12.金髪碧眼のクレイグ
「何かあったのか?」
執事のデリクに問いかけるフィナンの声に、ルシールとネネシーは顔を上げた。
すっかり目の前のスイーツに夢中になって忘れていたが、テーブルを挟んだ向こうにはフィナンが座っている。
フィナンの視線の先を見ると、扉から顔を見せる使用人と話すデリクの姿が見えた。
何か伝える事があったのだろうか。
デリクがフィナンに応える。
「フィナン様に、学園のご友人がお見舞いに来られたようですよ」
「――ああ」
心当たりがあるようで、フィナンが軽く言葉を返したのを見て、ルシールとネネシーは立ち上がった。
――そろそろお暇する時だ。
衣服代の弁償も不要のようだし、十分スイーツも食べた。
「突然の訪問、失礼しました。フィナン様がお元気なようで良かったです。では私達は帰りますね」
ペコリとお辞儀をして、早速扉に向かうルシールとネネシーを、慌ててフィナンが引き留めた。
「待ってほしい。見舞いに来た者は、オルコット嬢と同じクラスの者だろう。僕も君達の話は聞きたいし、彼もこの部屋に呼ぶから少し話をしないか?」
「私達は構いませんが……」
答えながら、ルシールは首をかしげる。
『同じクラスの者?』
クラスで落ちこぼれのルシールは、浮いた存在だ。
バイト漬けの生活で、クラスの女子達とのプライベートな付き合いもないし、用が無ければルシールに話しかける者などいない。
お見舞いにきたその子は、ルシールとの同席は内心望まないだろうなと思いながらも、
『あまりに気まずいようだったら帰ってもいいかも』
そう思って、気楽に構える事にした。
お見舞いに来たという男が、部屋に入ってきたその姿を見て、ネネシーは驚く。
――こんなに綺麗な人がいるなんて。
艶やかな金髪を後ろに一つに束ねて、深い海のような青い瞳を持つ男。
金髪碧眼の彼は、物語の王子様を思わせるような姿だ。
その王子様のような男が、こちらを見て少し驚いたような顔を見せた後に挨拶をした。
「君達もお見舞いに来ていたのですね。君達がフィナンを助けたという話は聞きましたよ。
私は魔法科Sクラスのマクブライト侯爵家のクレイグ・マクブライトです。クレイグと呼んでください」
「あ。私はオルコット男爵家のルシール・オルコットと申します。私も実はクレイグ様と同じ魔法科Sクラスの者です」
「……知っていますが」
「えっ!」
ルシールが慌てて挨拶を返した言葉に、呆れた様子を見せるクレイグを見て、ネネシーが満足げに頷く。
『ルルちゃんを見て、ルルちゃんを意識しない子なんているはずがないわ。ルルちゃんは自己肯定感が低いけど、女神様のように素敵な子なんだもの』
『本当にルルちゃんは可愛いわ』とルシールに笑顔を見せて、ネネシーも続けて挨拶する。
「初めまして、クレイグ様。私は騎士科一年Sクラスの、トロバン男爵家のネネシー・トロバンと申します。ルルちゃんとは、寮で同じ部屋に住んでいます」
呆れるようにルシールを眺めていたクレイグの視線が、ネネシーに向く。
「ああ、トロバン嬢とは確かに初対面だが、君の事は知っていますよ。君は魔法科でもよく噂になっていますからね」
「噂……」
サッとネネシーの顔が陰る。
自分の噂話など、碌なものでもないだろう。
力ばかりで剣の実力など皆無だし、魔法科の者にまで「奨学金の無駄遣いだ」と陰口を叩かれているのかもしれない。
そんなネネシーの隣では、ルシールが感嘆の目をネネシーに向けていた。
『流石だわ。ネネちゃんの可憐さは、騎士科だけには留まらず、魔法科にまで届いていたのね。この魔法科イチのモテ男にも意識させるなんて……!親友として誇らしいわ』
ルシールはニコニコと輝くような笑顔を見せて、クレイグに大きく頷いてみせた。
『分かります!』というように頷くルシールに、クレイグは戸惑う。
その笑顔の意味するものが、よく分からない。
ネネシー・トロバン嬢が魔法科で注目されているのは、その類い稀な「怪力」だ。
自分の魔力を込めた魔道具を、彼女のような力のある者に魔物に投げつけてもらえば、魔法を飛ばす事が苦手な者でも、遠く離れた安全な地で魔物に対峙出来るのではないかと仮説を立てられている為だ。
しかし女性に向かって「その怪力具合を試させてほしい」と申し込むには、あまりにもデリカシーがない。
同じ騎士科に婚約者がいるという事も知られているので、気軽に声もかけづらい。
――先日婚約は破棄されたとの噂も聞くが。
彼女は見た目の愛らしさもあるが、彼女の能力は今、魔法使いにとって気になる存在でもあるのだ。
それと。
チラリとルシールを見る。
五大魔法保持者のルシール・オルコットの存在は、入学前から噂になっていた。
一つ一つの魔法は微弱なものと言っても、光魔法使いなど、どれだけ微弱であっても貴重な存在だ。
ずっと話してみたいと思っていたが、入学早々に二年の騎士に婚約を結ばれてしまい、気軽に話しかけるのも躊躇われた。
彼女は放課後にはバイトがあるようで、休憩時間には必死に課題に取り込む様子を見せていたし、放課後は早々に教室を出て行ってしまい、話しかける隙すら見せてくれなかった。
だけど先日食堂で、ルシールと婚約者の男が騒ぎになっている所を見かけた。
一方的に婚約者に何かを言われて、悲しそうに俯く彼女が見ていられず、思わず立ち入ろうかと動きかけたところで、ルシールが見事に言い返す姿に驚いた。
婚約者に言葉を放った後、一瞬得意げな顔を見せた事にも驚かされた。
――大人しいだけの女性だと思っていたからだ。
破局したルシールを狙う者は多い。
魔法使いの女性は、プライドが高く気の強い者が多い。五大魔法保持者でありながら、いつでも控えめに佇む彼女は、魔法科の男達の目に新鮮に映るのだろう。
皆、ルシールに話しかけようとするが、ルシールは授業が終わる度に教室を飛び出して庭園に向かってしまう。
どうやら、同じく注目されている騎士科のネネシーと会うためらしいとも噂になっていた。
この二人にここで会ったのも何かの縁だろう。
ルシールとは話してみたいし、ネネシーの能力にも興味を引かれる。
さてどこから話を切り出そうかとクレイグは考えた。




