10.森で見つけるもの
休日の朝は食材を集めに森に行き、キノコやフルーツなどでカゴがいっぱいになると、休憩してから帰るのが休日の二人のルーティンだ。
今も二人は食材を採り終えて、座って休むのにちょうどいい岩の上で休憩をしている。
「はい、ネネちゃん。焼けたよ。熱いから気をつけてね」
ルシールが木の枝に刺した焼きマシュマロを、ネネシーに渡してくれた。
ルシールは本当にすごい子だ。
本人は「五大魔法の保持者故にSクラスに入れたが、その魔法が全て微弱過ぎる」と嘆いているが、そもそも魔法を使える者自体が希少だし、使えてもほとんどの魔法使いは属性ひとつだと聞く。
微弱だろうと何だろうと、光魔法が使える者なんてこの世界でも伝説級だし、そんなルシールは女神様にもなれる気がする。
ルシールの髪色は、ネネシーが聞いた「乙女ゲームヒロイン基本のピンク色」だし、ルシールが悪役令嬢のはずがない。
婚約者の友達と浮気するような下衆な男がヒーローのはずはないし、ルシールの乙女ゲームはこれから始まるだろうとネネシーは読んでいる。
――ルシールには言わないが。
優しいルシールはいつもネネシーのために美味しい物を考えてくれる。
今渡してくれたのは、火の魔法で炙ったマシュマロだ。
「元の世界のガスコンロの弱火くらいの火力」が、ルシールの火の魔法の限界らしいが、十分だと思う。
外で焚き火もなく、こんなにトロリと溶けた美味しいマシュマロを食べれるのは、ルシールのおかげだ。
プライドが山のように高いと言われる魔法使いの中で、ネネシーのためにマシュマロを焼いてくれるのは、きっとルシールだけだ。
自慢の親友の焼いてくれたマシュマロをモチャモチャと食べながら、ネネシーは食材集めの休日を楽しんだ。
さあそろそろ帰ろうかと二人が腰を上げた時、近くの茂みがガサガサと音を立てる。
『何かいる!』
ルシールとネネシーの身体が固まる。
ルシールは魔法使いだが、攻撃魔法は使えない。
ネネシーも騎士ではあるが、剣で動物や魔物、ましてや人など切ることは出来ない。
固唾を飲んで音のする茂みを眺めていると―――茂みから一人の男がヨロヨロと出てきて、パタリと倒れた。
「え……?」
突然の状況に一瞬戸惑ったが、ハッと我に返って、二人は男に駆け寄った。
「大丈夫ですか!聞こえますか?」
ネネシーが声をかけるが、男は唸るだけだ。
顔色が土気色だし、もしかしたら毒のあるものに噛まれたか触れたかしたのかもしれない。
「ネネちゃん、あの薬を出して!この子、ここから毒が回ってる!」
男の様子をあちこち観察していたルシールが、ネネシーに声を上げる。
光魔法は治癒魔法でもある。治癒魔法の力としては微弱でも、ルシールは身体のどこに不調があるのか感知出来るらしい。
ネネシーに声をかけた「あの薬」とは、毎日市販の薬にルシールが治癒魔法を込めてくれる物だ。
騎士科のネネシーの怪我を心配して、ルシールは塗り薬に毎日毎日治癒魔法を重ねがけしてくれている。
一度にかける治癒魔法は微弱でも、何重にも重ねられた魔法ならば、少しずつだったとしても効力は上がっていくだろう。
きっと効果があるはず。
ネネシーは急いで懐から薬を取り出すと、ルシールが「ここ」と指し示す男の足元の部分の衣服を破って、薬をタップリと塗りつけた。
男はどうやら毒のある蛇か魔物に足元を狙われたようだった。
しばらくすると土気色だった男の顔に、血の気が戻ってきた。まだ意識を失ったままではあるが、この顔色ならおそらく命に別状はないだろう。
ホッと安心して、ネネシーとルシールは顔を見合わせて、これからどうするか話し合った。
「この子、病院に運んであげた方がいいよね」
「うん、そうだね。誰か知らないけど……あれ?この子……」
ネネシーは男の顔をマジマジと眺める。
顔色が良くなったその顔に、見覚えがあった。
「この子、同じクラスの子だ」
「ネネちゃんのお友達?」
「同じクラスなだけで話した事はない子だよ。Sクラスでも一番の実力ある騎士の子だしね。この子、ロングスタン侯爵家の御子息のフィナン様だ……
病院よりお屋敷の方が近いかも。お屋敷はすぐそこだし、そこまで背負って行っちゃおう」
ネネシーはそう話すと同時に、ひょいと男を担ぎ上げた。
ネネシーよりもかなり大柄な男を軽々と持ち上げるネネシーを見て、
『やっぱりネネちゃんは本当にすごい』
そんな思いで、ルシールは親友を誇らしげに見つめた。
ネネシーが「すぐそこ」と言っていた通り、自分達がいた場所からロングスタン侯爵家までは、歩いて行けるくらい近かった。
どネネシーが彼の家を知っていた訳は、以前ネネシーが森にココの実を拾いに来た帰り道、道を間違えてこのお屋敷近くに出てしまった事があったらしい。
たまたまの偶然とはいえ、彼はとても運が良かったと言えるだろう。
侯爵家の御子息様を担いで運ぶネネシー達を、『大事なお坊ちゃんを襲った者では』と侯爵家の者に怪しまれる事を危惧していたが、そこは大丈夫だった。
デリクと名乗る格の高そうな執事に大いに感謝され、侯爵邸に引き留められたが、ネネシー達は森に食材を置いたままだった事が気になって、状況説明だけして屋敷を後にした。
せっかく集めた森の食材を、無駄には出来なかったのだ。
家に帰って二人でレモネードを飲んで休んでいる時に、ルシールがふと思い出したように呟いた。
「ロングスタン様は回復されたかしら?」
「ロングスタン様は騎士科で一番強い人だし、大丈夫じゃないかな。ルルちゃんの薬で顔色も良くなってたし。
本当にルルちゃんは凄いよね。女神様みたい」
ネネシーの言葉に、ふふふとルシールが笑う。
「ロングスタン様が助かったのは、ネネちゃんが傷の部分の衣服を破ってくれて、薬を早く塗ってあげたからよ。身体が家に早く帰れたのも、ネネちゃんがいたからだし。
本当にネネちゃんは、ピンチを助けてくれる正義の味方の騎士様みたいで素敵よね」
ルシールの言葉に、ネネシーは照れた様子を見せたが、ふと真顔になる。
「そういえば……スボン破っちゃった。もし弁償を求められたら、侯爵家の服代ってどのくらいするんだろう……」
その言葉にルシールもサッと顔を青くする。
「二人でバイトしても返済するのにどれだけかかるかしら……。ネネちゃん、とりあえず明日一緒に謝りに行こう?学園に来ていなかったら、お屋敷にでも」
「うん……ごめんね」
「大丈夫。謝ることじゃないよ。ネネちゃんは間違ってないよ」
ルシールとネネシーは少し不安になりながら、翌日を待つことにした。




