだろうけど、このおかしさは飛び抜けてるよね」
「どうしよう。危険なチンピラ野郎は、騎士科の先生に相談した方がいいよね」
ハロルドに聞こえないように、ヒソヒソと小声で話す声は、やっぱりハロルドに届いてしまう。
「……ちょっと君、失礼じゃないか。婚約者同士の話に口を挟まないでくれないか」
「ヒッ……!」
ハロルドがネネシーに放った言葉に、ルシールの背筋に寒気が走る。
ネネシーも顔を青くして、驚愕の表情でハロルドを見上げた。
『この人、ルルちゃんの事を「婚約者」って言った!』
『『この男はヤバい!!』』
ルシールとネネシーの表情が、何を言いたいかを悟ったハロルドが額に青スジを立てた。
それまで黙っていたヴェイルが、一歩進み出る。
「お前ら調子に乗んなよ。いい加減――……」
突然パタリとハロルドとヴェイルが倒れ込んだ。
あまりに唐突すぎて、ルシールとネネシーの理解が追いつかない。
「………倒れちゃったね」
「………うん」
戸惑って、倒れたまま動かないままのハロルドとヴェイルを眺めていると、そこにクレイグが駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
どこか焦ったような声で問いかけられて、ルシールは『もしかして』と気づく。
「あの、クレイグ様が助けてくれたのですか?」
以前授業で習った事がある。
あれは昏倒の魔法だ。
昏倒の魔法は属性に関係なく、魔力が特に強ければ使えるもので、魔力のうねりを利用して生み出す魔法らしい。
うねるほどの魔力を持っていないルシールには無縁の魔法だが、知識としては知っている。
きっとヒロインのネネシーのピンチを知って、助けに駆けつけてくれたのだろう。
『クレイグ様は騎士ではないけど、ヒーロー素質は十分に待っている方ね』
――ルシールのクレイグの株が上がっていく。
「ありがとうございます、クレイグ様」
「助けてくれてありがとうございます」
ルシールとネネシーは心からお礼を伝えて、頭を下げる。
「いや。君達が無事で良かったよ」
安心したようにクレイグが小さく笑ってくれた。
そこから先生を呼んで事情を説明すると、「倒れたままのハロルドとヴェイルからも後で話を聞くから」と、ルシールとネネシーとクレイグの三人は、処遇が決まるまで家で待機する事になった。
ルシールとネネシーは寮に戻る事になった訳だが、同じく処遇待ちにさせてしまったクレイグの事が気になって、二人の気持ちは沈んでいく。
騎士がいかなる場合でも、暴力を振るったり人を脅したりすることを禁じられているように、魔法使いはいかなる場合でも、人に攻撃魔法を向ける事を禁じられている。
クレイグにも何かしらの処分が下るだろうと予想されて―――結局クレイグには、翌日一日の自宅謹慎処分が下された。
元々の原因を作ったハロルドとヴェイルの三週間の自宅謹慎よりは遥かに軽いが、輝かしい彼の経歴に傷を付けてしまった事が申し訳なさすぎた。
ルシールとネネシーは被害者という事で、翌日から授業に出る事が許されているだけに二人は落ち込み、話し合って翌日の放課後にクレイグの屋敷に謝罪に向かう事にした。




