第八話 知識と勇気
火の揺らぎに安らぎを覚えつつ辺りに耳を傾けていると暗闇からは虫の声が絶えず聞こえ時々動物の声が混じるが草をかき分ける音は聞こえない、ムステラ達は無事だろうか? 彼の性格では不和をもたらすのではとなどと考えつつ火に枝を投げ込む。温かさとまどろみがまぶたを落とそうと試み、それを阻むためにレオンは湧水で顔を洗った。その時、ふと妙な視線を感じ暗闇に目を凝らしたが何もいない……眠気で感覚がおかしくなったか、それとも教授のカメラか……自分でも分からず警戒を強めることにした。
緊張のおかげか朝方まで眠気に負けることなくレオンは朝日を迎える事ができ。立ち上がろうと腰を上げるとふらついて地面に手をついてしまった。少しは疲労の回復もしているかとレオンは期待していたが体は重くむしろ悪化しているように感じていた。
しかし弱音を吐いている場合ではないと踏ん張って立ち上がり顔を叩く。
「もう起きたの? 早いね」
キビアが目を覚ましレオンの疲れ切った顔を見ると慌てて駆け寄る。
「僕なら平気だよ、キビア……」
レオンはそう言うが隠せる限度は超えていた。キビアは劣った自分に怒りを感じ始めて闘争心というものを奮い立たせた。
「ねぇ、レオン。僕たちに武器の使い方を教えてよ」
付け焼刃だとしてもレオンの気が軽くなってくれることを願ってそう口にした。返答を聞く前にみんなを起こして説明する姿は教授に怯えていた少年とは思えないほどに変わっていた。
簡単にだがレオンは扱い方を見せた。武器とも呼べない粗雑な木の槍と石の斧ではまともに戦えはしないがキビアの気持ちは強く、他の子供たちもつられて力が入る。空腹にもかかわらず時間をかけて練習を重ねるとある程度は様になり武器に振られることも無くなった。少女たちも自信がついたのか心なしか表情が明るくなったように見え、レオンに褒められると初めて笑みを浮かべて子供たちの明るい表情を見ることができた。その顔がまたレオンの力になり疲れが和らいだ気がしていた。
山頂はもう近いはずだった、しかし後方から子供の叫び声が木々の間を抜けてレオン達を通り抜けていった。レオンは振り向いてすぐさま駆け下りていく。
「皆は先に!」
悲鳴の大きさからそう遠くない距離、襲われているならまだ間に合うとレオンは今出せる全力で急いだ。百メートルほど走り抜けると動くものが見えた、先日レオンが撃退したイタチに似た大型の獣の成体と思われる個体が少年を口にくわえ、その牙を少年の体に突き立て血を滴らせていた。
大きさは人間の大人より一回りほど大きく、獰猛さが獲物を口にくわえたまま次の獲物を見定めている目つきに現れている。くわえられた少年はまだ息がありバタバタと呻きながら獣の毛を掴むが獣が力を込めるとばきりと骨が砕ける音が響き木の後ろで見ていたレオンは思わず目を逸らした。
向かい合っている子供たちは矢を飛ばした、獣は身をくねらせ何本かは振り落としたが一本は刺さり叫びと共に子供が口から落ちた。獣はゆっくり動きながら攻撃してきた獲物を威嚇するが子供は次の矢をつがえて狙おうと矢を向ける。しかし震える手と汗が恐怖心を物語り、獣は簡単な狩りだと油断する。
獣は低い姿勢を取り、姿勢を変え力をためるポーズを取った。飛び掛かってくる、そう思った子供は力が入りさらに汗ばんで瞬きすらできない。瞬間、獣は向かってくると見せかけてすぐに止まった、フェイントをかけたのだ。驚いた子供の手は滑り矢は獣を逸れて地面に刺さる、計算通りというように獣は一瞬で向かっていく……もう一匹狩りの成果が増えるはずだった、しかし上空から影が落ち獣はそれに気が付かなかった。
ムステラが剣を持ち獣の頭めがけて木の上から飛んだ、それは見事に突き刺さり獣は絶叫してのたうち回る。だが惜しくも絶命までは至らず獣は暴れまわりムステラを振り落とすと怒り狂って地面に転がった獲物めがけて飛び掛かる。ムステラは吠えながら力を振り絞り体を動かそうとしたが自分の頭上を通り過ぎた何かに目を奪われた。
飛び出したレオンの表情に恐れなど無く狙いすまして木の槍を目に食い込ませ、深く深く脳に到達するまで押し込むと獣は硬直するように地面に倒れぴくぴくと痙攣していた。自分を見下ろし手を差し伸べるレオンにムステラはその悪意を知らない表情に吐き気がした。
「構えろ!」
ムステラが叫ぶと子供たちが弓を構えた。皆不安におびえている。
「やめてくれ、そんなことを必要はない」
レオンは叫んだがムステラが馬鹿にしたように返す。
「お行儀の良い奴だな、奴らに何を言われた? お題をクリアしたら出してやるとでも言われたか?」
ムステラは獣の死体から剣を引き抜くとレオンに刃を向けた。レオンは戸惑い、どうするべきか考えていると森の中から叫び声と共に置いてきたキビアたちが現れ武器をムステラに向け、場の緊張が一気に高まった。
「みんな待ってくれ! 脱出場所があるんだ…みんなで協力して脱出しよう! あいつらの言うとおりにする必要はない」
キビアとムステラの間に立って諫めようとしたがムステラは鼻で笑う。
「はっ、俺たちは獲物を殺せば生かしてやるって言われたぜ……くだらねぇよなぁ…………どっちも嘘に決まってんだろ!」
ムステラは怒りに任せて剣を獣の死体に叩きつけた。
「なんでそう言い切れるんだ?」
「何のメリットがあるんだよあいつらに! 脱出場所なんて有りはしねぇし…たとえ俺たちが生き残っても死ぬまで別の事をやらされるに決まってる! 馬鹿丸出しで信じやがって……お前国から来たんだよなぁ、なら悪党の事なんか分かってねぇはずだ……お前は悪魔につかまったんだ!」
「こんな広い山を完全に封鎖できるわけない、脱出場所はあるはずだ」
「あいつの言いなりになって探すのか? 俺は奴らの言いなりにはならない! 必ず生き延びて奴らを殺す! お前も協力しろ、お前だったら大人でも殺せるはずだ」
「僕は脱出場所を探す。殺してあいつらと同じになりたくない」
にらみつけるムステラを背に死んでしまった子供のそばに寄った。
「この子を埋めてあげよう。こんな山奥だけどこのままにはしておけない」
「馬鹿が!」
ムステラは剣を振り下ろしたがレオンは軽く避けムステラの手を叩き簡単に剣を奪い取った。ムステラは咄嗟に飛び退いて簡単に剣を奪われたことに驚くが冷静に受け入れていた。
「俺たちの道は一つしかない……殺し合うことだけだ。違いは相手が誰かだけ、俺たちが殺し合わなきゃあの悪魔どもは追い込んで来るだろうよ」
レオンは剣を捨てて素手で土を掘り始めた。
「そうかもしれない……でも殺し合いをするつもりはない。助け合えば生き残れるはずだ」
その姿をにらみつけながらムステラは剣を拾い、振り返って仲間たちに指示する。
「この獣を解体して食料にするぞ! お前たちにはやらないからな、馬鹿と一緒に墓でも掘ってろ」
レオンは土を掘る中で国にあったあの墓を思い出していた。誰も来ず隔離されたように離れた墓……この子供の哀れな結末は死んでもなお報われることはない。この少年は誰にも祈られることはなくこの山に置き去りにされる、心と体を掛け巡る苦しみと痛みが晴れないことをレオンは悟り……どうしたらいいのか分からず墓に祈ろうとした、しかし祈りとは何か? 何も出て来ず、粗末な墓を見る事しか出来なかった。




