11.銀髪のフィナン
翌日、フィナン・ロングスタンは学園を休んでいた。
ネネシーの教室では、女子達がフィナンの休みを嘆いていたそうだ。優秀な彼は女子に人気があるらしい。
放課後にルシールとネネシーは花束を買って、お見舞いと称してロングスタン侯爵邸に再び訪れた。
貧乏男爵家の二人には、高位貴族というものがよく分からない。
こうしてお見舞いに訪れる事が正しい事なのか、手土産が小さな花束ひとつで大丈夫なのか、そこから疑問に思うことばかりだったが、部屋でじっとしている事は出来なかった。
衣服代の弁償という金銭問題は、二人にとって死活問題なのだ。
訪問時の礼儀が間違っていても、「二人ならば」と勇気を出しての侯爵邸訪問だった。
かなり緊張しながらの訪問だったが、今日も侯爵家の執事のデリクはにこやかに二人を歓迎してくれた。
「(衣服代が)心配で……」
と二人が不安げな様子を見せると、デリクの目が更に優しくなる。
「フィナン様は回復されていますよ。全てトロバンお嬢様とオルコットお嬢様のおかげです。今日は大事をとって学園をお休みしていただいただけですから。すぐにお呼びしますね」
そう言ってルシールとネネシーを応接室に案内してくれた。
二人は上質なソファーと、豪華なティーセットを前にして、ドキドキしながらフィナンの入室を待った。
小さなノックの後に部屋に入ってきた彼を見て、ルシールは驚いた。
――なんて美しい人なんだろう。
前髪が少し長めの短髪で、額にかかる前髪はサラサラの銀髪だ。こちらを見つめる切れ長の瞳は、澄み切った空のような爽やかな青で、その綺麗な青に見入ってしまう。
昨日ネネシーが背負っている時は、華奢な身体と比べてしまい、とても大柄な男に見えていたが、こうしてちゃんとした立ち姿を見てみると、背が高くてスタイルが良い事が分かる。
『ネネちゃんのクラスの女子が、彼の休みを嘆いていたっていう話も納得だわ』
うん、とルシールが小さく頷いていると、フィナンが口を開いた。
「昨日は君達に助けられたようだね。毒を浄化してくれて、ここまで運んでくれたと聞いている。
あの傷は、切り捨てた魔物が最後に放った毒が足に当たったんだ。……油断した。もう少し発見が遅かったら、危ない所だったとも聞いたよ。
君達には命を助けられたようだ。ありがとう」
そう話した後、「あ」と思い出したように言葉を付け足す。
「失礼。名前も名乗ってなかったね。僕は騎士科Sクラスのフィナン・ロングスタンだ。二人ともフィナンと呼んでくれ」
ルシールも慌てて挨拶を返す。
「怪我が治ったようで何よりです。私はオルコット男爵家のルシール・オルコットと申します。魔法科Sクラスの一年生です」
フィナンはルシールの挨拶に笑顔を見せた。
「オルコット嬢の事は知ってたよ。五大魔法保持者だと、入学した時からすごく噂になっていたからね」
「噂……」
サッとルシールの血の気が引く。
きっと『期待外れの、しょぼくれた五大魔法保持者め』と、微弱な能力を嘲笑うような噂だろう。
ルシールは悲しくなって視線を下げる。
そのルシールの隣ではネネシーが顔を輝かせていた。
『流石ルルちゃん!騎士科イチのモテ男にまで、素敵なルルちゃんの噂が届いていたなんて!
今まで彼の事は、「私とは関係のない遠い世界に住む人」だと何とも思ってなかったけど、ここへ来て好感度爆上がりだわ』
ニコニコと機嫌よく、ネネシーもフィナンに挨拶をする。
「ルルちゃんはとても素敵な子ですからね!…あ。私はトロバン男爵家の、ネネシー・トロバンと申します。騎士科で、フィナン様と同じSクラスの者です」
「……知っているが」
「えっ!!」
フィナンの返しにネネシーは驚く。
フィナンとネネシーは、同じクラスとはいえ対極にいる存在だ。
ギリギリ貴族、ギリギリ騎士である自分の事を認識する事などないと思っていた。
呆れた目でネネシーを見るフィナンと、驚愕の表情でフィナンを見つめ返すネネシーを見て、ルシールは満足気に頷く。
『こんなに可愛くて素敵なネネちゃんを、近くにいながら気にしない子なんていないわ。ネネちゃんは自己肯定力が低いけど、すごい能力の持ち主で、とても優しくて可愛い子なんだもの』
「ネネちゃんは素敵な子ですからね!」
嬉しそうにルシールが話すと、側に控えていた執事のデリクがほほと笑って声をかけた。
「トロバンお嬢様とオルコットお嬢様はとても仲がよろしいのですね。さあ、どうぞゆっくりスイーツでも召し上がってください。お好きなものはありますか?」
「どうぞ」とお菓子を勧めてくれるデリクの気遣いは嬉しいが、先に話しておかねばならない事がある。
「ありがとうございます。――あの、昨日はフィナン様の衣服を破ってしまってごめんなさい。急いでお薬塗らないとって、焦ってしまって……」
「私も慌てていて、気が回らなくてごめんなさい」
申し訳なさそうに眉を下げる二人に、デリクはにこやかに笑ってくれた。
「服など気にしないでください。お二人のお陰でフィナン様が救われたのです。さあ、どうぞおかけになってください」
そう促されて、やっとルシールとネネシーはホッと息をついて、座ってお茶を楽しむ事にした。
衣服代弁償が気になって、目の前の美味しそうなスイーツに手を付けることも出来なかったが、こうして落ち着いてテーブルの上を見てみると、目移りするほどのスイーツ達が並んでいる。
「ルルちゃん、このケーキ美味しい!これは絶対食べた方がいいよ」
「ネネちゃん、これも美味しいよ!このマカロン食べてみて」
これを、これをと勧め合う二人を、微笑ましそうに眺めるデリクと、二人に放置されて、テーブルの向かいに座るフィナンがいた。
フィナンは少し新鮮な気持ちで二人を眺めていた。
ここまで見事にいない者とされる事は珍しかった。
二人は自分を無視をしているというより、自分達の世界が楽し過ぎて、こちらに目が向かないという様子だ。
現にこうしてじっと二人の様子を眺めていても、自分の視線に気づく様子はない。
それは騎士としてはどうかとネネシーに思わないでもないが、ネネシーは騎士科では異色の存在だ。
「力」という特別な能力を持っているが、剣の能力は皆無であり、手合わせで剣を向けられただけで、目を瞑って動けずにいるので、不戦敗退してしまう。
……全く騎士に向いていない。
クラスの中で親しくする者はいないようだが、皆が嫌がる片付けや掃除を黙々と一人でもこなしていく様子や、見た目の可憐さもあって男達には密かに人気がある。
自分は話した事はないが、男子の中では何かと噂になる存在だし、知らないはずはない。
そういえば、彼女と婚約していた二年の騎士が彼女に婚約破棄を突きつけたと噂になっていた。
その割には目の前の彼女に、陰は全く見られない。
それに、とルシールに目をやる。
ルシールもとても有名な人物だった。
五大魔法保持者として入学前から噂になっていたし、魔法科の友人も彼女を気にしている。
『この二人を知らない者はいないだろう』
そう思いながらフィナンは、学園で注目されている二人を眺めていた。




