13.黒豆茶もカフェメニュー
クレイグもフィナンの隣に腰を下ろしたので、執事のデリクがお茶を淹れ直してくれた後、彼は部屋を下がっていった。
ルシールは目の前に置かれた紅茶のカップを手に取ると、ふわりと良い香りが立ちあがった。
さすが侯爵家の紅茶だ。
紅茶の良し悪しは分からないが、とても良質な物だという事は分かる。
紅茶を一口コクリと飲んでみて、ネネシーに話しかける。
「やっぱり紅茶は美味しいね」
「確かにこの紅茶は絶品だよね。でも私はルルちゃんの黒豆茶も薬草茶も好きだよ」
「ありがとう、ネネちゃん」
「黒豆茶、ですか?」
思わずクレイグが声をかけた。
ルシールが「はい」と頷く。
「黒豆茶は、黒豆を水に一時間くらいつけてから、しっかり空炒りしたものに熱湯を注ぐだけで出来るお茶なんですよ。
黒豆は栄養価が高いものですし、お茶として飲めば手軽に栄養が取れて良いものですしね」
ルシールは前世を思い出した時、前世おばあちゃんが作っていた黒豆茶も思い出した。
前世で黒豆を買った事は無かったが、この世界の黒豆は格安だ。紅茶を買うより断然お得というならば、黒豆茶を選択するしかない。
「ルルちゃんの黒豆茶は、豆を炒る時に癒しの魔法を込めてくれるから、疲れも取れちゃうんですよ!」
「微弱な癒し魔法だけどね」
「そうだとしてもすごく美味しいし、疲れも本当に取れちゃうんだから」
「それはとても贅沢なお茶ですね。羨ましいです」
二人のやり取りを聞いてクレイグがかけた言葉に、ルシールが応えた。
「よろしければ今度お持ちしましょうか?」
「……いいのですか?」
遠慮がちに、それでいて興味を引かれた言葉を返すクレイグにルシールが微笑む。
「もちろんです。私の光魔法は本当に弱い物なので、効果は微妙ですが、黒豆茶は美味しいですよ。フィナン様にもお待ちしますね」
「楽しみにしているよ」
そう答えたフィナンは、「光魔法」の話題が出た事で、聞きたかった事を尋ねて見ることにした。
「昨日僕に塗ってくれた薬も、オルコット嬢――ああ、ルシール嬢と呼んでも良いだろうか。トロバン嬢も、ネネシー嬢と呼ばせてもらっても構わないか?」
「私もそう呼ばせてもらっていいですか?」
フィナンとクレイグのお願いに、二人は頷く。
二人の男に名前呼びを許されながらも、自分達が名前呼びを申し出なかったのは、彼等が馴れ馴れしくする事を嫌がるだろうと思っていたからだ。
呼び名などどちらでも構わないとルシールもネネシーも考えていた。
フィナンが話を続ける。
「改めて。ルシール嬢、あの薬はルシール嬢が作ったものなのか?」
「いいえ、作ったというほどの物ではないですよ。市販の傷薬に、治癒魔法を重ねただけですから。効果が見られたのは、毎日重ねがけしていたからだと思います。
……私の魔法は微弱なものなので」
ルシールの眉が下がる。
「いや、あれは素晴らしい薬だ。ほぼ意識は無かったが、急に身体が軽くなった時があった。きっと薬を塗ってくれた時なんだろう。
ロングスタン家は怪我に備えて、薬の開発にも力をいれているが、あれほどの効果を見せる薬は存在しない。
我が家の薬の開発に協力してもらえないだろうか」
「待ってください。ルシール嬢に手を貸してほしいのは、マクブラント家も同じです。魔法の研究に、ルシール嬢とネネシー嬢に協力してもらいたいと思っていたのですよ」
「え!私?」
フィナンとクレイグの会話に、ネネシーが口を挟む。
『美しい二人の男が、女神のようなルルちゃんを取り合っている』
ルシールの乙女ゲームが始まったようだと、ドキドキしながら二人を見守っていた時に、思わぬところで自分の名前を聞いて、思わず声をあげてしまった。
『脇役として失敗だわ』
ネネシーは悲しくなる。
悲しげなネネシーを見て、ルシールはハッと気がつく。
ルシールとネネシーには、共に目指す未来がある。
自分たちの乙女ゲームが終わってしまった、ここからの人生。それは、将来二人で開くカフェの準備のために、色々なメニュー作りに挑戦していく事だ。
『大変。ネネちゃんがお店を開く夢を諦めちゃう』
ルシールは慌ててフィナンとクレイグに断りを入れた。
「あの、何だか高く評価していただいてありがとうございます。
だけど私は、薬に関しては無知ですし、恥ずかしながら魔法の研究にお役に立てるほどの力を持っていないのです。
それに卒業後に向けての準備に忙しくしておりまして。ご協力出来なくてごめんなさい」
「……卒業後に考えている事を聞いてもいいですか?」
遠慮がちにクレイグが尋ねると、ルシールとネネシーは顔を見合わせてニッコリ笑った。
「ネネちゃんと小さなカフェを開こうと思いまして」
「カフェ事業が上手くいかなくても、自給自足で生きて行けるように、森の近くにお店を構える予定なんです」
「カフェ?」
意外な答えに、クレイグとフィナンが同時に言葉を返す。
「はい。私の弱い力では魔法使いとして生きるのは難しいですし」
「私も騎士にはなれないので、二人でカフェを開く準備をしているところなんです」
「毎日色んなメニュー作りに挑戦しているのですよ」
「黒豆茶もメニューの一つにしようって決めてるんです。ね、ルルちゃん」
「今度薬草茶もどれにするか決めなくちゃ」
キャッキャッと二人は仲良く盛り上がる。
そこに男達が話に入り込む隙は無かった。




